【第134話】靴ズレ男の冒険 / 深井次郎エッセイ

人の数だけ摩擦があるのさ

人の数だけ摩擦があるのさ

 

 

靴を脱ぎ捨ててしまった男
会社を飛び出してしまった男

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『靴ズレ男の冒険』という絵本のストーリーを思いつきました。会社では、靴ズレのように地味に苦しい摩擦が起きます。仕事が自分にどうしても合わないとか、上司とどうしても合わないとか。ある日ボクは、それら靴ズレのような心の摩擦が原因で、会社に行きたくなくなってしまいます。

靴ズレはすぐに命に関わるわけではありません。つい我慢してしまいます。これがアキレス腱断裂だったら、激痛で一歩も自分では歩けません。迷わずSOSして助けを呼びますが、靴ズレ程度というのは、微妙です。まわりに「そのくらいで大げさな」と根性なし扱いをされかねません。

でも、靴ズレの辛さは、いま現在わずらっているボクにとっては大問題です。一歩を踏み出すごとに苦痛。そして歩くほどにどんどん傷は深くなる。これでは、足を踏み出すのが嫌になります。動きたくない。感情もブルーになり、何を観ても楽しめません。この状況で長い距離を歩き続けられる人はなかなかいないでしょう。ゴールが見えてれば我慢も出来ますが、まだ先が長そうだとなれば、もう無理です。

まわりからは、「あの人靴ズレじゃない?」と気づかれることはありません。どうも機嫌が悪そうだなとか、気難しい人だなと思われるくらいです。黙っていれば、まわりはボクの痛みなどわからない。「休んだら?」と止められることもありません。苦痛の元は、かかとです。靴を脱ぎ、傷口を確認してしまうと痛さが増すので、見ないようにします。ああ、痛い。「くそー、なぜこの靴を履いてきてしまったのだ」と自分の判断ミスを責め続けます。大人ですから、靴ズレなどという些細なことで歩みを止めてチームのスピードを落とすわけにはいきません。

そうだ、バファリンみたいな痛み止めの薬を飲めば少し楽になるかもしれない。飲む。しかし、ぜんぜん効かない。薬は的外れな対処法のようだ。じゃあ、アルコールで忘れてしまえば…。大きな買い物したり祭をしたりテンションを上げて痛みを紛らわすという手もあるな。でも、これも一時しのぎでしかない。ええいもう、こうなったらこの靴を脱ぎ捨ててしまおう。ふう、これで楽になった。ボクは再び裸足で歩き出す。すれていたかかとはもう痛くない。天国だ!

意気揚々と、しばらく歩くと、急に歩けなくなりました。砂利道です。足の裏がいたくて先に進むことができません。まわりからの視線も感じます。「ママ、なんであの人お靴はいてないの?」「しっ、聞こえるでしょ」裸足で外を歩いている大人など、だれもいません。変な人だと避けられているようです。ふああ、一時の感情で、靴を脱ぎ捨てるなんて極端な行動をとらなければよかった。おれはバカだ。

新しい靴を手に入れなければ…。そうやって靴を手に入れるために冒険をはじめたのですが、さて、つづきはどうなっていくのでしょう。いく通りもの展開が考えられますね。いつかこの『靴ズレ男』の話を絵本にして描こうかな。

 

(約1200字)

Photo: piotr


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。