TOOLS 51 好きな仕事をキライにならない方法 / 田中 稔彦( 海図を背負った旅人 )

帆船に乗り始めたのは、仕事が忙しくなりすぎてしまったから。好きだった仕事をキライになってしまいそうだったからです。帆船という「非日常」の世界が自分の中で生まれたことで、「日常」をもより楽しく、楽に生きることができるようになりました。

TOOLS 51
好きな仕事をキライにならない方法 – サードプレイスとしての帆船 –
田中 稔彦  ( 海図を背負った旅人 )

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自由に生きるために
もうひとつ別の価値観を生きられる場をみつけよう

 

 ボランティアクルーという関わり方 

ぼくが初めて帆船に乗ったのは1997年の2月。もう18年も前のことになります。
最初はゲストとして何度か乗船料を払って航海していましたが、1年ほどしてからはボランティアクルーとして船の運航のお手伝いをするようになりました。

どうすればボランティアクルーになれるのかは船によって違うのですが、ゲスト、トレーニーなどと呼ばれている乗船客の中からスカウトされることが多いです。その船の活動内容や雰囲気に合う人を、クルーやボランティアクルーがピックアップしてオファーを出します。実際にぼくもそういう経緯でボランティアクルーになりました。

このボランティアクルーというシステムは海外でも多くのセイルトレーニング帆船で取り入れられています。フルタイムで船に関わるわけではないのですが、自分の時間が空いた時に船にやってきてお手伝いをするのです。ぼくが関わっていた「あこがれ」「海星」の2隻の帆船でもこのシステムを採用していて、それぞれ数十人がボランティアクルーとして船をサポートしていました。

活動内容は航海中と接岸中で違っています。接岸中は主に船のメンテナンス作業です。帆の上げ下げのためのロープの取り替え、船体のペンキ塗り、木部のニス塗り、サビ打ちといった細かいけれど船のコンディションを維持するのに重要な作業です。

航海中はそうしたメンテナンス作業に加えて、船の運航の手伝いをしたり、乗船客と一緒に行動して、船の操作や船内生活をサポートしたりします。

どうしてわざわざ正規クルーの他にボランティアクルーを乗船させるのかというと、人件費の節約という側面もあります。船のメンテナンスはとにかく手がかかります。しかしその中には、それほど専門的な技術がなくてもできる作業もたくさんあります。そういう作業をボランティアが担えば、全体の経費を削減することができます。

また航海中にお客さんと向き合うには、プロの船員よりも自分もゲストとしてプログラムを体験したボランティアクルーが行った方が、よりきめ細かくて効果が高いからというのもあります。

 

当然、ボランティアクルーは金銭的な対価を受け取るわけではありません。また母港から離れた土地での航海の場合、交通費を自費で賄うこともあります。(個人的に一番遠くだと、韓国まで自費で行ったことがあります)

航海の中で初対面のゲストをサポートするのは、航海が長くなればかなりのストレスにもなります。真夏の炎天下や、冬の冷たい風が吹きすさぶデッキで作業をするのはツライですし、航海中の揺れる船での作業もかなりしんどいものです。

 

 帆船が好きなわけではなくて… 

ぼくは帆船が好きなわけではありません。
こういうとよくびっくりされますが、もともと船や海、乗り物が特に好きだったわけではありません。

帆船好きな人の中には、写真からその帆船の名前を当てるような人もいますが、そういうことはできません。帆船模型が好きな人の中には細かい構造や小さなパーツについて驚くくらい深い知識を持っている人もいますが、そんなことも知りません。帆船小説が好きな人だと、海戦や航海の歴史や古い時代の船の構造に詳しい人もいますが、そのあたりも適当です。

ではなぜ長くボランティアクルーを続けてきたのかというと、「場」としての帆船が魅力的だったからなのです。

1990年代に生まれた社会学の言葉で「サードプレイス」というのがあります。
「ファースト・プレイスは」その人の自宅で生活を営む場所。
「セカンド・プレイス」は職場などその人が最も長く時間を過ごす場所。
そしてそのどちらでもない「サード・プレイス」の存在が地域のコミュニティライフのアンカーともなり、より創造的な交流が生まれるとされています。

例えばカフェであったり、図書館であったり、地域センターであったり。公的なものか私設のものかはともかくてして、人と人の間に、家族や仕事とは違うつながりを生み出しす場、それがサードプレイスです。

横浜で活動していた海星という帆船でのことです。航海が終わり、夕方頃に船が港に帰ってきます。すると桟橋に顔見知りのボランティアクルー仲間が立っていることがよくあったのです。

彼はもやい綱を受け取り、ゲストが下船した後の片付けを一緒に手伝います。そうこうするうちに他にも何人かのボランティアクルー仲間がやってきて、一緒にお茶を飲みながら話をしたりします。その場の流れで一緒に食事に行ったりもします。

船に何か用事があったわけでも、誰かと待ち合わせしていたわけでもありません。ただ今日は航海があるからちょっと手伝いにいってみよう。誰か知り合いが乗ってるかもしれないから、顔をだしてみよう。仕事が終わって特に予定がない時に船にやってきて、少し船のお手伝いをして、船で出会った友人たちと他愛もない話をしたりする。航海をしていない時の船は、ぼくたちにとってそんな場所だったのです。

 

 日常とは違うつながりの中で暮らすということ 

ぼくが帆船に乗り始めたのは、仕事が忙しくなりすぎてしまったからです。
好きだった仕事をキライになってしまいそうだったからです。
そして帆船という「非日常」の世界が自分の中で生まれたことで、「日常」をもより楽しく、楽に生きることができるようになったのです。

「サードプレイス」という概念はここ最近日本でも広く紹介されるようになってきています。そして街のあちこちにそうした小さな場を作ろうという試みも数多く行われ始めています。そうした日常の営みから少し離れた場所でのコミュニケーションというのがだんだん求められるようになってきているのかもしれません。そして今になって思い返せば陸に停泊している時の「帆船」はぼくたちにとってのサードプレイスだったのだと思います。

いや、陸にいるときだけではないですね。航海するときでも船は、日常とは離れた特別な場所だったのだと思います。その航海を共にして、ツライことや楽しいことを一緒に経験した仲間とだけ共有できる特別な場所だったのだと思います。

日常と非日常が、現実と夢が交錯する場。
ぼくにとって帆船はそういうものでしたし、ボランティアクルーとして帆船に関わり続けていた多くの仲間たちにとっても、多分そういう存在だったのだと思います。(了)

 

 

好きな仕事をキライにならない方法
1.  サードプレイスをつくってみる
2.  日常の営みから離れた特別な場所でコミュニケーションしてみる
3.  利害関係のない仲間と創造的な活動をする

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 田中稔彦さんが帆船に乗ることになった話など 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)

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写真:Coast Guard News(一枚目)、その他は筆者本人


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。帆船乗り。舞台照明家。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。2016年に仲間と一般社団法人「スビリット・オブ・セイラーズ」立ち上げ。「日本一楽しい帆船乗り集団」と名乗って日本に帆船文化を定着させることを目指す。