第1通目 「ロンドンは文字を大切にしている街」たなか鮎子(絵本作家)

往復書簡たなか鮎子 かどを曲がるたびに

 人々が文学を愛し、歴史を積み重ねてきた街だからでしょうか
往復書簡

第1通目 ロンドンは文字を大切にしている街

fukaijiro_icon鮎子さんへ ロンドンでの新生活、調子はいかがですか。オーディナリー編集部は、今日も編集会議でした。食べ物の話が中心でした。食いしん坊ですね。毎日寒いですが、みんな元気です。2014年の元旦から、ぼくが毎日エッセイを書きはじめて、いま50本目くらいです。プロ野球選手も毎日素振りをしているわけで、ぼくも初心に返りしっかりせねばと「素振り」として毎日エッセイを更新し始めたわけです。毎日というのがなかなかきついのですが、みんなでたくさん書いて、いろんな人がオーディナリーに訪れるような状況をつくっていくのが今年の目標です。ところで、 鮎子さんは、アーティストとして毎日なにか「素振り」をしていますか? あと、 そちらでキュンときたものを発見したら教えていただきたいです。 深井次郎(ORDINARY発行人)2014年2月20日


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深井さん、こんにちは。
こちらにきてから、あっというまに二ヶ月近く経ちました。時間の経つののあまりの早さにびっくりしています。面白いことも困ったこともいろいろありますが、こうやって時々暮らす環境を変えるのはとてもいいことだな、と実感しています。日常のルーティンを抜け出し、新しい環境に自分を投げ込むことで、頭も体も必死に適応しようと働いてくれているのがわかります。もちろん疲れもありますが、充実した、質のよい疲れです。まだまだロンドンの生活に慣れたとはいえませんが、生活のリズムのようなものはつかめてきたように思います。
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ロンドンカフェ

ロンドンカフェ

地下鉄での往復、気晴らしに立ち寄るカフェ、ふと見かける素敵なお店や公園。いろんなところが東京と似ている気がして、私にとってはとても住みやすい環境だな、と感じています。もちろん、東京と違うところもたくさんあります。暮らしている人種の多さは並外れていて、そのおかげで人々の考え方も街のありかたも多様・多彩です。自分の置かれている環境のせいかもしれませんが、熱意を持って勉強にきている若い人や、学問的な関心を持つ人も多く目にします。カフェなどで隣り合う人たちが熱心に本や研究の話をしていたりするのを見ると、素敵だなあ、と思ってしまいます。東京だとスマホを見ている人の率が異様に多いですが(かくいう私もかなりのスマホ)、こちらでは歩きスマホしている人を見かけません。道が狭くて危ないからかな。そういえば、ロンドン人は歩く早さもハンパじゃない!どうでもいい話ですが、東京では私、相当歩くのが早くて、いつも集団の先頭に出ていたのですが(笑)、こちらだと普通のお姉さんや、家族連れにさえかなわない…。

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あと、これもたまたまかもしれませんが、こちらは手先の不器用な人が多いのか、そこら中で誰かがものを壊したりこぼしたりしているのを見かけます。カフェやレストランへ行くと、店員さんがお皿を割ったり、お客さんが飲み物をこぼしたり。スーパーの店員さんが棚ごと崩したり。私自身かなり大ざっぱでそそっかしい性格なので、紛れさせてもらっております(笑)。それでも、働く人々が気にする様子もなく幸せそうにしているのは、なかなか良い感じです。日本では、お店や会社で働く人がお客さんに神経質なほど気遣いしている様子をよく見かけますが、私は、あれはやりすぎだといつも思ってて。お客も店員も対等で、自然体でいいんじゃないかな、と。そうそう、困ったこともひとつ。こちらにきてから、なんとなく視力が落ちてる気がするのです!日常あまり気づきませんが、やはり日本と比べると日光や室内の光が弱いのかな、と思います。朝は曇っていることが多いので、東京のスッキリした晴天が恋しいです。

