【第069話】ここではないユートピアへ

「何かいい場所見えるか?」

「高いところはもう飽きた。次はハワイに住みたい」

 

 

外に出たからこそわかる良さ
やったからこそわかる適性

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いろんな仕事をウロウロとするタイプの人はいるものです。最初は好きかと思ったけれど、しばらくすると違うのではないかという思いがむくむくと頭をもたげてきたりします。旅をして帰ってくる。そして「やっぱり日本が一番だな」という声をよく耳にします。その人にとって、それがわかっただけで、素晴らしい収穫です。現状に不満を言いながらも、なかなか外へ出れない人が口にするのは、「ここではないどこかに、もっといい場所があるかもしれない」ということ。だれにでも、そんな想像に思いを馳せることはあるものです。

もしかしたら他に、と思ったら、実際に外に飛び出てみたほうがいい。そのほうが自分を知ることができます。好きかもしれないと思ってついた仕事が、そうでもなかった。このケースを失敗と呼ぶ人もいます。でも、そうではありません。エジソンではないですが、失敗ではなく「好きになれなかった仕事」を1つ発見できたのです。いろいろかじってみましょう。1つのことが続かない人のことを飽きっぽいとか、忍耐力がないとかいいますが、そんな外野の声を気にする必要はありません。いろいろ見てみる期間が必要な人はいるのです。それをギャップイヤーと呼ぶ場合もあるでしょう。

いろいろ試してみると、わかることがあります。それは、どこにもユートピアはなかった、ということです。外側からしか見ていないと、うらやましい仕事だな、派手でかっこいいなと思いますが、実際に内側に入ってみるとはそんなことはありません。一見すると派手なミュージシャンだって、ライブ以外はずっとこもって曲をつくる案外地味な生活です。給料が高い金融の仕事だって、儲かるには相当なプレッシャーと戦って病んでしまったりしている。アパレル会社のプレス担当も毎晩パーティーかと思えば、そんなことはない。ブログやSNSで見せる話題や写真は、言わば晴れの場所。日々の仕事は、地味でコツコツが9割。それが現実です。では自分は、どの場所で、どの作業だったら、「地味にコツコツ」ができるのか。

たくさん本を出している人は、人よりも書くスピードが速いのではありません。人よりも労働時間が長いのです。みんなが打合せしたり、人と会っている時間にこもって1人で書いている。機械での作業は、テクノロジーの進化によってスピードを上げることができますが、書くことはそれができません。効率よく生産する、という事ができない。量をつくるなら、長時間やるしかないんです。工夫しようとしても効率化ができるわけではない分野は、ビジネスとしてはうまみがありません。だから「とにかくお金」という人は、作家という領域には手を出さないほうがよいと思います。

 

(約1143字)

 Photo: Stig Nygaard


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。