TOOLS 86 リセットするための切り絵遊び / よしだ りえ ( 切り絵愛好家 )

前の会社を辞めたときから、自分の中がからっぽな気がしていました。職業訓練を経てもそのからっぽは消えなかったのに、切り絵をやっているときは、刃物で細かい作業に集中するということもあり、からっぽなことを忘れていました。
リセットするための切り絵遊び
よしだ りえ ( 切り絵愛好家 )

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自由に生きるために
紙を切って遊んでみよう


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 切り絵はストレス解消になる 

 

数年前から折り紙など紙工作が流行り始め、今、本屋さんではたくさんの切り絵の本が売られています。

最近の切り絵の本はデザインも豊富で、初心者向けの折り紙に切り込みを入れて開いてつくるものや、切り絵のふせん、飛び出すカード、天井からぶらさげるモビールのようなものまで、おしゃれなものがたくさんあります。

私も2年ほど前から切り絵をときどき作ったりするのですが、2年たってもまだ初心者レベルで上達しません。なぜなら、「切り絵をやるのはストレス解消のため」という、とてもおしゃれとは言えない理由だからです。しかも、思い立った時にしかやらないため、特にうまくもなりません。

こんな私ですが、それでもなぜか切り絵をずっとやっていきたいな、と思ってます。

ふせん切り絵。ふせんで作ることで、簡単に立たせることができる

ふせん切り絵。ふせんで作ることで、簡単に立たせることができる

 

 30代、ノープランで会社を辞める

私がなぜ切り絵をはじめたのか、これから少しお話ししてみたいと思います。

もともと私は、正社員として8年ほどマスコミ関係の会社で仕事をしていました。正社員で働く前は、フリーターだったのですが、2年や早くて数か月でアルバイトを転々としていました。正社員が長く続いたのは、「たぶんボーナスがあるから」というわりと現金な理由と、「とはいえ仕事に面白みを感じていたこと」が理由だと思います。

でも、そもそも、転々ぐせというか、一つの場所に長くいられない性質があるのに、かなり長く仕事を続けていた私は、年数を重ねるうちに仕事に行き詰まりを覚え、ある時何の転職プランもなしに、8年続けた会社を辞めました。その時はすでに30代前半。この歳でノープランで転職するなんて、普通ありえないと思うのですが、辞めてしまいました。

そんな状態で仕事を辞めたのですが、ふと私には自信の持てる何かがないことに気づきました。それまで思いつきや、何か不都合なことがあって仕事を辞めることが多く、キャリアプランも何も考えていなかったのです。わりとアナログな会社で働いていたため、パソコンのスキルもさほどありませんでした。30過ぎにして、私の中身はからっぽな気がしました。

焦った私は、仕事を辞めたあと、ひとまずパソコンスキルを身につけるために職業訓練に行くことになり、そこでようやくWord、Excel、PowerPointを一通り学びました。学んだものの、まだ何かが足りない気がしていたけれど、でも何かが足りないまま転職活動を始めました。

転職活動は、かなり難航しました。パソコンのスキルを身につけたので、事務職に応募しようと、いくつかの会社を受けましたが、事務職はわりと倍率も高く、書類でたくさん落ちました。また、実際に面接にたどり着いてもうまくいかなかったり。

今思えば、職業訓練が終わっても何かが足りなかったのは、きっと自信や、転職のための前向きなエネルギーが足りなかったのだと思います。でも、職業訓練を修了した時点で、前の仕事を辞めて半年がたっていたので、「すぐ決めたい!」と、とても焦った気持ちだったのもあり、その時の私はそのまま突っ走るのが精いっぱいでした。

受けても受けても「ここだ」と思える職場が見つからず。職業訓練が終わって3ヶ月以内には就職したい、という強い気持ちで転職活動していたものの、結局それは叶いませんでした。

 

無職の味方、図書館にヒントをもらう

 

私はただただ落ち込みました。しばらく前向きになれそうになくて、体も気持ちも重たい感じで日々を過ごしていました。

そんな中、気分転換に図書館に行きました。図書館は無料で本が借りられる、本好きでしかもお金のない私には夢のような場所なので、無職の期間もたくさん通っていました。

行きつけの図書館には「ヤングアダルト向け」という棚があり、働くことに関する本が多く、よく見ていたのですが、その時はそういう本を読む気にならず、棚の端っこに少しだけ置いてある手芸の本を見ました。その中から、切り絵でユニークな形のふせんを作る本を取りました。この本は見た目がおしゃれで目を引くので、以前にも借りてみたことがありましたが、その時は

