TOOLS 63 美しき娘たちよ、さようなら / 林道子(Chiko House コンシェルジュ / プランナー )

でも今、大人になった娘が、私に言うの。「親バカしてないで、自分を磨け」ってね。子供が母親に向かってのアドバイス。ある意味すごいよね。なるほどと思うけど。守ってあげなきゃって必死で育てた母親としての記憶を、軽やかに乗り越えて、成長した娘たち。
TOOLS 63
美しき娘たちよ、さようなら 
林 道子  ( Chiko House コンシェルジュ  /  プランナー )

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自由に生きるために
子離れして、自分の道を歩く

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ふたりの娘と暮らしたこの家で 

この家は、ふたりの娘たちと暮らした家。笑ったり泣いたり、シングルマザーとして、いろいろ大変なこともあったけど。私は母親として、彼女たちは子供として、たまたまこの時代に出会って、お互いに、そこに縁があったからだとつくづく思う。ほかの道を選んでいたら、彼女たちに会えなかったわけで。

彼女たちには幼少時代からけっこう大変な思いをさせてきたし、母親の私が言うのもおかしいけれど、今は、苦難を乗り越えた同志のような気持ちでいる。けっこう暴れん坊な夫であり父親だったから。

お互いの今までを一番知っているのは、私たちだけれど、感性や考えがもちろん違っているわけだから、過ぎたことの咀嚼のしかたは、それぞれだと思う。母親としては、昔のことは、思い出すだけで胸がずんと痛む。「彼女たちに、安心した家庭を作ってあげられなかった」という痛みは、ずっと抱えて生きていくと思う。

陶芸家と漫画家、つくり手を育んだ家 

今は、ふたりそれぞれに、ものづくりに関わっていて、私は彼女たちの作る作品が好き。それぞれの暖かい感性は、私にはない彼女たちだけのものだから。

彼女たちは小さい時から、本当に作ることが嬉しそうだった。長女は幼稚園の頃から、ねんどに夢中で、大学では陶芸部の部活に没頭。当時、ノートを見せてもらったら、細かい字がびっしり。打ち込む姿が印象的で、「陶芸は化学」と言っていたのを覚えている。今は、かけだしの陶芸家。彼女の作品は、まろやかで優しい。真っ直ぐで、透明感のある彼女が、これからどんな作品を生み出すのか楽しみだ。

次女は、高校生の頃から、夜中じゅう居間で漫画を描いていて、朝なかなか起きれなくて、やっとのこと高校を卒業し、大学に進んだけれど、その時、高校の先生たちが「彼女を卒業させるか10時間も話しあった」って、学校から電話があってびっくり。そんな次女も今は、連載を抱えた漫画家になって、寝る時間もないほど締め切りに追われている。今は、なかなか会えないけれど、たまにスカイプで話す時も、彼女は、決して手を止めることはない。気持ちは、作品の中にいつも有るようだった。その作品に対する真摯な姿には、気迫さえ感じて、いつも私は画面越しに、ただ黙って彼女を見守るだけだった。

一番むずかしい母と娘の距離感

そんなわけで、ふたりの娘とも、今はそれぞれで暮らしている。たまに連絡を取り合うけれど、わりと ”さっぱり親子” かも。でも今の時代は、「家族のきずなが一番強い」なんて言えないことのほうが多いのかもしれない。仕事仲間や友人同士よりも、家族の距離感って、なんだか一番むずかしいと思う。特に母親と娘。母親は心配という名のおせっかいをついついしちゃうしね。本人がしたいことが一番なんだけど。

「子育て」って、子供が自立できるようにすること。そう何かの本にあったのね。まさにって思った。「親が子供の手を喰う足を喰う」という怖い言葉もあって。つまり「子供のために」と心配し、いろいろおせっかいをするうちに、子供自身から生きる力を知らず知らずに奪ってしまう盲目の愛情を、本能的にどんな母親も持っているのかなと思うわけね。もちろん、私も。子供が小さい時は、その本能で子供を危険から救ったりできる。でも、子供が話せるようになったら、おせっかいする前に「あなたはどうしたいの? 」と聞いてあげるのね。大人になって大切なのは、自分がどうしたいか、どう生きたいかだから。親が決めることではないからね。と反省を込めて思う。

