面倒な映画帖 05 「幸福の黄色いハンカチ」自分勝手な男の事情、待つ女、待たない女。

面倒な映画帖

 まだくちばしが黄色い少女の時、私が不用意に知ってしまった男というもの、それが高倉健だった。

<連載>
モトカワマリコの面倒な映画帖 とは

映画ならたくさん観ている。多分1万本くらい。いろんなジャンルがあるけど、好きなのは大人の迷子が出てくる映画。主人公は大体どん底で、迷い、途方にくれている。SFXもスペクタクルもなし、魔法使いも宇宙人も海賊もなし。ひょっとしたらこれといったストーリーもなかったり。でも、こういう映画を見終わると、元気が湧いてくる。それは、トモダチと夜通し話した朝のように、クタクタだけど爽快、あの感覚と似ている。面倒だけど愛しい、そういう映画を語るエッセイです。



面倒な映画 05
幸福の黄色いハンカチ
自分勝手な男の事情、待つ女、待たない女。

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山田洋次監督作品 出演:高倉健、倍賞千恵子、武田鉄矢、桃井かおり

 



まだくちばしが黄色い少女の時、私が不用意に知ってしまった男というもの、それが高倉健だった。

祖父母の家は新田裏(現在の新宿区歌舞伎町)にあり、私は子ども時代半ばそこで育った。今は歓楽街だけれど、昔は陸軍大将などの邸宅がある屋敷町で、そんな雰囲気もまだ少し残っていた頃のことだ。スラリと姿のいい祖父はお洒落な人で、母の結婚が早かったせいで「おじいさん」というには、ずいぶん若かった。

祖父は一度死んだはずの人だった。しかし終戦後しばらくして父島から復員した。祖母の実家では戦中に生まれた子を実家でひきとって、別の家に嫁がせる心づもりをしていた矢先だったそうだ。硫黄島玉砕で小笠原諸島の部隊に配属された兵士が生きて戻る望みは少なかったし、祖母はまだ若く、そういう時代だったのだ。お父さんは写真だと思っていた一人娘は、突然生身で現れた父親に怯えて懐かなかった。命からがら還ってきた祖父は、そんな微妙な空気に迎えられたのだ。家の女達は一計を案じ、誰かの羽二重の晴れ着をワンピースに仕立てて娘に着せ、ゴキゲンをとって父娘を銀座デートに出した。

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都電の終点だった新田裏跡、この遊歩道の裏がゴールデン街。

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祖父母の家があったあたり、今は有名な歓楽街の入り口。

 そうはいっても5歳やそこらの子にずっと写真だった「お父さん」と親子らしくしろというのは無茶な話だ。追い打ちをかけるように、気持ちを軽くするはずのピンクのワンピースと新しい革靴が裏目に出る事件が起こる。焼け跡に珍しい晴れ着の少女をGIが見つけ、「ドラボ!」と言うなり、幼い母をいきなり抱き上げ写真を撮ったのだ。その間、若い祖父はぼんやり何もしてくれず、母はGIが地上におろしてくれるまで板のように硬直しているしかなかった。様々に流言もあった、アメリカ兵は怖い、何をするかわからない。女の子は頭を丸刈りにしないと誘拐される。母の恐怖がトラウマになったのも無理はない。そしてきっと祖父には事情があった。父島で何があったのか、アメリカ兵がどういう存在か、子どもにはわからず、祖父も説明しない。父娘の関係はそのまま厳しいものになり、母は自分を見殺しにした父親を認めることができず、娘をおいて他家へ行くかもしれなかった母親にもなんとなく距離を感じて育った。私は、そんなもの哀しい話を寝物語に聞かされ、自分の母親をかわいそうな女の子だと思って育った。

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「ドラボ」多分そのGIはadorableと言ったんだろう。子どもの母は人形のような顔立ちだった。  イラスト: モトカワマリコ

 

そんなことがあったからか、祖父は初孫の私を誰よりも甘やかし溺愛してくれた。どこかへ出かけても、疲れて寝てしまうと、必ずおんぶしてくれる祖父の大きな背中が好きだった。無口な人で癇癪持ちだったようだが、私は怒ったところを見たことがなかったし、どうしても欲しいというと、伊勢丹の店員に失笑されるほど似合わないひらひらしたワンピースも、赤いバックルのついた初めてのヒールも喜んで買ってくれた。「幸福の黄色いハンカチ」は祖父と偶然観た作品で、失恋した男(武田鉄矢)が仕事を辞め、新車を買ってセンチメンタル・ジャーニーに出かける話。日本映画の名作だが、個人的にも忘れがたい、愛についての思い出がつまった一本なのである。