テムズ河下りで。とてもいいお天気でした。

テムズ河下りで。とてもいいお天気でした。

深井さんの「素振り」、感服しています。創作はインプットとアウトプット、このふたつの繰り返し。どちらが欠けても自分の仕事を発展させていくことはできないと思うんですが、私はどうもこれをバランスよくこなすのが下手なようで、ある時期はひたすらインプット、ある時期は籠ってアウトプット、とつい偏ってしまいます。数ヶ月籠ってカスカスになると、しばらくは絵筆も持たずにインプット…という、極端なサイクルに陥りがちです。「描く」でも「書く」でも、ランナーのような筋肉を作ることはとても大切だと思うので、深井さんのように日々のインプットをこつこつアウトプットするサイクルに変えていきたい、と切実に思っています。

シェークスピアのシアターが再現されているのですが、そのショップで買った本。シェークスピアオタクのおじさんが書いた素敵なグラフィックブックです。

シェークスピアのシアターが再現されているのですが、そのショップで買った本。シェークスピアオタクのおじさんが書いた素敵なグラフィックブック。

そんなわけでこの二ヶ月は、英国の生活なり文化なり街の様子なり、ひたすら来るものをランダムにインプット=吸収する(時には消化不良のまま)時間だったように思います。くるもの拒まず、ある意味まとまりなく…という感じではあったのですが、その中でひとつだけ毎日欠かさずやっていたことがあります。「英語に触れること」です。なんだ、アートには関係ないのか…と思われるかもしれませんが、これがもう、大アリなのです(笑)。語学の勉強って、すごくクリエイティブなプロセスだなあ、とつくづく思います。アーティスティックで詩的な作業。私の場合はちょっとマニアックかもしれませんが、英語に親しめば親しむほど、アルファベットの美しさやひとかたまりの単語の持つ言葉の力が、心にグッときたりします。暗号やパズルを解くようなおもしろさもあります。

 

通っている芸大で見かけたポスター。タイポの木。

通っている芸大で見かけたポスター。タイポの木。

現在、ロンドン芸大のグラフィックデザインのコースも受講しているのですが、タイポグラフィ、本、ピクトグラムなどに触れる機会も増えました。デザインのフィルターを通すことで、街の店の看板やポスターの言葉が、その書体や色やビジュアル要素と一緒に、ぐっと心に入ってきます。メッセージでもあり繊細な造形をもつアートでもある。文字って本当に美しいです。ロンドンは、この「文字」を大切にしている街だと思います。人々が文学を愛し、歴史を積み重ねてきた街だからでしょうか、街角でふと見かける文字には愛が溢れている気がします。というわけで、英語に触れながら、次の作品の構想を練っている日々です。練るだけじゃなくて、描かないと…(^ ^;;)。

 

スイス・バーゼルの紙博物館で撮った写真。日本でもおなじみの活版。

スイス・バーゼルの紙博物館で撮った写真。日本でもおなじみの活版。

 こっちに来てからよくやるようになったチャレンジポーズ(大きな存在に出会った時に立ち向かうポーズ)と、テムズ河を船で下った時の写真を送ります!  たなか鮎子 


たなか鮎子

たなか鮎子

たなかあゆこ 絵本作家、銅版画家 1972年福岡県福岡市生まれ、宮城県仙台市育ち、東京都在住(2013年よりロンドンへ)。 福島大学経済学部、東京デザイナー学院グラフィックデザイン科卒業。ロンドン芸術大学チェルシー校大学院修了。デザイン会社勤務を経て、個展を中心に活動中。2000年ボローニャ国際児童図書展の絵本原画展入選。JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)会員おもな絵本に『かいぶつトロルのまほうのおしろ』、『フィオーラとふこうのまじょ』など。書籍装画に『1リットルの涙』『数学ガール』など。2013年より、世界中の人に作品を届けるため活動拠点をロンドンへ。2016年現在ベルリン在住。 たなか鮎子公式サイト ayukotanaka.com 公式ブログ ayukotanaka.com/blog/ アプリレーベル 「ピコグラフィカ」 picografika.com