TOOLS 55 冒険心に火をつける方法/田中 稔彦( 海図を背負った旅人 )

そんな日々を繰り返すうちに、ドラマを消費するよりもドラマを作ることが楽しくなったのです。今年の夏に帆船「みらいへ」を借りてイベントをやりました。伝えたいことは体験する楽しさ。ひとりひとりが、自分自身が主人公の物語を生きる楽しさです。
TOOLS 55

冒険心にをつける方法 – 帆船体験は、航海への欲望を誘う-
田中 稔彦  ( 海図を背負った旅人 )

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自由に生きるために
想像するより、行動することを選ぼう

 

 帆船はロマンなのだろうか 

今年に入ってから、帆船についていろん形で情報発信するようになりました。

小さな個人メディアですが情報発信をしたり、ちょっとしたイベントを開いたり。このORDINARYでも毎月エッセイを書かせていただいてます。

そのおかげで、個人的にもいろんな機会に帆船の話をすることが多くなりました。ちょっとした食事会や集まりで「この人は帆船乗りなんです」と紹介されることが増え、そこから初対面の方にも帆船の話をしたりすることもあります。ここ最近は航海にでることも少なくなっているので、帆船乗りですと言われるのもちょっと面映いのですが。

帆船を話題に話をしていると「帆船ってロマンがありますよね」とよく言われます。けれど、そう言われるたびにちょっとだけ考え込んでしまいます。

元々、船や帆船に興味があったわけではありませんが、そんなぼくでも帆船のビジュアルはステキだとは思います。

最初に「だれでも航海できる帆船」を見つけたのは偶然でした。スケジュールを調整して航海に参加しました。そこで魂を揺さぶられるような体験をして、帆船に興味を持つようになり、他の帆船にも乗ってみたいと思い、乗れる船を探しました。

そして何隻かの船を乗り歩く中で、ゲストではなくボランティアクルーとしてお手伝いするようになりました。

帆船と出会い、興味を持ち、関わりを深めていく。その物語は普通の人が仕事や趣味と出会う過程と同じようなものだと思っているのです。

そこに愛情やあこがれはたっぷりとあります。でもロマンはあるのかなあと、ちょっと考えてしまいます。

ぼくにとっての帆船は、ロマンというよりこのうえなくリアルなものなのです。

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 大人になって小説を読まなくなった理由 

高校生くらいまでは平均して月に10冊ほど小説を読んでいました。大学生になってその数は徐々に減っていき、仕事を始めるころには年に数冊くらいしか読まなくなりました。それは今でも変わっていません。新書や雑誌などそれ以外は変わらないのに、ただ「小説」だけが生活からフェードアウトしていったのです。

どうしてなのかと考えていて思ったのは、大学を離れて仕事をするようになった頃から、現実のほうがフィクションより面白くなったのかもしれないということでした。

たまたま選んだ仕事が舞台照明という特殊なものだったということもありますが、身の回りには変わった人がたくさんいました。それまでテレビや雑誌でしか知らなかった人たちとも一緒に仕事をすることもありました。

そんな人たちと一緒に舞台やイベントを作っていました。ツライことや大変なこともたくさんありました。力が足りなくて悔し涙を流したことも何度もありました。時間もエネルギーもたくさんたくさん使いました。疲れ果ててボロぞうきんみたいになって、それでも朝が来て劇場にでかけることもしょっちゅうでした。

でも課題があって、それに対して答えを出すために力を尽くし、その結果がすぐに目の前に現れる。それは本当に楽しい時間だったのです。

そんな日々を繰り返すうちに、ぼくはドラマを消費するよりもドラマを作ることが楽しくなったのです。

 

 

 想像するより体験するほうがずっと楽しい 

今年の夏に「みらいへ」という帆船を借りてイベントをやりました。20人あまりの方に参加していただき、よいイベントになりました。


【6:30】帆船体験イベントの動画レポート(撮影:深井次郎 / オーディナリー)

思いつきを口にだしたらいろんなことが動き出して、気がついたら引き返せないところにいて、たくさんの人に助けられて当日を迎えました。

どうしてイベントをやってみようと思ったのか、準備を始めた時には分かりませんでした。最初はただ参加者を船に乗せてプログラムをいくつかやるだけのつもりでした。でもそれだけだとなんとなく焦点が見えない気がしてきたのです。

