新しい切り口を示して、世の中をインスパイアしたい。いい時代が迎えられるように
PUBLISHERS(パブリッシャーズ)| 深井次郎がゲストと語る “本をつくる理由”
第1話|ルーカス.BB(ニーハイメディア・ジャパン)
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出版のこれからを考えた時、頭に浮かぶ発行人のひとりがルーカス氏。旅人のマインドでそれまでにない新しいメディアを切り出していくクリエイティブなパブリッシャ-だ。彼は何をしたくて、何を伝えたくてメディアをつくっているのだろう。ずっと知りたかったことを聞きに、オーディナリー編集部はルーカスさんがサイクリングイベント「ツール・ド・ニッポン」のために滞在している瀬戸内の街、尾道を訪ねることにした。夕刻、リュックを背負ったルーカスさんがステキな奥様、香織さんと現れる。連日島を巡ってのイベント準備で多忙にも関わらず、疲れた顔ひとつ見せないお二人のやさしい微笑。待ちに待った幸福な対話が始まる。
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ルーカス・B.B. ニーハイメディア・ジャパン代表取締役社長 クリエイティブディレクター 1971年、アメリカ・ボルティモア生まれ。サンフランシスコ育ち。 1993年に来日、1996年にニーハイメディア・ジャパンを設立する。カルチャー誌『TOKION』を発行し、斬新な切り口で若者の注目を集める。その後もトラベルライフスタイル誌『PAPERSKY』やキッズ誌『mammoth』を手がけながら、『Metro min.』(スターツ出版)や『Planted』(毎日新聞社)など、数多くのメディアの創刊にクリエイティブディレクターとして関わる。ファミリー向け野外フェスティバル「マンモス・パウワウ」や日本各地を自転車で巡る「ツール・ド・ニッポン」のイベント企画やプロデュースなど、雑誌以外のさまざまなフィールドでもクリエイティブ活動を行う。 |
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※「PUBLISHERS(パブリッシャーズ)」とは、理想をもって出版に関わる人、メディアをつくる人たちのこと。彼らのクリエイティブアクションを紹介し、あなたの「自分らしい本づくり」を探求する読み物コーナーです。
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どうして自分のメディアをつくってないの?
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深井次郎: ルーカスさんは20年前、大卒後すぐに日本にいらして。始めから、メディアの仕事をしたわけではなかったんですよね?
ルーカス: そうだね、子どもに英語を教えていたんだ。はじめは日本で仕事をするとか考えていなかったけど、長くいたいから働かなきゃと思って。大学出てすぐだったから他にスキルもないし、英語教師ならビザも取りやすいし、日本中いろいろ回って見られるから、好都合だったんだ。毎日4時間英語の先生をして、あとはジャパンタイムズとか、タイムなんかの日本にある英語メディアに記事を書いていたんだよ。英語教えて、記事書いてなんとか生活していた感じだね。
深井: そしたら友達に言われてしまった?
ルーカス: よく知ってるね(笑)ぼくは小学生の時から大学まで雜誌を作るのが好きで、ずっと活動していたんだけど、日本に来てからは何も作ってなかった。そしたら友達に「どうして自分のメディアをつくってないの?」って言われてしまったんだ。彼の一言で、ああそうだ、ぼくはメディアをつくるのが好きだった。いま日本にいて、自分の周りには面白い人たちがいて、いいデザインや写真や、インスパイアされるような、刺激的な環境があるんだから、やってみようと思い立って、それからはお金ないし、大変。
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深井: 当時は今よりもずっと、個人が出版事業を始めるのは大変でしたね。
ルーカス: 印刷代はかかるし、日本の出版界には取次とかの独特のシステムもあって、ハードルが高かった。会社だって資本金300万円ないとスタートできなかったし。最初だから広告の受け皿もないし、資金調達が難しくて。卵が先か鶏が先かみたいな感じで、まあなんとかクリアして96年にニーハイメディア・ジャパンを立ち上げることになったんだ。
深井: ニーハイ(膝丈)っていい名前ですよね、身の丈に合ったみたいなニュアンスですか。
ルーカス: うん、まあそういう意味なんだけど・・・実はぼくが最初に覚えた日本語なんだ(笑)ラーメン屋で「ビール2杯」の「ニーハイ」。とにかくこれを言えばビールが飲めた(一同笑)素晴らしい言葉だよね。もちろん、自分たちができる範囲の大きすぎないメディアという意味もあるし、いい名前じゃない、会社名にしちゃおうって決まった。
深井: そこからあれよあれよというまに「TOKION」(トキオン)は伝説の雑誌に。
ルーカス: そうだね。タイミングがよかったし、インパクトがあったんだね。「TOKION」って時の音を伝えるメディアという意味もこめていたんだけど、雜誌メディアとして時代とばっちりマッチングしていた。25歳のぼくの気分にも合っていて、得るものが多くて、すごく良かったんだけどね。
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自分が育てば、雑誌も変わる
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深井: うまくいっていたのに、やめてしまったのはなぜですか。