私の場合は、当時は母親というより、せっせと働いて家族を養う父親のような存在だったのね。正直あまりに無我夢中で、記憶がすっ飛んでいて、心配する暇もなかったし、反対にゆっくりと相談にのってあげられなかったかなと思う。そんな私の背中を見ながら成長した彼女達が、今になって言うの。私は、ずっと母親というより「道子」だったと。ちょっと愕然としつつ、あたってるかもと思ったの。情けなさも微妙にあったりで、そうかごめんねと。すっ飛んでいる記憶の断片をかき集めると、やっぱり未熟な親だったなと。今もね、思うわけです。

親バカしてないで自分を磨け

でも今、大人になった娘が、私に言うの。「親バカしてないで、自分を磨け」ってね。子供が母親に向かってのアドバイス。ある意味すごいよね。なるほどと思うけど。守ってあげなきゃって必死で育てた母親としての記憶を、軽やかに乗り越えて、成長した娘たち。今や、大人になった彼女達とは、この時代、この瞬間を生きている、お互い対等な、発展途上の人間同志だからね。最近は、彼女達から教えられることの方が多かったりする。

親子って、それぞれに大切にすることが違うわけだから、ある年齢になったら物理的に離れたほうがいいと私は思う。離れて住んでみて、はじめてお互いの在り方が少し解る瞬間があったりする。一緒に住むと、お互いの価値観がじゃまして、お互いが自分らしくいられなくなっちゃう場合もあるからね。もちろん、仲良し家族も素敵だけど。それぞれが “自分の場所” を持っていて、たまに会って「元気にしてる? 」ってお互いが言えたらいいなって思う。

親も、しっかり自分の世界を持って生きて欲しいと。子供達からのメッセージは、親もまた人であり、親である前に人として一緒に、まだまだ成長して行こうよというエールだと思う。だからか私は、自分の未完成を今も、楽しんでいたりする。

娘たちと対等な自分でいたいから

そんな娘たちの自立した、新しい出発の姿を胸に焼きつけて、私のシングルマザーとしての幕は閉じたのね。もちろん、SOSがあれば、いつでも飛んでいくけれど。

今の彼女たちを見ていると、才能の花が、それぞれにつぼみから花へと開いていっていると感じる。何より、自分の生きる場所を見つけて、歩いているのが嬉しい。「私も負けてはいられないし、彼女たちと人として対等に、これからの時間を重ねていきたいな」と思う。

さようなら、美しく才能に溢れた娘たち。いつでも、帰る場所はここにあるよ。羽を休めに帰っておいでってね。そして、それぞれの今の話をしましょうと。

そして私は、ひとりになって、ある日、自分の道を大きく決める、新聞記事に出会うことになるのです。そして、その後この家で、新しい出会いと体験が待っていることに、すべてが繋がっていくわけです。

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子離れしてそれぞれの道を歩むために
1.  物理的に離れる
2.  余計な心配をしない
3.  親である自分も新しい道を歩む


PHOTO : Brandon Warren


林道子

林道子

(はやし みちこ)Chiko House コンシェルジュ / プランナー。多摩美大でグラフィックデザインを学び、新卒でキャラクター会社サンリオに入社、商品開発プランナーとして従事する。その後フリーランスを経て、シングルマザーとして2人の娘を育てながら、外資メーカーに勤務。商品開発、マーケティング、営業、管理部門などほぼ全ての部署を経験し、組織や仕事のあり方を学ぶ。2014年より、横浜の自宅一軒家を開放し、Chiko House(チコハウス)の主催運営をスタート。またChiko Labでは、アクセサリー製作を。Chiko Report「つくりびと」では、作り手の魅力的な言葉を拾うインタビュー活動をするなど、年齢、性別、常識などに縛られることなく自由に、ヒト、モノ、コト、バショに新しい価値を見出し、アイデアをカタチにしている。 ◇◇◇Chiko Lab◇◇◇https://www.facebook.com/Chiko-Lab-166910136727989/◇◇◇iichi◇◇◇ https://www.iichi.com/people/P3917805