【第047話】自由の掟をほどく暮らし

やめられない
止まらない
は自由を侵す

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「酒も飲まないし、たばこも吸わないんです」
そう言うと、「意外だね」と言われます。単純においしくないから、とか、体質的に弱いから、とか理由は色々あります。でも、一番大きな理由は、「依存性のあるものは遠ざけたいから」ということです。ぼくは自分が人の何倍も意志が弱くて、根性がないのも自覚しています。もしハマったら、やめようにもやめられなくなるのは目に見えている。

入社時から「3年で独立します」と公言してのサラリーマン生活。いざ独立するとき、いろんな人から「初志貫徹とは、意志が強いね」と言われました。いや、逆なんです。意志が弱いからこそ、公言してたタイミングでやめておかなければズルズルと定年までいるのは目に見えていた。それが怖かったから、居心地が良すぎたからこそ、えいやっとやめたんです。

自由であること。快楽よりも自由をとるのが、ぼくの価値観です。自由を奪うものの代表は、依存性があるものです。酒、たばこ、おんな、ギャンブル、というのは、男らしさの象徴みたいに昭和の時代は言われてましたが、どれも強烈な依存性がある。だからやらないんです。やめたいのに、やめられない人をたくさん見てきて、辛そうだな怖いなと思います。
ぼくには、普通の人よりも「ハマる性質」があるのがわかってる。だから、こわいのです。

近年、酒もたばこもやらない若者が増えてきたというのは、いい傾向でしかないと思うのです。世間の空気に流されることなく、正直になったんだと思います。自分の舌に正直になった。ぼく個人の体験を言えば、酒を飲んで「プハァー、うめー!やっぱこれだよな」と一度も感じたことがありません。特にビールは、「苦い」の一言です。同じ苦いでも、ピーマンみたいに栄養があれば食べますが、体に良くもないのであれば、わざわざ取り入れる意味が分からない。酔うことで、打ち解けて腹をわって話せるというメリットもありますが、ぼくには必要ない。普段から「酔っぱらってるの?」と聞かれるほど、素で酩酊しているので、アルコールは必要ないんですね。

薬も飲まないし、医者にも行かない。ゲームもこわい。ゲームを取り上げられるとキレる子どもをみて、怖いと思う。ゲームにハマりすぎて、食事も睡眠もとらずにぶっとおし続けて、ついに死んだ人もいる。すごい力ですよね。そこまで依存させられる。

そして、猫もこわいです。可愛すぎる。飼いたいけど、もし飼ってしまったら、きっと離れられなくなる。おそらく写真と動画を撮って猫ブログを始める。我が家に来た子猫の時から毎日付ける。仕事なんて手につかない。ずっと猫と遊んでると思います。この子の名前は何にしようかな。ムニエルとかかな。ムッちゃんは、ぼくがパソコンにむかって猫ブログを執筆していると、キーボードの上に乗ってきて、「遊びなさいよ」という目で見てきます。ちょっと待ってよ、いまぼくは君の写真をブログにアップしてるんだから。超可愛い動画も公開してるんだよ。ムッちゃんの、眠気をこらえて船をこいでいる動画が注目されて、この猫ブログも、そしてYOUTUBEチャンネルも人気になった。気づいたら広告収入だけで生活できるようになってたんだよ。ムッちゃんのおかげだね。きみにハマったせいで仕事は手につかなくなったけど、思わぬところから広告収入で食えるようになっちゃったよ。これからも毎日、ずっとムッちゃんと遊んで暮らせるんだ。じゃあ、今日はもうおやすみ、また明日も遊ぼうね。

チュンチュン。おはよー、ムッちゃん朝だよ。お外に散歩に行こうか。今日はたんぽぽといっしょに可愛い写真を撮らせてよ。ん、あ、あれ? ムッちゃん! おい、しっかりしろ! 救急車! 「先生、ムッちゃん、いや、うちの子は助かりますか!」「残念ですが、年齢が年齢なので、難しいでしょうね、今夜が峠でしょう…」なんということだ。別れは突然やってくる。子猫だったムッちゃんも、もう老猫だったんだ。あまりに変わらぬ可愛さだったから、気づかなかったけど。ムッちゃんは息をひきとった。悲しみ暮れる日々。毎日つけていた猫ブログ『ムッちゃんの冒険』もあれから更新できずにいる。コメント欄には、「もしかして、亡くなってしまったのですか」「そんなの嫌だ」ムッちゃんを心配する声が溢れている。ありがたいことだ、こんなにもたくさんの人に愛されて。「悲しみ暮れているであろう飼い主さんが心配です。天に召されたムッちゃんの代わりに、他の猫ちゃんを飼ったらどうですか?」いや、いまはそんな気になれない。何も考える気が起きないんだ。もちろんブログも更新できない。あれ? アクセスがガクンと落ちている。広告収入も、いまや5分の1にまで減った。ぼくはといえば廃人同様のうえ、収入もない。さあ、これからどうするか…。というように、猫には依存性がありますね。非常に危険です。可愛いすぎるものは、危険です。気を張って、遠ざけるのが安全です。

ギャンブルも、やったことないです。宝くじさえ買わない。自分がやってる会社経営や独立して生きる生き方自体がギャンブルみたいなものなので、これ以上なぜ好き好んでギャンブルをしないといけないの。ゲームだってやる気がしない。会社経営のほうがどんな戦闘ゲームよりもぼくにとってはこわいから。ハラハラドキドキとか、もうこれ以上いらない、お腹いっぱいだよ。もしこけたら、多くの人に迷惑がかかる。それ想像したら、ヒヤヒヤです。

実は、今日は「依存のこわさ」について書こうと思ってたのですが、さっき、ムッちゃんの話を書いてたら、そういう生き方も悪くないかなと思えてきてしまいました。依存して身をもち崩す生き方もいいじゃないかと。自由に、と言いながら、ハマりそうなものを自分から遠ざけて、自制心を保とうとする。そんな男、面白いですかね。作家としてはムッちゃんにハマってボロボロになったほうが面白いんじゃないか。これを書きながら、ぼくも少し柔軟になってきました。自由にこだわりすぎて、自分を守り過ぎていた節があるかもしれません。ムッちゃんのおかげで、それに気づくことができました。ありがとうね。

(約2478字)

Photo: Scott Beale


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。