恋人同士の間でも、あなたが交際相手のことを考えず一方的に自分の欲求ばかり求めれば、そのうち誰からも相手にされなくなるでしょう。人は孤立しては生きていけないのです。互いに「相手のために自分が何ができるか」という発想からスタートすることが不可欠
与え合う交渉術 – 与え合うことが最上の結果を生む!
中嶋 俊明 ( 弁護士 )
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自由に生きるために
「相手のために何ができるか」から発想しよう
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毎日は交渉の連続です
弁護士として、日々奮闘するなかで感じることですが、優秀だなと感じる弁護士は、みなさん交渉上手です。
交渉力のある人を前にすると、「この人、話のもっていきかたが上手いなー」とか、「えっ、その和解案すごくないですか?」なんて経験をすることができます。そういったケースは、たいてい、もめている双方にとって、どちらも納得できる解決ができます。
そんな経験を通して、私も交渉についていろいろ意識するようになりました。そして、それは私の弁護士としてのスキルの向上に、確実に貢献してくれていると実感しています。
考えてみると、交渉はなにも弁護士だけの特別なものではありません。ビジネスの場面でも、取引相手との間では、日々交渉が繰り返されています。恋人同士で今日のゴハン代をどっちが出すかを考えることも交渉です。世の中は交渉で満ち溢れています。それを学ばない手はありません。
「相手を打ち負かす交渉」ではうまくいかない
「交渉」と聞くと、「バチバチと火花を散らして戦う」、「相手より少しでも多くの利益を獲得する奪い合い」、「勝つか負けるか」といった「相手を打ち負かす戦い」を思い浮かべるのではないでしょうか?
ちまたに出回っている交渉術の本のタイトルが、「絶対にYESと言わせる方法!」とか、「勝つ交渉術」といったものが多いことも影響しているのだと思います。
あるいは、交渉術がアメリカから輸入されてきたものですので、元来争いごとが苦手で「和」を重視する日本人には、こういった「戦い」「奪い合い」のイメージが、交渉を苦手にさせているのかもしれません。
しかし、相手を打ち負かすだけの交渉では、うまくいきません。
理由1. 強引に勝とうとしては、そもそも合意を得られない
交渉をする目的は、「相手との合意により利益を得るため」ですが、それは相手にとっても同じです。あなたが一方的に相手を打ち負かそうとすると、相手は利益を得られないと判断して、合意が成立しないという事態に陥ります。あなたが交渉によって合意を得ようとするのであれば、相手の望むことを考えなければらない、考えてみれば当たり前の話です。
理由2. 仮に勝っても、いずれ孤立してしまう
仮に、強引に合意を得ることができたとして、そのときには短期的な利益を得られるかもしれませんが、負かされた相手は、おそらく二度とあなたと交渉をしようとはしないでしょう。一度きりの取引だったとしても、相手を打ち負かすような取引をする人は、いずれ周囲から孤立してしまいます。
相談者の中に、スーパーマーケットに商品をおろす業者の方がいらっしゃいました。スーパーから赤字になるほどの過度の値引きを要求されるということがあるそうです。スーパーとしては、少しでも安く商品を仕入れて利益を上げようということかもしれません。しかし、その時は利益を得られたとしても、赤字を出しながらそのスーパーに商品をおろし続ける業者はいません。スーパーがそんな過度の値引き要求を続けていれば、いずれ誰も商品をおろしてくれなくなるでしょう。
恋人同士の間でも、あなたが交際相手のことを考えず、一方的に自分の欲求ばかり求めれば、そのうち誰からも相手にされなくなるでしょう。
人は孤立しては生きていけないのです。
交渉とは「与え合うこと」
「相手のために自分が何ができるか」から発想するアプローチ
交渉においては、常に相手の利益を考えることが必要です。
「交渉術」の分野では、ハーバード流交渉術がいちばん有名です。ハーバード流交渉術では、交渉は「win-win」を目指すものと説明しています。しかし、「win-win 交渉」だと、どうしても「勝ち」というイメージが思い浮かんでしまいます。
交渉は勝ち負けではありません。お互いが協同して、お互いの利益を得る方法を知恵を絞って考え合い、お互いが満足するための協同作業です。私は、この「お互いに利益を与え合う」という「協同作業」こそが重要だと考えています。互いに、「相手のために自分が何ができるか」という発想からスタートすることが不可欠なのです。