ルーカス: 育ってしまったのかな、ぼくもメディアも。もちろん30代の自分の気分と違っても、ビジネスとして割りきってやっていくことはできたと思うよ。ただ、もはや20代ではない自分とギャップのあるメディアをビジネスのために回していくことに違和感があった。創刊から12年もたったら、時代も変わっていくし、それから自分も変化していくのが自然だし、自分に合った雑誌を作るんじゃなければ、意味がないと思って次に進むことにしたんだ。
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深井: なるほど。ビジネスに自分を合わせるのではなく、また新しく自分に合った雑誌をつくろうと。そこから『Planted』や『mammoth』、そして新しく旅の雜誌を始めたんですね。
ルーカス: 奥さんと相談して、旅がいいんじゃないの、ということになって、旅とライフスタイルをテーマにした雑誌『PAPERSKY』(ペーパースカイ)をスタートした。新しい切り口を示して、世の中をインスパイアしたい。いい時代が迎えられるように、世界中の魅力あるもの、いいものを伝えるメディアを発信したい。ただ「世界を良くする」とかいうと、宗教みたいになりがちだけど、美味しい料理とか、気持ちのいい場所とか、空気とか、誰かとのいい会話は、人間がもっている本能を元気にするでしょ。ぼくらの雜誌が誰かの人生を明るくするスパイスとかエッセンスになって、脳を刺激できたらいい。言葉で直接ああしろ、こうしろって書いてあるんじゃなくて、読んだ人が気持よくなるとか、いい波動を与えられればステキだと思う。そこからインスピレーションを受けて、それぞれの人生に意味のあるアクションを引き出せたらもっといい。でもそういういい波動は、プロセスが大事で、作っている人がハッピーじゃないと伝わっていかないから、すごく難しいことをしているんだよね。
深井: 作り手の空気感は読者に伝わりますよね。あいつら何楽しそうにしているんだろう? って人が覗きたくなるような。いい人間関係とか、いいアイデアがあって、楽しく仕事ができると、そういうバイブレーションが誌面にのって伝わる。
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つくり手の気持ちは誌面にのって
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ルーカス: いつもケンカしているようだとダメだよね。
深井: 自分たちがまず楽しむこと。気の合う仲間とものづくりをすると、プロセスも楽しいですよね。
ルーカス: みんなで持ち寄りでご飯食べたり、ロケハンしたり、自転車で走ったりね。日本の企業文化は、プロセスが大事っていうことに理解がない。儲けるためだけに仕事をするなら、気持ちをのせるのは難しいよね。組織にいても個人がもっと自分がのれる事をしていければいいんだ。嫌だけど仕事だから仕方ないと思うのは、自分たちで自分たちを縛っているだけなんじゃないかと思うよ。大きな企業のレベルで、仕事への意識がそんな風に変わったら、本当に社会が変わるんだと思う。一人ひとりが適性やスキルに合わせて自分にしかできないことを仕事にすれば、それは斬新だし、社会貢献できる。それまでなかったものをビジネスとして成立させることはチャレンジだし、仕事の面白さはそこだよね。
深井: なかったものをつくる。それが、ルーカスさんの役割なんですね。確かに当時『PAPERSKY』みたいな旅の雜誌は他になかった。
ルーカス: ONE AND ONLY でないと。『Planted』も『mammoth』もそれまでにないものだった。今度の尾道イベントの拠点にしたU2(本邦初のサイクリストホテル)もそうだね。これまでサイクリスト用のホテルなんてなかったし、尾道というロケーションでビジネスとしてどうか、これからがチャレンジだけど。ただ斬新なものってダメになるのもハイペースだから、仕事としてやっていくには、次から次にアイデアが必要、いつもアンテナを張っていないといけないとは思っているよ。
深井: 規模感も大事ですよね。動きやすくするには、大きすぎないこと。ぼくらもスモールプレスを標榜しているんですけど、スモールでミニマムが機能的で美しい。小さく、その分深く刺さる。読者とも濃いつながりをつくって、必要以上の利益は追わず、仲間でDIYで楽しんでやっていきたいな。
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ルーカス: 数売れれば偉い時代は終わったよね(笑)少ない部数で濃い情報を出す方がカッコイイ。部数は、伝えたいことや、相手によるべきで、ペーパースカイをメトロミニッツの規模で出そうとは思わない。だって金儲けのためにやっているんじゃないから。屋根と食べ物、それから自転車が維持できる範囲でいい(笑)日頃から、ぼくらの事業はビジネスじゃない、サバイバルだって言ってるんだ。ハンティングと同じだね、家族が多ければたくさんいるけど、少なければ口の数だけ食料が取れればいい。
深井: 会社も同じですね、社員数を増やせばその分良いものができるとは限らない。ニーハイメディアは数年前に規模を縮小したんですよね。
ルーカス: 行き届いた仕事をするためには、コアメンバーは8人くらいが適当だと思う。12人になってしまったら、マネージメントが大変で、ものを考える時間がなくなってしまったし、本当にやりたい仕事ができなくなってきて。バランスが悪いからリセットしようってことになって、奥さんと2人になった。今は5人で回していて、いい調子だよ。人数が増えると専門性が高くなってしまうけれど、少なければみんなが全部に関わることができるし。
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ニーハイメディアのはじまりと未来
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深井: もともとニーハイメディアは奥様と2人でスタートしたんでしたよね?