帆船に乗ったことがない人に帆船に来てもらうイベントにしたい。でも帆船に興味がない人に振り向いてもらうには何かが足りない、そう感じていました。

そこでゲストを招いてのトークイベントをやろうと思いつきました。すぐに3人、ゲストに呼びたい人を思いついたので連絡してみました。

そのうちのお一人、仕事旅行社の田中翼さんに快諾していただきました。仕事旅行社は「職業体験」事業を行っています。普段の自分とは違う仕事を体験する機会をサービスとして提供しているのです。あるイベント後の懇親会で少しお話しただけのご縁だったので、来ていただけると予想していなかったのですが。

田中さんに来ていただけるということが決まった時に、ぼくの中でイベントのサブタイトルが自然と浮かび上がってきました。「体験する力」と。

イベントをやろうと決めた時には何のためにやるのか、自分でもさっぱりわからなくて、霞がかかったような状態でした。

面白いことに、内容について考えたり、打ち合わせしたり、様々なことが決めていくなかで、自分が何を感じ、何を伝えたくてイベントをやるのかがだんだんハッキリとしてきたのです。(それをキチンと参加してくれたみなさんに提供できたかどうかはまた別の話ですが… )

最終的に気づいた、ぼくが伝えたいことは体験する楽しさ。ひとりひとりが、自分自身が主人公の物語を生きる楽しさ、ぼくはそれを伝えたいのだと気づいたのです。

 

 

 帆船をリアルに楽しめる世の中に 

帆船=ロマン、みたいなイメージはおそらく、世の中に広く共有されているのでしょう。「帆船」は日常には存在しない、どこか違う世界の物語なのだとそう思われているのです。

映画や小説に出てくる帆船にトキメく人はたくさんいます。帆船模型に情熱を燃やす人も大勢います。ゲームの中でも帆船は人気があります。

もちろんフィクションの世界で楽しむこともステキです。でもね、リアルに帆船に乗った方がずっと楽しいとぼくは思うのです。

もちろん誰にでもお勧めはできないかもしれません。波やうねりに揺られて船酔いに苦しめられるかもしれません。風や雨に打たれながら、デッキで作業することになるかもしれません。旅の仲間とケンカしてしまうこともきっとあります。

ぼく自身がそうやって航海を重ねて来ました。いろんな人と一緒に、いろんな場所にでかけて、いろんな事に出会いました。楽しいこともツライこともたくさんありました。でもそれは他のどんなものでも得られないオリジナルな体験です。二度と体験できない唯一無二の、あなたのために用意された物語なのです。

そんなにステキなのにどうしてみんなは海に乗り出さないんだろう、ぼくは不思議に思っていました。たぶん、みんな知らないんです。実際に乗って航海できる帆船は身近にあることを。そして航海するとどんなことが自分の身に起こるかということを。

だから始めようと思ったのです。昔のぼくがそうだったように、心の奥底に気づかない航海への欲望を持っている人たちを、リアルな海に誘うことを。

そして誰にとっても帆船で航海することが、旅に出たり、山に登ったり、キャンプに行ったり、そのくらいに当たり前な世の中を作り上げることを。(了)

 

 

帆船への憧れを現実に変えるには
1.   漠然とした帆船への憧れを明確に意識にのせる
2.   具体的に体験のチャンスがないか調べる
3.   帆船の航海は想像以上に容易に実現することに気づく

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【写真でふりかえる 帆船体験イベント】

横浜みなとみらい。期待を胸に集まってくる参加者たち。よく晴れた夏の日

横浜みなとみらい。期待を胸に集まってくる参加者たち。よく晴れた夏の日

命綱となるハーネスの使い方を教わります。下は海とはいえ、10mの高さに登るので、緊張感からみんな真剣

命綱となるハーネスの使い方を教わります。下は海とはいえ、10mの高さに登るので、緊張感からみんな真剣

先端まで登ります。「気持ちいい!」という人もいれば、足がガクガクで動けなくなる人も。慣れたクルーたちは、航海中、海に飛び込んで遊ぶこともあるとか。この高さ、無理でしょ

先端まで登ります。「気持ちいい!」という人もいれば、足がガクガクで動けなくなる人も。慣れたクルーたちは、航海中、海に飛び込んで遊ぶこともあるとか

日も暮れてきて、海風が気持ちよくなってきました

日も暮れてきて、海風が気持ちよくなってきました。実技は終了で、第2部はデッキで輪になってトークライブです。

 

 

 田中稔彦さんが帆船に乗ることになった話など 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)

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写真:ORDINAY


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。帆船乗り。舞台照明家。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。2016年に仲間と一般社団法人「スビリット・オブ・セイラーズ」立ち上げ。「日本一楽しい帆船乗り集団」と名乗って日本に帆船文化を定着させることを目指す。