改めて見ると70年代の風俗の細かい記録になっていて面白い。赤いFRのファミリア、GSやボクシングジム、テンガロンハット、レイバンのサングラス、オーバーオール、男の長髪、アメリカンカルチャー、ヒップでふわふわした若い男女。監督は「男はつらいよ」の山田洋次、北海道ロケで地平線を背にピカピカの新車で旅するヒッピーっぽい、いかにも時代の映画。そういう松竹の看板映画に初めてヤクザ俳優高倉健をキャスティングするにあたり、監督の山田洋次は冴えた設定を持ってきたものだと思う。デビュー以来ずっと高倉健は任侠物でヒットを飛ばしつづけてきて、「死んで貰います」とか言って棒を振り回す子どもや、映画館から肩で風切って出てくる唐獅子牡丹おじさんを量産していた。もはや伝説だが、本人は不本意だったらしい。脱ヤクザ映画を志て東映を辞め、さあどうする?という時にこの映画に出演したのだ。

かといって健さんをサラリーマンとか、八百屋さんに仕立てるわけにもいかない。そこで、刑務所から出所した妻への未練を捨てきれない不器用な男、というひらめきをもって落ち着いた。しかも舞台は健さん馴染みの網走。男の中の男にも家庭の事情があり、人に言えない心中がある。任侠映画ではNGの心情吐露も山田洋次の人情喜劇であれば、カミングアウトしてなんぼなのだ。妻への想いを旅の道連れに語りながら、「オレは人殺しだぜ。どうしてこんな性分に生まれついちゃったんだろうな。」こんなセリフに哀しい凄みを含められる俳優は、高倉健しかいない。果たして東映の高倉健の硬派なヤクザ的要素は、松竹で不器用な男として再読み込みされたのだ。

フェリーを降りた新車は北海道を北上する、失恋男は女性(桃井かおり)をナンパし、さらに網走で高倉健演じる中年男を車に乗せて走ることになる。若いふたりはともかく、眉毛の濃いこのおじさんには事情がいろいろあるらしい。やがておじさんの回想シーン。若いころ旭川の炭鉱で出会ったスーパの店員だった光枝さん(倍賞千恵子)を見初めたのだ。ちゃんと恋をしたことがなかったのかもしれない。町のレストランでハイカラな洋食を食べて、映画なんか見て、電車で炭鉱の町に戻ってくる。そんなんでもようやくこぎつけたデートだった。そして帰り道、雪の中で転んだ光枝さんに突然ガバっとキスをする。

180センチの長身がかぶさって小柄で可憐な倍賞千恵子の姿が消え、おじさんの顔が女の顔を覆う。最初のデートで、女が転んだチャンスにガバっと奪うなんて、女心がまったくわかっていない、男の恋愛ベタがもろに出ている生々しさ。12歳の私は嫌悪に震えた。マンガやテレビでキスが何かはわかっていたけれど、それは少女の観念的な「キス」をはるかに越え、初めて見た大人の性行為だったのだ。3秒前まで和やかに話していた男が、突然相手の顔を吸う・・・「あれ」を我慢しないと大人の女にはなれない・・・優しいことを言っても、おいしいものをごちそうくれても、男の人は「あれ」をしたくてそうしている。何か獣みたいなものがとりついて、衝動的に正気とは思えないことになる。そんなことをしておいて、何の言い訳も説明もしない、勝手に振られたと思い込んで酒呑んで寝てしまう。男なんて、勝手で説明不足で不潔なだけ。夢々しいはずの恋が、生々しく醜い現実になってしまった。子どもの目には、不器用で運命に翻弄される中年男と若い祖父が重なって見えたのかもしれない。実際、ふたりは親子ほどは年齢も違わない、戦前戦中戦後の同じ空気を吸って生きていた男たちだった。

もちろん祖父は高倉健の演じた男とは程遠い、生死がわからないのに還りを待たれるほど愛されてはいなかった。多くの結婚がロマンスではなかった時代だ。刑務所と戦地を一緒にしてはいけないけれど、この映画が公開された70年代はまだ人々の記憶の中に、夫の還りを待つ女のイメージがリアルにあったにちがいなく、芯の強い愛情深い女性は男のロマンだった。山田洋次監督にとっては倍賞千恵子がロマンだったのかもしれない。葛飾柴又でも放浪の兄を待ちつづけていた。かわらぬ愛をもって男を待つ健気な女。もう一方のヒロイン桃井かおりはもはや待つ女ではない。今の女たちは待てるだろうか、そもそも待つに値する愛情関係など、まだ存在しうるのだろうか。

おかげさまで、粗野な男にキスされたり、極道な男に振り回されることもなく、無事おばさんになった私は、この映画を見返すことがあると、祖父母一家の物語と、少女の甘酸っぱい妄想を思いおこし、手足をバタバタしてしまうのである。


モトカワマリコ

モトカワマリコ

フリーランスライター・エディター 産業広告のコピーライターを経て、月刊誌で映画評、インタビュー記事を担当。活動をウェブに移し、子育て&キッズサイトの企画運営に10年近く携わる。趣味は料理と映画と声楽。二児の母。