【第229話】時間をゆがませるはしご / 深井次郎エッセイ

 


時間は伸び縮みするというが
数日ともに旅をしたような記憶となった

 

「こんな面白い雰囲気のところがあったんだー」

先日、西荻窪で打合せをしていたのですが、IHAV.などユニークなWEBサービスを手がけるスギヤマさんにおいしいお店を案内してもらいました。

西荻窪で降りたのはきっと今まで1、2回しかなく、ぼくにとっては全然知らない街です。改札出てすぐの場所に、小さなお店が軒を連ねるまるで映画のセットのような飲屋街があって、そのエリアをウロウロしました。日本といえば日本なんだけど、昔っぽいのか逆に未来っぽいのか、はたまたアジアのどこかみたいな空気感に、オーディナリー編集部みんなで興奮。

西荻窪は、荻窪と吉祥寺という人気の街に挟まれています。それゆえ「独自の個性を放たないと人が来ない」とのことで、街全体で個性を出そうとしているのだとか。値段も味も追求している、屋台のような小さなお店がたくさんあります。

最初に行ったのは、お寿司屋さん。でも、「立ち食い」のお寿司なのです。握っている目の前のカウンターに立って、みんなつまんでいる。ぼくらは、店先で屋台のように立ち食いです。一杯飲んでちょっと寿司をつまんで、混んできたら、さっと席をあけて次のお店へ。

「はしごするのがいいんですよ」とスギヤマさん。
「いろんな味を楽しめるし、小さなお店を少しずつ支える感じがいいでしょう?」

ぼくもなるべく大きなチェーン店よりも、経営者の顔の見える小さなお店が好きだし、どうせならそこにお金を落としたいと思っています。

「ごちそうさま」
「ありがとうございました。また来てくださいね!」

このやりとりの強度が、大きなチェーン店には感じられないことが多いのです。でも、そういえば、はしごするってほとんどなかったなぁ。

次は台湾屋台料理。ここでは豚足と豚の鼻をつまみました。スギヤマさんおすすめの一品をいくつかいただきます。確認。うむ、うまい! 豚の鼻は初めて食べたけど、柔らかいのか。

3軒目の焼鳥屋さんは、超人気でいつも混んでいて、はしご中何度もアタックしたけど満席が続いていました。でも、その店は空くと電話をくれるのです。紆余曲折あり、なんとか席に着くことができました。普通の3倍くらいある焼鳥。1本でおかながいっぱいになってしまうくらいです。それで160円なので、安くてうまい。

一軒の飲み屋で3千円使うなら、千円ずつ3軒まわるのもいいものです。それぞれの看板メニューを食べられるし、贅沢です。いい匂いのしてくるカレー屋さんは、はしご用メニューとして「3分の2サイズ」があるそうで、この街には、「はしごカルチャー」が根づいています。

はしごというと、飲んべえがするイメージがあり、お酒が弱いぼくには関係ない世界と思っていました。 もちろん、大きな100人クラスの打ち上げ会で、1次会、2次会、3次会と続くパターンはありますが、だいたい会をへるごとに人数は減っていきます。 今回のはしごは人数が減りません。同じメンバーで数件いく。ぼくにはなかった「ちょっとひと皿」を何件も楽しむ食べ歩きパターン。新しい感覚を手に入れた気がしました。

フルタイムで1つの企業で働き、生涯ひとつの職業や企業に骨をうずめるとか、そういう人がいてもいいし、ちょっとずつはしごする人がいてもいい。 同じ部屋にいても、座るイスを変えるだけで気分も変わったりするもので、人は環境から大きな影響を受けます。どんなに好きなことでもそればかりでは風通しが悪くなります。壁に当たった時に、ほかの仕事もしていれば、視点が変わり、そこからヒントが見つかったりするものです。 3ヶ月だけとか、週に4時間だけとか、企業に勤めるにしても、もっと「はしご用メニュー」があると楽しく働ける人が増えるでしょう。

「はしごの場合、流れも重要。先にさっぱりした寿司で、次に肉の順番です」

スギヤマさんは、流れの組み合わせでも、楽しさは変わってくると言います。 同じように働き方も、デスクワークだけでは体がなまります。午前中は頭が冴えてるので頭脳労働、執筆などをすませ、肩がこってきた午後には肉体労働も適度に混ざったらいいのにと思います。体を動かして汗をかいて、シャワーを浴びてみんなでごはんを食べにいく。

健康のためにわざわざランニングや筋トレをする時間。これが仕事になったらいいのにといつも思います。ジムにお金払って、あのランニングマシンで走ってる時間と労力って、もっと有効に使えないものですかね。電力つくったりしないともったいないでしょう。一日一時間だけ、肉体労働したいんですけど、そういう柔軟なワークスタイルは可能になりませんか。

はしごというキーワードは、もっと意識する必要があるなと西荻窪で思ったわけです。 はしごすることで、一日が長くなります。一日に一軒しか行かない。これがぼくにとっては普通だったので、数件いくと時間がゆがむ。伸び縮みするんです。たった3,4時間が数日間ともに旅をしたような記憶になりました。 

(約2064字)

Photo:blucolt

 

 

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。