【第215話】シチュー用の肉はステーキにできるか? / 深井次郎エッセイ

思いついちゃったら、やってみよう

思いついちゃったら、やってみよう

 

 

新しいは、ちょっとした失敗から生まれる
今日は、そういうお話

 

 

昨日、はじめてビーフシチューをつくることになってしまいました。シチューというジャンルは、「難しそう、時間がかかりそう、お洒落すぎる」というイメージがあって、自らつくろうと思うことはありませんでした。けれど、昨夜はしかたなく、つくるはめになってしまったのです。

「今日の夕食は何にしようか」

ひとり、スーパーをふらついていると、迫力のある分厚いお肉に目が止まりました。「本日の目玉」ということで、ずっしりと重い1キロの牛肉が、1200円。見た目が立派で、厚みがあり、赤々としています。

「ステーキにしたら、おいしそうだな」

ジュージューとこの大物を焼いてる絵を浮かんでしまい、これだ! と手に取りました。がしかし、表示を見ると「シチュー用」。 でも頭の中にはステーキしかありません。見た目はステーキ肉と変わらないじゃないか。ステーキでもいけるはずだろうと。 「シチュー用に」と書いてあるけど、それは「シチューじゃないといけない」という意味ではなく、「他の料理でもいいけど、あえておすすめすればシチューだよ」というくらいのアドバイスなのかなと思っていました。 ステーキが食べたかったら、素直にステーキ肉を買えばいいのですが、「分厚さの迫力とお得感」を踏まえて考えると、この肉にほれてしまったわけです。

(シチュー用と書いてあるけど、ステーキにできるだろうか? )

一瞬不安はよぎったものの、「ここは勝負!」と攻めモードになりました。 この分厚い立派な肉をステーキとして食べてやる。わしっとつかみ、レジへ。カゴも持たずに、肉だけです。

(やりたいことをやらずに何が人生だ? )

そう若いレジ打ちの青年に目で伝えると「Tカードはお持ちですか?」と問うので、「いえ」。ポイントカードの類いは持たない主義です。ああ、早く焼きたい。頭の中は分厚いステーキのことばかり。「レジ袋はご利用ですか?」にも「いえ」と答えてしまった。 

しかたなく肉のパックを両手で平行に持ちながら家路に着く。すれ違う人々は、チラ見していく。

(彼は今日ステーキなんだ!)
(そうだ、やりたいことをやらずに何が人生だ? )

そういう心のやりとりをしながら、着いた玄関のドアを開けそのまままっすぐフライパンを手にガスの火をつけた。肉が分厚いので、時間を長めに焼き、いよいよステーキをほおばる。

「!!」

うまい!という準備しかしてなかったが、あ、あれ? これなんか違う…。見た目はいいけど、筋(すじ)がすごい。噛んでも噛んでも、噛み切れない。

「なにこれ…」

これは食べられないぞ…。目の前の1キロの肉を前にして、しばし脱力感にひたります。シチュー用と書いてある肉はステーキとしては厳しい。この時初めて学んだのです。とはいえ、賞味期限も明日にせまっているし、食べてしまわないといけません。ステーキは諦める、となると忠告通りにしかたなくシチューに挑戦するしかない。

シチューなんて、ぼくは普通に生きてたら手を出すことのなかった料理です。クックパッドでレシピを調べてトライしてみました。デミグラスソースのビーフシチュー。 これがうまい。あれだけスジスジで噛み切れなかったお肉が、ホロホロのトロトロです。しかも、けっこう簡単。焼くだけのステーキよりはもちろん手間は少しかかりましたが、煮込むだけ。カレーと一緒で簡単じゃないか!

ステーキという目論みは外れたけど、シチューという新しい技が増えた瞬間です。シチューというジャンルに対する苦手意識がなくなりました。

ステーキを食べられなかったという結果を見ると、これは「失敗」とカウントされるでしょう。けれど、ぼくの中では、これはこれでよかった。 技がひとつ増えたし、表示のアドバイスには従ったほうがいい、というのも教訓になりました。どちらにしろ、仮説を持って実験してみることから始まる。 

「シチュー用と書いてあるけど、ステーキでもいけるはず」

おバカな思い込みかもしれないけど、リスクをとって(取り返しのつかないリスクじゃないしね)、ワクワクする選択をしたわけです。これが、いつものように普通にステーキ肉を買って、ステーキにしても、ただ「うまい」だけで終わりだった。予想通り。今まで通りの人生です。

ワクワクすることがひらめいてしまったら、攻めなければならない。失敗することもある(というか8割がた失敗する)けど、新しい発見が必ずある。これは今までを思い返すと、そうだった。

今回でいえば、シチューが作れるようになったからと言って、別に人生変わらないけど、こういう積み重ねが、大事で、これがぼくの「学びと成長のスタイル」なんだろうなと再確認しました。

思い込む、ワクワクする、やってみる、8割がた失敗する、でも予想外の何かをつかむ。

このところのぼくは、そういうぼくらしいアプローチをしていなかったなと思いました。ステーキ用の肉を買って、確実においしいステーキを焼こうと、そういうアプローチだけになってなかったかなと。「ビーフシチューがつくれるようになった!」なんてここで書くまでもないどうでもいい話なんですが、ぼくにとっては大事なことを思い出した一夜でした。こういう失敗はいい失敗。ひらめいたら、攻めよう。
 

 

(約2144字)
Photo:Lucho la kombi

 

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。