【レポート】オーディナリー的、名刺のつくり方

夢を追う人を応援する活字職人、中村活字さんを訪ねた
オーディナリー的、名刺のつくり方
夢に向かう人を応援する活字職人に会った

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深井さん、まだ名刺つくってなかったの?
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はい。オーディナリーの名前が決まり、編集部のメンバーがそろい、動きはじめてから約1年になる。けれど実はまだオーディナリーの名刺をつくっていなかった。その理由は、そこまで必要にせまられることがなかったから。

ずぼらな深井次郎は、普段から名刺を持ち歩いていない(社会人としてどうよ)。ひそかに「デジタルツールで事足りるんじゃないの」と思っている人間だ。自分の情報が全部WEB上にあるし、WEB上でお互い知り合ってから、リアルで会うことも多い。固いビジネスライクな名刺交換の場面が、ここ6,7年で大幅に減った。

とはいっても、オーディナリー編集部も外部とのやりとりも出てきて、紙の名刺があったほうがいい場面も出てきた。というわけで、今回オーディナリーとして初めての名刺をつくるに至ったのだ。
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デザインは、たなか鮎子さん
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鮎子さんいわく、名刺デザインのポイントは「飽きのこないシンプルなものがいい」とのこと。横にするか縦にするか。片面か両面か。 ロゴはどこに配置するか。大きさはどうする。じつに多くのパターンがあり迷ってしまう。鮎子さんのMac上で、微調整が続き、デザインは完成。

 

あなただったら、どのパターンがいい?

あなただったら、どのパターンがいい?  (一部情報を消しています)

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あとは印刷。どこに頼むかというときに、活版が浮かんだ。今の時代にわざわざ紙でつくるのだから、デジタルにはない、紙でしかできない表現をしたいものだ。そうなると、質感、手触り、凹凸、香り、こういうものを工夫すると面白いかもしれない。そういうわけで質感と凹凸のある活版印刷にしようと決定。もともと、深井が初めて活版の名刺を知ったのが、鮎子さんの名刺。ひそかに素敵だなぁと思っていたのだ。活版印刷といえば、中村活字さんですよ(鮎子さん談)というわけで、今日、銀座にある中村活字さんにお伺いすることになった。

㈱ 中村活字(なかむらかつじ)
明治43年(1910年)、中村貞二郎によって銀座で創業。その孫で五代目の中村明久が現社長を務める。オフセット印刷にも対応する傍ら、銀座に伝わる活字文化を守るべく、活字書体の鋳造販売とともに活版印刷の技術を今に受け継ぐほか、「活版工房」などのワークショップ活動への参加を通して、その啓蒙に努めている。  nakamura-katsuji.com


いざ、銀座にある中村活字さんへ
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深井次郎:「こんにちは、オーディナリーの深井と申しますが、名刺を受け取りに参りました」

中村明久:「ああ、どうも。お待ちしてました。できていますよ」

良いのできましたよ

「はい、良いのできましたよ」

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社長の中村明久さんが応じてくれた。こちらの自己紹介を一通り話す。鮎子さんが中村活字さんを推してくれたこと。オーディナリーのやってること。好きを活かして自分らしく自由に生きる人たちを増やしたい。そのための出版社を今つくっていて、小さな個人メディアや出版社がたくさんあふれる世の中が、豊かで自由な社会なんじゃないか。とかそんな深井の話を、うんうん本当にそうだね、と聞いてくれる。

中村:「うちで活版の名刺をつくりにくるのは、出版関係の人が多いですよ」

ひと通り、世間話をしてから、自然とインタビューになる。
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入り口の左にある棚

 

活版印刷の昔と今

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便利なコピー機が出てきて、個人でもプリンターを当たり前に持っている時代になり、「もう活版印刷はなくなる」と言う人も多い。でも未だ健在。手間もかかるし、値段も高い。なぜ、活版が続いてるのか。中村活字さんは、この間、創業100周年を迎えた。

深井:「いま活版の状況は、どうですか?」

中村:「業績で言うと、それは昔の方がずいぶんと良かったです」

そう言って笑う。廃業している活版屋さんも多いというが、その顔は明るい。

創業者である中村貞二郎の半纏(はんてん)

創業者である中村貞二郎の半纏(はんてん)

