TOOLS 37 現代美術私観 – J・ケージならどうする? – / 手柴有喜(日曜作家 / 日曜美術家 )

現代美術私観 J・ケージならどうする?

ケージは演奏家が演奏しないかぎりこの音楽は始まらないと言ったんだ。でもこれを見てくれよ。作詞・作曲、そして生演奏なんてテロップが入って無音の音楽を紹介しているんだ。カラオケを文字通り実践しているんだよ。この通り空のオーケストレーションだろう

TOOLS 37
現代美術私観
J・ケージならどうする? – 

手柴 有喜  ( 日曜作家  /  日曜美術家 )

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自由に生きるために
あるがままを受け入れよ作品にしよう

 
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手柴有喜(日曜作家/日曜美術家)

text & illustrations 手柴有喜

 

平日は会社員として生計をたてながら、週末は日曜美術家として活動している手柴有喜です。ちょっと自己紹介を兼ねて前置きすると、中学高校時代には、これといって夢中になれるものがなく、友だちもいませんでした。大学生活もぱっとしないまま過ごしていました。気づけばモラトリアム期間も5年目の延長戦に突入します。そんなときに出会ったのが現代美術です。毎日は少しずつ変わっていきました。どうして現代美術に惹き込まれていったのか、そのきっかけとして大きかったのは、大学の友人M原の存在です。M原は美術を、ときにまじめにときにぶしつけに教えてくれました。現代美術の面白さを知った、ある日の出来事についてお話しします。

 

ジョン・ケージ(1912~1992) 『4分33秒(4′33″)』(1952) 音楽の常識を覆す無音のピアノ曲の通称で仏教思想に接近したケージ作曲の現代音楽。無音を聞くというよりは演奏会場のあらゆる雑音を聴く音楽とされる。3つの楽章からなり、楽章の所要時間は自由。題名は、ピアニストの初演の演奏時間から。

ジョン・ケージ(1912~1992)
『4分33秒(4′33″)』(1952)
音楽の常識を覆す無音のピアノ曲の通称で仏教思想に接近したケージ作曲の現代音楽。無音を聞くというよりは演奏会場のあらゆる雑音を聴く音楽とされる。3つの楽章からなり、楽章の所要時間は自由。題名は、ピアニストの初演の演奏時間から。

 

 J・ケージならどうする? 
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デッサンの授業でのことだった。M原はえんぴつをカンバス前に差し出したままイーゼル越しの裸婦像モデルに目もやらず独自の世界に入っていた。つばを飲み込む音さえも気まずい静寂の中で、M原は目を閉じたまま、描く素振りも見せずに3コマ(=270分)の授業を使い果たしたのだ。その姿には裸婦像モデルも目をみはっていた。

なぜそんなことをするのか? 授業後にベランダでたばこを吸うM原に聞くと、彼はもったいぶって交換条件の取り引きをしてきた。

「アイスをおごってくれたら教えてあげるよ」

あつかましい人だと思った。初対面の態度ではない。だが、知的好奇心が見事に打ち勝ち、気づけば首を縦に振っていたのも事実だった。食堂の階下にある生協へ行って、ハーゲンダッツを取り出そうとすると、M原はその手を止めた。そして「既成概念にとらわれ過ぎなんだよ」と笑った。

「ハーゲンダッツだけがなにもアイスとは限らない。エッセルスーパーカップもある。バニラじゃないんだ。だって超バニラだぜ」

(その前にエッセルってなんだ)と思ったが面食らっていたこともあって聞けなかった。人見知りも災いして初対面のM原とうまく会話ができなかったのだ。ふたたび教室のベランダに戻って来ると、M原は描かなかった理由をあっさり教えてくれた。

「ジョン・ケージならどうする?(※1) って考えていたんだよ」

ベランダからは中庭に建つフォー連の掘っ建て小屋が見える。誰かが古いフォークソングをつま弾くアルペジオが響いていた。

「ケージは東洋思想(※2)に傾倒していくんだよ。『4分33秒』は、ケージなりの解釈なんだ」

M原はたばこの灰を落とすとさらに話を続けた。その多弁は授業での沈黙の態度が嘘のようだった。

「ケージがプリペアド・ピアノ(※3)でピアノ線に異物を挟んで演奏したのは発明だった。その歪んだ音はだれも聴いたことのない音。驚いたね。ケージは音楽の発明家でちょい足しの天才でもあったんだ」

さっき買ったアイスが汗を流すようにコンクリートを濡らしていた。温度差。アイスに思わず自己投影した。周知のように語られるケージを知らないと言えず、物知り顔に汗をかいていたからだ。

