面倒な映画帖23「マスク」背伸びをすると背は伸びる?

面倒な映画帖 どんな手であろうが、ステージに上がったことがあるかどうか、実力より経験。出たとこ勝負でも現場で得たノウハウはいずれ実力として身についていく。

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モトカワマリコの面倒な映画帖 とは 

映画ならたくさん観ている。多分1万本くらい。いろんなジャンルがあるけど、好きなのは大人の迷子が出てくる映画。主人公は大体どん底で、迷い、途方にくれている。ひょっとしたらこれといったストーリーもなかったり。でも、こういう映画を見終わると、元気が湧いてくる。それは、トモダチと夜通し話した朝のように、クタクタだけど爽快、あの感覚と似ている。面倒だけど愛しい、そういう映画を語るエッセイです。

 面倒な映画帖23「マスク」
背伸びをすると背はのびる?

ジム・キャリーの出世作。当時出始めのSFXを使ったバカ映像が話題に。基本ラブストーリーだけど、男子受けもする。ターゲットを広げすぎて、サブカルになった好例、中二病パラダイス。

 

無名だったジム・キャリーとキャメロン・ディアスがメジャーになったラブコメディ映画。海の底に封印されていた妖しい木の仮面をかぶると、気弱な銀行員がハイテンションな緑の怪人に変身する。弱気だったからできなかった美女を口説けた、そのくらいの効き目ならいいんだけど、仮面をかぶると不死身になり、宿主の抑圧された欲望が拡張されて、ついには銀行強盗までしてしまう。強烈な運命を得て望みは叶うが、授かった力がハイパワーすぎて、調度いい具合にはいかず、幸福を通り過ぎてしまうむちゃくちゃなコメディだ。映画としては徹底的にバカで楽しい。SFXという新しいおもちゃを駆使した確信犯のバットテイストの連発「それいい、面白い、やっちゃえ!」という声が聞こえてきそう、監督の。

この作品でジム・キャリーはスターとして君臨するに至る。針が振り切った演技と、仮面なしのナイーブな男、仮面あり、仮面なし、繰り返しているうちに、弱い方の彼が成長していくニュアンスもお上手だった。器用なジムは「ラブストーリーもいけまっせ」と甘い演技もモノにしている。彼を二枚目としても売りたい製作会社の意図もあったのかも。なんでもありのお子様ランチ、ハンバーグもピラフもプリンもあるし旗もたっている。リアルにも無名の新人がマスクをかぶってスターに大化け、不気味な呪いの仮面の力はすごい。

自己肯定の根拠はかなりの部分リフレクションだと思う。「あれ?俺ってかっこいい?」みたいなこと。上がっていくにはズルをしても力を実感する瞬間が必要なのかもしれない。忌まわしい呪いの力を借りてでも、スクリーンに輝く自分を見れたら、もうその他大勢ではなく違うステージの人間だ。どんな手であろうが、ステージに上がったことがあるかどうか、実力より経験。出たとこ勝負でも現場で得たノウハウはいずれ実力として身についていく。

ずっと背伸びを続ける運命

会社をやめてプラプラしていたとき、自主映画を撮っていたというだけで、月刊誌の映画紹介ページにライターとして仕事をオファーしてきた旧友がいた。相当な映画好きという自負はあるけど、プロとしては未知数そのもの。使えないとわかったら友人の編集者としての評判が落ちるし、友情もダメになる。彼の私に対する友情に疑問をもつ部分もあったが、たまたま人が捕まらず、よほど困っていたのかもしれない。まあ彼は今でもかなりのギャンブラーだ、人生は一か八かが面白みという人なのだ。

その後8年、大した考えも覚悟もなく、月刊誌で映画ライターとして仕事をしてしまった。媒体の看板で本来は会えないようなスターとか、監督、製作者にも会えたし、業界にも詳しくなった。でもそれは自分で意図して構築したキャリアというよりは、ポン!と乗せられたステージで無理矢理踊ってみせていたにすぎない。いつ「ズル」がばれるか。映画ライターの世界には、元は製作者だった人、名だたる大学の映研やら、専門の出版社やら、配給会社出身の事情通が山ほどいる。そんな中で、メジャーな月刊誌のカルチャー枠を押さえている無名の新人に対するなんとなしの圧力。ありえないステータスを手に入れてしまった気弱な若者は、「映画ライター」という仮面をかぶって、当然のように試写会に通い、記者会見に出席し、映画祭で偉そうに投票をする。元々が業界の人じゃないので、情報交換できるオトモダチの輪にも入れない。一次情報の不足、追い付かない知識、ろくな文章が書けない実力に震えながら、現場に行くたび、身長3倍になるくらい背伸びをして無理をする。

できることをやるしかない、数をこなし、手に入る限りの情報を集め、何が足りないかということすらわからないので、周囲から貪欲に探った。月刊誌の映画枠を書いているのにハリウッドもカンヌも行ったことがない、ホットラインの一本もない、そんな秘密を抱えながら、死にもの狂いで前に進む。年800本近い試写に通い(暇だったし)、すごく楽しそうに仕事をしていて「映画愛」があるという評価で予想外に長いキャリアになった。その後今に続くフリーランス生活は、そんな風に危うく始まったのだ。

フロンティアならばれない

その後、いろいろあって21世紀になると、ライターが不足していたWEBにニーズがあり、メジャーな月刊誌にいたという経歴を使ってコンテンツ制作に移行する。WEBのいいところは、2001年の時点ではその後のマーケットがどうなっていき、コンテンツをどうすべきか、あまりノウハウがなかったことだ。前に誰もいないのをいいことに、映画ライターの代わりにWEBライターの仮面をつける。プロとしてモノを言うけれど、本当はほとんど予想がつかない。だが、フロンティアなので何が正しいかは誰にもわからない。なにせ関係者はみんな初心者で、前から何がくるかわからないし、行くべき道もわからない、なんと生きやすい世界、パラダイスだ。

やり方がわからない、やってみるけど正解かどうか誰にもわからない仕事をさもそれらしくごまかす、またはできているフリをする、ハッタリがそれまでのキャリアで身に着けた最大のスキルといっても過言ではない。その後も技術よりも度胸、舞台によじ登ることができれば、最初から持っていたかのように、現場で拾った武器でなんとかするみたいなことをやってきたということだ。社会で個人が商売をするということは、そういうことなのだろう。

もちろん今でも自信満々ではない、大事な場面でマスクがポロっとはずれ、素になってしまったらどうしよう。今ここにいることが「ズル」だと指摘されたら?自己紹介で「ライターです。」というたびに、心中でペロっと舌を出す。私は本当にライターなのだろうか。仮面が外れるハプニングもないのに、人々をビビらせた緑の怪人はオーソドックスな指紋だかDNAだかの捜査で正体がばれ、警察に捕まる。真実を求める正義の鉄拳は正門からくるとは限らない、油断は禁物だ。停滞していては捕まってしまう、フロンティアにフロンティアに、未知の領域に、お墨付きのないフリーランサーは、今日も羅針盤の通用しないバミューダな領域へ進んでいく。


モトカワマリコ

モトカワマリコ

フリーランスライター・エディター 産業広告のコピーライターを経て、月刊誌で映画評、インタビュー記事を担当。活動をウェブに移し、子育て&キッズサイトの企画運営に10年近く携わる。趣味は料理と映画と声楽。二児の母。