深井:「中村さん自身は、この仕事は、家業を継いだのですか?」

中村:「そう、継いだの」

深井:「活版の未来について、不安はありますか?」

中村:「そりゃあるけど、このところ、お客さんも増えてるからうれしい。活版も博物館になっちゃダメで、国の補助金もらって生き延びたり、そういうものじゃなくて、ちゃんとみなさんに使ってもらって生き延びたいですね」

実は、2006年頃から、若い女性クリエイターを中心に活版に魅了される人が増えてきた。

深井:「その2006年には何が起こったのですか?」

中村:「それがわからないの。でもその年に、うちのホームページを立ち上げたの。検索で知ってくれる若い人が増えたんですね」

深井:「おお、ネットの効果ですか」

中村:「若い人は活版なんて知らないじゃない。 ガリ版も知らない世代でしょう?」

深井:「そうですね、ぼくもガリ版さえ体験してきてません」

活版を知らない若い世代が、レトロで味があって可愛いよねと、ネットを通じて知ったのではないかと言う。特に名刺は手渡しをする。その時、感度の高い人は、質感の違いに気づく。それで、「この印刷なに?」「実は活版なの」とクチコミが広がるのだ。その広がりのおかげで、2006年ごろからは、活版も上向きになってきた。

深井:「活版のお客さんは女性のクリエイティブ系の方が多いとのことですが、ほかに傾向はありますか?」

中村:「作家、編集者、画家、デザイナー、映画監督など芸術系の人が多いけど、あとは、独立する人がつくりにくるね」

深井:「フリーランスになったり、起業する人?」

中村:「そう、これからがんばるぞって人。うちで名刺つくる人は、大量印刷して名刺をばらまく人たちじゃないでしょう? ここ一番で勝負。大切な人にだけ気持ちをこめて渡すという使い方の人が多いですね」

深井:「独立すると、会社員時代とは名刺に対する思い入れも変わるし、渡し方も変わるんでしょうね」
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一文字ずつ組み上げる

くらくらするくらい多い活字の種類

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中村:
「あと最近の傾向として思うのは、働き方が変わってきてますね。会社勤めをしながらも、個人でまた別の仕事をされていたり」

深井:「それで会社で支給される名刺以外に、個人的に名刺をつくりにくるんですね。2枚目、3枚目の名刺を」

中村:「あきらかに増えて来ていますね」

深井:「そういう流れ、やはり複業の時代を感じますか」

中村:「面白いのがね、うちで名刺をつくると、独立してうまくいきましたって感想が多いの」

お客さんからの感謝のコメントが書き込まれたノートをこっそり見せてくれた。ずっと欲しかった賞を獲りましたとか、おかげさまで業績が伸びていますという嬉しい報告がぎっしり並んでいる。

深井:「これ、サクラじゃないですよね?」

中村:「あはは」

無数の活字の海から、ひとつひとつ拾っていく

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もちろん冗談。サクラでないのはわかる。深井も知ってる作家さんのコメントもある。芥川賞などの賞を獲った時に、授賞式で交換するように増刷しにきたとか、そのノートにはいろんな人生の物語がつまっていた。夢を叶える人が多いそうで、オーディナリーもなんだかご利益がありそう。単純な深井は、ますます未来が楽しみになっている。
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活版の美しさとは
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仕事がうまくいった、というコメントの他は、“美しい” というものが多い。

• とても美しくて、名刺を額に入れて飾っています
•  帰りの電車の中でずっと名刺を眺めていました

さぞかし気に入ってるんだなという幸せそうなコメント。

深井:「活版の美しさって、なんですか、この文字の微妙な凹みですか?」

中村:「そうですねぇ。でもこの凹みは、少ない方が美しいの」

深井:「ぼくなんかは、せっかく活版だったらもっと凹んでたほうがいいのに、と思ってしまいます。それは野暮なんですかね」

中村:「うふふ、そうですね。かすかに凹んでるか凹んでないか、わからないくらいが美しい」

深井:「なるほど」

中村:「あと、このオーディナリーさんの名刺で言うと、これはハーフエアという紙を使ってます。厚いのに、軽い。持って軽いでしょう」

深井:「ハーフエアは、半分、空気という意味ですか? 」

中村:「そう、空気が多く含まれてるの。活版の風合いがよく活きる紙なんですよ」

 