もし相手が一方的に自身の利益だけ求め続けるのであれば、なぜそういった態度をとるのか考える
弁護士が、交渉を「与え合うこと」、「相手に利益を与える」なんていうと、うさん臭く聞こえるかもしれません。「理想論だ」、「机上の空論だよ」なんて声も聞こえてきそうです。
現実に、ビジネスの場面であれプライベートの場面であれ、全く対等な関係での交渉はほとんどありません。
上司と部下など力関係がある場合には、「協同作業」なんていっても、結局は上司の圧力に負けてしまうこともあるでしょう。取引相手に「協同作業」を求めても、譲歩しすぎて利益を食い尽くされてしまうか、そうでなければ合意できないということもあるかもしれません。あなたにこういう経験があれば、「協同作業」なんていっても、現実的には何の意味もなく、ただ白々しく聞こえてしまうかもしれません。
しかし、「与え合う」ということは、こちらが一方的に譲ることではありません。
相手が双方の満足を高める協同作業に応じず、一方的に自身の利益だけ求め続けるのであれば、なぜそういった態度を相手がとるのか考えることが大事なのです。もしかしたら、相手には何か誤解があるのかもしれませんし、感情面で譲れない大きな理由があるのかもしれません。それを探り当てることにより、お互いに与え合う方法がないか知恵を絞る、そのプロセスが重要なのです。
この、「相手の利益は何か」「自分は相手のために何ができるか」を知恵を絞って考えるということが、「与え合う交渉」ということの要点です。「与え合う交渉」は、単なる机上の空論ではなく、合意を成立させるために不可欠のプロセスだということです。
事前準備が成功のカギ
「与え合う交渉」のための3つの準備
さて、以上の交渉の考え方を前提に、交渉の技術的な部分に触れたいと思います。どうすれば、「与え合う交渉」が実現できるのか。そのカギは、事前準備にあります。
具体的には、次の3点を検討する必要があります。
①「自分が交渉により何を望んでいるか」と、「相手が交渉により何を望んでいるか」をできるかぎり把握する。
②「自分が相手のために何ができるか」という視点で、選択肢を思いつく限り考えておく。
③交渉が決裂した場合にとるべき最善策を考える。
① 自分が望むもの、相手が望むもの
相手の立場になり、想像してみる
お互いにとって満足したといえる利益が何なのかを、まずは把握する必要があります。
入居の際の家賃交渉を例にすると、引っ越しシーズンを過ぎた5月に部屋を借りるときは、一般的に、家賃の減額交渉がしやすいと言われています。あなたが家賃交渉をするとき、あなたが望む利益は、「できるだけ部屋の費用を低額に抑える」、あるいは「借りる部屋に見合った家賃に抑える」という点にあるでしょう。
他方、大家さんが望む利益は、「空き家をなんとか埋めて、賃料収入を確保したい」という点にあると想像できます。そのほか、大家さんが家賃でローンを返済中であれば、より具体的に「ローン返済分を少なくとも家賃収入から確保したい」というものもあるかもしれませんし、一棟のアパートであれば、「防犯上、空き室を減らしたい」という利益もあるかもしれません。
このように、当事者にとっての利益は、必ずしも一つとは限りません。交渉に挑むに際しては、想像力も重要になってきます。
② 相手のためにどんな提案ができるだろう
一点に集中せず、選択肢を思いつく限り考えておく
では、選択肢としては何が思いつくでしょうか。
相手の利益を考えるという点から、あなたと大家さんの利益が、「家賃」という一点に集中すれば、一方が得をすれば一方が損をするような関係にもみえ、お互いの利益は対立しそうです。
しかし、ここで、先ほどの「相手の望む利益が何か」という点から、深掘りが必要です。引っ越しシーズンを過ぎたいま、入居してもらわないと、これから数か月間、大家さんは、家賃収入が得られないかもしれません。そうすると、あなたからみたときの、「自分が相手のためにできること」は、「早く引っ越しをして、早く大家さんに家賃の支払いを始める」ということになりそうです。
他方、大家さんからみたときの「自分が相手のためにできること」は、「(早く)入居してくれるのであれば、部屋の費用を何らかの形で下げてあげる」ということでしょう。大家さんが防犯上空き室を減らしたいということも重視しているのであれば、家賃について減額の合意ができるかもしれません。ただ、隣の部屋よりも家賃を下げると、隣の人からクレームが出る可能性もありそうです。家賃を下げるとローンの支払いに困るということもあるかもしれません。そうすると、大家さんとしては、「あなたの利益」=「部屋の費用を低額に抑えるという利益」を与えることはできないようにも思えます。
でも、
・礼金は下げてもいいのでは?