「こんな細かいの、めんどくさくてできるわけがない!」

と思って、ただ借りてみただけで終わりました。

ところが、そのときはたと

「今の私ならば明らかに時間が有り余っている。どんなに大変だろうが、時間をかければ作ることができるのでは」

と思いました。本を借りて、やってみることにしました。

 

江戸時代から伝わる切り絵「紋切り型」のひとつ。梅の花を鶴の羽根に見立てた紋様

江戸時代から伝わる切り絵「紋切り型」のひとつ。梅の花を鶴の羽根に見立てた紋様

 

 

つくると、からっぽが薄れる

 

もともと家族が服飾の仕事をしていた関係で、デザイン用カッターとカッティングマットが家にあることは把握していました。なので、実は道具は買わなくても家にあり、だからこそ切り絵を始めてみようと思ったのかもしれません。ほかに切り絵ふせんを作るのに足りなかったものは、よく伝言に使うような真四角の付箋用紙なのですが、まずは手頃な材料で試そうと、100円ショップで売っている画用紙で切ってみようと思いました。

初めて作ってみると、意外と力が必要だし、縮こまった姿勢で作ることになるため、とても肩がこる作業だな、と思いました。あまり作り慣れていないため、細かい部分に関しては、一瞬「ええい!」と投げ出したくなる気持ちにかられます。でも、昔からわりと細かい作業が好きだったということもあり、なんとか辛抱して丁寧に切って、完成。

出来上がったものは切れ目が少しガタガタしていましたが、初心者にしては上出来だと思いました。何より、モノが形になった喜びを味わえて、ここしばらく何も形にした覚えがなかったので、とても充実感がありました。一度つくると調子づくもので、それからは水を得た魚のように2つも3つも作ってみたり、ほかの切り絵の本を図書館でまた借りたり古本で買って、飛び出すカードや小さなオブジェなど、もっと複雑な切り絵を作ってみたりしました。

思えば、前の会社を辞めたときから、自分の中がからっぽな気がしていました。職業訓練を経ても、そのからっぽは消えなかったのに、切り絵をやっているときは、刃物を使って細かい作業をするということもあり、とても集中しなくてはならず、からっぽなことを忘れていました。もしかすると、刃物を使うことが、「何かを断ち切る」ということに繋がったのかもしれません。

何度も切り絵をつくるうちに、いつしか切り絵の存在が、私のからっぽ感を薄れさせていることに気づきました。

そして、切り絵をはじめてからほどなくして、とある企業と縁があり、派遣社員として仕事をすることになりました。仕事から疲れて帰ったあとにも切り絵をやってみると、いい気分転換になり、ストレス解消になることにも気づきました。

その時ぐらいから、「今後も切り絵を趣味としていこうかな」という気持ちが芽ばえはじめたのかもしれません。気がついたら、私の中でわりと大事なものになっていました。

 

うまくならなくてもいい。自分のペースで、ほそぼそと

 

とはいえ、もともと私は熱しやすく冷めやすい人間です。情熱はそんなに長く持たず、冷めてしまうときも多々あるし、何か月もやらないことも。

それでも、私の心のからっぽをほんの少し満たしてくれた切り絵には、とても感謝しているし、ときどき作ってみると、やっぱりとても楽しい気持ちになる。きっとこの気持ちはこの先も変わらないのではないかと思いました。

そういうわけで、今でも細々と切り絵をやっています。仕事で煮詰まってしまったときなど、ばれない程度に、こっそり切り絵のふせんを会社に持って行っては飾ったりしています。目に入るたびに、よい気分転換になって、単調な仕事も頑張れそうな気持ちになるのです。

これからも、私なりのペースで切り絵を楽しんでいきたいと思っています。

 

 

切り絵でリセットするために
1. 人生には落ち込むこともうまくいかないこともある
2. 切り絵の本を参考に、簡単なものから切ってみると、気分がスッキリして、次の展開が生まれる
3. 「うまく作らなきゃ」という気負いは必要ない

PHOTO:本人

 


よしだりえ

よしだりえ

切り絵愛好家。1979年生まれ。これまでに様々な仕事(パン屋、飲食店、書店員、リサーチなど)を経験し、現在は派遣社員。もともと本や紙もの雑貨が好きだったが、仕事と仕事の合間の長い空白期間に、突如として切り絵をやることを思いつき、以来ゆるい趣味として、思い立った時に作っている。