「たとえばこの字。どうやって探すと思う?」

「たとえばこの字。どうやって探すと思いますか?」

 

活版についてのあれこれ
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この板がゲラです

「この板がゲラです」

そこから盛り上がり、活版についてのミニレクチャーをしていただいた。パソコンの基本文字サイズの10.5というのは、活版が元になっている、とか一字一字整理されてる判をどうやって探すか、とか。出版業界用語のゲラ(製本される前段階の100枚ほどの紙の束)は、活字を並べる枠箱が語源だとか。

中でも面白かったのは、インテルの話。活版の場合は、文字のない空白の部分もなにかをはめておく必要がある。行間を調整するのを、インテルと呼ばれる木版を当ててやるのだ。いろんな厚さのインテルを組み合わせて、微妙な調節をする。これはパソコンでちょちょいと動かすのと訳が違う。こりゃ大変。文字も1つ1つ手で選んであてがうのだ。それに加えて空間までインテルで埋め合わせるなんて。何も「ない」ところも「ある」のだ。

活版の職人さんの気持ちがこもるのは、こういう行程を通してなのだろう。シンプルな名刺にも、なにか違うたたずまいを感じる。

 

 

「行間にこのインテルを当て込むの」

「行間にこのインテルを当て込むの」

値段は高いけれど
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中村活字の活版印刷は、値段でいったら、もちろん高い。今回も一枚あたり100円を超える。一枚渡すごとに、缶ジュースをおごってるようなもの。たとえば講演会をして、終わってから講師の前にずらっと名刺交換の列ができる現象があるが、ああいう風には配れない。ここぞ、という時だけになる。もともと深井は名刺交換をそういうスタンスでしてきたので、いままでどおり。

 

お客さんに愛される会社とは
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100周年のパーティーで使われたDVDを嬉しそうに観せてくれた。その映像では、何人ものお客さんが中村さんの活版の魅力やエピソードや感謝の言葉を語っている。テレビ番組さながらに丁寧につくられたそのコメント映像の驚くべきは、制作した人だ。だれがつくったかというと、お客さん。自発的にボランティアでつくってくれた。中村活字のスタッフでもなく、業者に外注したのでもなく、いちお客さんが100周年のプレゼントとして企画した。愛される会社ってこういうことなんだろう。まるで旧友の結婚パーティーに、サプライズ映像をつくってあげるような和気あいあいとした雰囲気。100年の歴史の積み重ねだと思うが、こういう会社は理想だな。

だれかの人生に影響を与える仕事

中村:「私たちは一枚一枚いつもどおり丁寧につくってるだけだけど、この名刺で人生変わったと言ってくれる方たちがいるのね」

決意や勇気を後押しする名刺。ここぞというときに渡せる名刺。独立する人、海外に挑戦する人、いろんな人の人生に関われることに中村さんは仕事のやいがいを感じている。お客さんからよい報告があると、よかったねぇと自分のことのようにまわりにも自慢する。

中村:「こんな報告をしてくれるんですよ、うれしいねぇ」

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「お客さんの活躍が楽しみなんですよ」

夢に向かう人たちを応援する、みんなのお父さんみたいな方だ。

いま、名刺なんてデジタル入稿で、郵送で送られてくるつくり方がほとんど。印刷する職人さんとお客さんが顔を会わせることもない。もちろん、それも便利だけど、お客さんが名刺を増刷するたびに、「調子よさそうだね」「おかげさまで」というコミュニケーションが生まれるのは、いい関係だなと思う。

オーディナリーも中村さんに良い報告ができるよう、勇気を持って進んでいこうという気持ちになった。名刺はお守りみたいなものかもしれない。

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あなたにもどこかでお会いできますように


編集部

編集部

オーディナリー編集部の中の人。わたしたちオーディナリーは「書く人が自由に生きるための道具箱」がコンセプトのエッセイマガジンであり、小さな出版社。個の時代を自分らしくサヴァイブするための日々のヒント、ほんとうのストーリーをお届け。国内外の市井に暮らすクリエイター、専門家、表現者など30名以上の書き手がつづる、それぞれの実体験からつむぎだした発見のことばの数々は、どれもささやかだけど役に立つことばかりです。