M原は結局、アイスを口にすることはなかった。
後日、M原が提出した絵画は芸術学科生のあいだで話題だった。教室に並ぶ課題の中でM原のは甘い香りと共に異彩を放っていた。M原はケージと同じアプローチで絵画を描いたのだ。作品のキャプションには「for Jhon. ( Supercup,Supervanilla. )」とあった。

数年後、M原とカラオケに行ったことがあった。M原は、十八番ができたと嬉々としてカラオケ店に入ると、まっさきに見せてくれた。ドリンクを運んできた店員さんを気に止める様子もなくマイクを持った。今にも歌うポーズをとった。画面に映ったタイトルは『4分33秒』だった。が、しかしどうした、いつまでたっても音が鳴らない。故障かと思ったがそうではない。M原は興奮気味に無音音楽のカラオケ化について語った。

「ケージは演奏家が演奏しないかぎりこの音楽は始まらないと言ったんだ。でもこれを見てくれよ。作詞・作曲、そして生演奏なんてテロップが入って無音の音楽を紹介しているんだ。カラオケを文字通り実践しているんだよ。だってこの通り空のオーケストレーションだろう」

なるほど。と思ったが、出し抜けな質問をぶつけていた。あーあ。M原はマイクを持ったままフリーズしていた。

ケージと親交のあったロバート・ラウシェンバーグは「白い絵」のシリーズを描いていた。その絵からケージは『4分33秒』の着想を得たという記事をあの日以降どこかで読んだ。M原はバニラの甘い香りのする空白のカンバスを「白い絵」のシリーズを知って描いたのかどうか? その真相を何よりも知りたかったのだ。

M原は興ざめしていた。マイクをおもむろにテーブルに置いて答えた。その姿は引退するアイドルのようだった。M原はつぶらな瞳をあめ玉のように剝いて言った。

「もちろん偶然性だよ(※4)

 

J・ケージならこうする
1.  既成概念にとらわれない
2.  沈黙も白紙も作品にしてしまう 
3.  偶然を受け入れる

 

「カラオケの必要があるのか?」  カラオケ版『4分33秒』の画面  ※『4分33秒』は、無音である。このカラオケが秀逸なのは、ジョン・ケージの実験精神がカラオケにも耐えうる強度があったことなのかも知れない。生演奏というテロップのジョークが見事に利いている。

「カラオケの必要があるのか?」
カラオケ版『4分33秒』の画面
※『4分33秒』は、無音である。このカラオケが秀逸なのは、ジョン・ケージの実験精神がカラオケにも耐えうる強度があったことなのかも知れない。生演奏というテロップのジョークが見事に利いている。

 

【注釈】

※1
J・ケージならどうする?
映画監督ビリー・ワイルダーの部屋には「ルビッチならどうする?」という格言が飾ってあった。ルビッチとは、映画監督のエルンスト・ルビッチのこと。M原の言葉はここに由来するのかもしれない。

※2
東洋思想
NYを拠点に禅文化を海外に広めた鈴木大拙。大学にて大拙の授業から東洋思想を学んだケージは「あるがままを受け入れる」思想の根本にヒントを得て、4分33秒の構想を得たといわれている。

※3
プリペアド・ピアノ
ケージの発明した独特な演奏法。ピアノ線にゴムや木片などを挟むことで音色を打楽器的なものに変えた。

※4
もちろん偶然性だよ
『4分33秒』は「偶然性の音楽」がテーマ。偶然、相似したということをM原なりのユーモアであらわしている。

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【参考映像】


ケージ作詞作曲『4分33秒』 の演奏風景


手柴有喜

手柴有喜

(てしば ゆうき) 日曜作家 / 日曜美術家 1981年、東京生まれ。幼少期にノストラダムスの大予言を妄信して90年代は諦念を抱きながら過ごす。多感な思春期を棒にふるう。大学時代に現代美術と出会い、美術の自由度の高さや着眼点の多様性を学ぶ。2007年、かつて不遇の10代を過ごした学友たちと思春期を取り戻すための美術運動『teeen project』を発足。「美術」という免罪符を盾に中学生を対象にした高校説明会に中学生として出席し、失われた思春期の補完に成功する。以降、ゲリラ的に体操着姿で組み体操のパフォーマンスを決行したほか、学校の敷地内に秘密基地を建て河川敷で拾って来たポルノグラフを隠すなどして幼児退行的生活にうつつを抜かす。現在は社会人としてWeb業界で働きながら、ときどき美術活動する生活を送っている。