・1ヵ月間のフリーレントは?
・提携の引っ越し業者を使って引っ越し代をサービスする?
などなど、大家さんにも選択肢はいろいろ出てきそうです。あなたが学生で、初めて親元を離れて一人暮らしを始めるということであれば、「大家さんがあなたの親御さんに定期的に状況を報告し、何かあれば協力する」ということが、実はあなた(側)の利益かもしれません。
このように、二者択一にならないこと、パイは無限にあると気づくことが重要です。ポイントは、「相手のために何ができるかを考える」ということです。
③ 交渉決裂だって怖くない
交渉はお互いの満足を得るための協同作業ですから、お互いの満足が得られないのであれば、それ以上交渉を続ける必要はありません。この交渉を続けるかどうかを見極めるためには、交渉が決裂した場合の次善策をあらかじめ考えておくことが重要です。
あなたとしては、家賃やその他の減額ができない場合に備えて、次にもっともよい条件の物件を探しておく必要があります。それがあるからこそ、減額交渉の見極めができることになります。
大家さんとしても、同様に、仮に今回貸さなかったとして、次の借主がどれくらいで見つかりそうかを試算して、減額の条件を見極めるということが必要です。
焦らずに、準備の時間は必ずもらおう
多くの交渉は、急ぐことによって失敗している
このように、交渉をするに際しては、必ず事前準備を行い、①~③を検討しておく必要があります。
交渉は突然始まることもあるので、「そんな時間はない」という方もいるかもしれません。ですが、そんなときは、勢いに任せて合意をせずに、勇気をもって、準備をする時間をもらうようにしましょう。たいがいの交渉は、準備不足のゆえに失敗しているのです。
ビジネスの場面では、とかく合意の中身よりも、合意を成立させることに目が行きがちです。とくに営業職などは、まずは契約を成立させて、内容はそのあと詰めるなんてことも多いと思います。
取引先から、「今後の良好な関係を維持するために」などという理由で圧力をかけられ、今後も取引を維持するために、内容についての検討が不十分なまま、まずは契約を成立させるなんてこともあるでしょう。
しかし、交渉でもっとも重要な点は、「自分と相手が交渉によって何を得ようとしているか、それが合意によって獲得できるか」ということです。相手にとって利益があっても、自分に全く利益がないのであれば、合意をする必要はありません。
若いころ、とにかく彼女(または彼氏)が欲しいと思って、「嫌いじゃないから」というだけで交際するという経験が、もしかしたらあるかもしれません。しかし、重要なのは、「交際することで自分がどうなりたいか」であって、「交際することそれ自体」ではないということです(ただ、男女間の交際に限って言えば、交際それ自体を楽しみたいという方もいらっしゃるかもしれませんが)。
この「交渉によって何を得ようとしているのか」という問いに、明確に答えることができることが、交渉をうまく進めるための第一歩です。
交渉とは相互理解
小手先のテクニックに惑わされないように
交渉は、つまるところ他者とのコミュニケーションそのものです。自分の意思を伝える自己実現と、他者との相互理解により、究極的には平和をもたらすものといっても言い過ぎではありません。
交渉では非常に多くのテクニックがありますが、小手先のテクニックに惑わされるのではなく、また相手を打ち負かそうとするのではなく、相手を理解しようという謙虚な気持ちをもって臨めば、必ずうまくいきます。
与え合うことが最上の交渉なのです。
与え合う交渉でみんなが満足できるためには 1. 相手を理解しようという謙虚な気持ちをもつ 2. 相手が何に困っていて、何を望んでいるのか。たくさんの選択肢を想像する 3. 自分の望みと交換できないか、急がず時間をかけ話し合う |
PHOTO:masha krasnova-shabaeva