ルーカス: 設立はアメリカ人ライターの友人と。そのアダムとは日本語学校で知り合ったんだけど、ふたりとも日本のサブカルに興味があって、意気投合して雑誌を作ろうってことになったのが始まり。香織は当時学生で、2号目から関わるようになったんだ。だから奥さんは他の仕事をしたことがないんです。2人で作ってきたから、これからもこれが基本、そうだよね?(奥様の香織さんとアイコンタクトで確認 仲良しぶりに一同ホッコリ)
深井: プライベートでも仕事でもパートナーなんですね。
ルーカス: みんな別々に分けたいみたいだけど、一緒だと思うし、そのほうが自然だよ。鬱になりやすかったり、自殺したりするのは、そういう嘘のルールがあるからだと思うんだよ。日本だけじゃなくて、他の国でもそうだけど。一緒にしちゃえばいい。今のオフィスは自宅兼用の一軒家で、仕事をする人は家族みたいに普通に出入りしている。ぼくが一緒に働く人は友達だから、信頼関係もあるし、なんでも話し合える。そういうチームならいい仕事ができる。プライベートでも仕事でも分けないでいい人間関係をもって、「いい仕事=良い人生」みたいな時間の使い方ができれば、人間一番幸せなんじゃないかな。
深井: 本当、そう。ただ、まだまだルーカスさんのような人は少数で、変わった人なんです。多くの人は他人の目を気にして我慢しながら、自分をすり減らしてしまっているようです。それぞれ好きなことを探求して、自分にしかできないことで社会に貢献する。公私混同、働くことと生きることが一緒になっている、自分らしく生きてる人があふれる世界。それがいつか「当たり前=ORDINARY」になって欲しいな。ぼくらはそんな思いを込めてオーディナリーと名づけたんです。
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ルーカス: いいね。オーディナリーもペーパースカイもそうだけど、小さいメディアがもっと増えれば、面白くなるよね。
深井: 「大きなメディアがいくつか」よりも、「小さなメディアが無数にある」。その方が多様で豊かで健康的な社会だと思う。最後にたとえば5年後10年後、ルーカスさん自身はどうなっていると思いますか?
ルーカス: 今のままでいい。今のままっていうのはね、何もしないってことじゃないんだよ。もし止まると今のままではいられない。その時の「時の音」を上手に人に伝えること、ぼくらのメディアに触れて、行動してみたとか、よかったとか、その人の人生にとって、大切なものが動いた、きっかけになったというような影響力のあるメディアを作っていきたい。サイクリングイベントみたいなワークショップでリアルな場を持つのもひとつ。ペーパースカイのイベントにはけっこうリピータが多くて、みんな元気になって帰っていくんだ。いろんな人との出会いもあるし。今は、日本をもっと実感できる新メディアを企画中で、これはアプリなんだ。アプリをメディアとして認識させるのはまだまだだから、試行錯誤してチャレンジしているんだよ。もっともっと日本を元気にする、日本人も世界の人も日本の面白さを再認識するようなものができるといいと思っているんだ。
深井: 誌面で伝えるだけでなく、読者に体験してもらうところまでいざなう。そんな力がルーカスさんがつくる媒体にはあるように思います。一緒に体を動かしたくなるんです。明日からの「ツール・ド・ニッポン」だって、全国の自転車乗りたちがぞくぞくと尾道に集まってきてますね。旅もそうですが、体験ほど学べるものはないと思います。今日はイベント前日の忙しいところ、ありがとうございました。
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TEXT : モトカワマリコ(ORDINARY)
DATE : 2014.5.30