【第219話】ふさわしい服で働く / 深井次郎エッセイ

冒険のワクワクを伝えたい

冒険のワクワクを伝えたい

 

 

迷ったらスーツが無難
そう信じていた時代が、ぼくにもありました

 

ある大企業のお偉いさんにプレゼンする機会がありました。これはまだ独立して間もない20代半ばの話です。

「この提案が採用されれば、大きな仕事になる… 」

当時、売上げがたたず会社の存続が危ぶまれていたぼくらの気合いと緊張は、最高潮でした。 「若者向けに、やわらかく遊び心のあるウェブにリニューアルしましょう」という提案。ぼくらがその中の面白い実用コンテンツを制作します、という話です。

当然、服装はクライアントに合わせて「スーツにネクタイでしょう」ということに。若いということもあり、少しでも信用されるきっちりした身なりにしようと、ビジネススーツで臨みました。すると、どうでしょう。どんなにこちらが熱弁しても、相手は費用対効果の話しかしてこない。

「それで? どのくらい利益が上がるの、現状よりもコスト削減になるの?」

あとはリスクの話。

「もし炎上したらどうするんだい、だれが責任をとるの?」

結局、無難に現状維持でいくべきという話になってしまいました。

そんな出来事も、ああ、残念だったね… と記憶の隅に追いやっていたけれど、ある登山家の本でハッとしました。その登山家はスポンサーを募るプレゼンの時はスーツで行かないようにしているそうです。登山家は夢を語り、その夢にワクワクしてもらい、ロマンに乗ってもらう必要があります。だから登山家っぽい身なりも大事。たとえばヒゲだったり、日焼けだったり。

「もちろん登山家だって年中アウトドアな服装をしているわけはなく、街にいるときは普通の恰好をしています。オフィスではスーツだって着ますよ」

それでも、登山家がヒゲをそり、小ぎれいにスーツを着てしまうと、普通のビジネスマンみたいに見えてしまうのです。その「一般人」がいくら、大自然を語っても、なんだか入り込めないようです。

「うちがあなたのスポンサーになることで、ビジネス的にどれだけ儲かるのか、費用対効果は?」

そんな世知辛い話になってしまう。志に共感し、面白さを共有して欲しいのに…。スポンサーではなく、同志になってもらう必要があるわけです。

アーティストやクリエイターも、登山家と似たところがあります。夢や志に共感してもらわないといけません。ビジネスマンとは違う価値観の軸で動いているのがクリエイターです。登山家が登山家然としていないといけないように、クリエイターもクリエイター然としている必要があるのです。

本を書き、エッセイストとして活動しはじめた当時、ぼくは出版社との打合せにスーツで行っていました。相手の編集者のほうが年上だし、キャリアも長いし、それに敬意を表して正装を心がけてました。会社員時代から、企業に伺う時にはスーツ。この習慣がしみついていたのです。

あるとき、ぼくはエッセイだけでなくイラストにも挑戦したくなって、提案したことがあります。すると、編集者は渋い顔。

「え、深井さん、描けるんですか? うーん、モノを見てみないと何とも言えないですが… まずはいくつか描いて送ってください。載せるかどうかはそれから相談しましょう」

結局、ぼくのイラストは採用され「おもしろいので、ぜひ積極的に描いていくべき」という結論になりました。のちに聞くと、

「実は、どんなカタいイラストが出てくるのか心配でしたよ。でも、予想外に自由なタッチで、ビックリした」

それはぼくがいつもスーツで、話し方も丁寧だし、カタそうに見えたからなのだと、編集者いわく。

もしかして、スーツが自分をつまらなく見せているのかもしれない。似たような出来事が重なるうちに、仮説を立てるようになりました。

オフィスビルの中にTシャツ短パンで入っていくのは、はじめは勇気がいるものです。でもそれを乗りこえてTシャツで活動しはじめたら、費用対効果なんていうビジネス用語が飛び交わない打合せが増えてきました。

「面白そうだから、やってしまいましょう。失敗したらこっそり私が謝っておきます」

相手は大企業の役員なのに、そんなセリフも聞かれるようになりました。

中学も高校も校則が厳しく、学ランの第一ボタンが外れているだけで呼び出される環境で育ったぼくは、服装に関しては、きっと人一倍「常識人」だと思います。

「服装とは自分の好みはどうでもよく、相手やまわりに合わせるもの」

会社員になってからも、そう教育されました。真夏でもジャケット着用はもちろん、中のワイシャツも長袖。スーツも紺のみ。革靴は黒しかダメで、一度茶色を履いていったら、総務部長に呼び出されました。髪も短く、清潔感があり爽やか、がドレスコードです。そういう環境で怒られながら育ってきたので、他の人と違う恰好をするということに、独立してからでさえ抵抗がありました。

服装は、初めての人とラポール(信頼関係)を築く上で大きな効果があるものです。相手がスーツだったら、自分もスーツのほうがいい。「同じ種類の人ですよ、価値観を共有してますよ」という安心感をもってもらうことができます。ビジネスマンにとっては、「あなたと同じですよ」ということが仕事上、有利だったのです。

しかし独立してから、ビジネスマンというよりもクリエイターの役割が増えてきました。そうすると求められる役割も反対になる。「あなたと違うこと」が価値になるわけです。 Tシャツ、短パン、パーカー、スニーカー、帽子、リュック。ここ7年ほどのぼくは、めっきりこんな恰好。リラックス&アクティブな出で立ちは、その場を「ビジネスの話はもうたくさん! ワクワクすることしようよ」というモードにさせてくれます。

スーツにネクタイの大人の話とは対極にある、「冒険」とか、「内緒」「新しいこと」というワードにワクワクする心は、どんな大人にだって本当はあるものです。ちょっと引き出しの奥で見つかりにくくなっているだけで、どんな堅物にだって、眉間にしわをよせてる大人にだってある。

子どもの頃の「木の上に秘密基地つくろうよ」とか、「親に内緒で釣りにいこうよ」とか、そういう話の延長が、いま自分たちがやってるクリエイティブな提案です。 メリットとか、Win- Winとか、リスクとかは後で考えるとして、まずは「それ面白そう!」とワクワクしてもらわないと始まりません。契約相手ではなく、遊び相手を探しているのです。ビジネススーツには、感性とかワクワクよりも、棒グラフがよく似合います。棒グラフな話は、ぼくがもっとも苦手とする分野。 クリエイターたちが金髪にしたり、奇抜な服装をしているのは、彼らが単に目立ちたがり屋だったり、協調性や常識がなかったりするわけではなく、必要な装置としてやっているのです。 

「技術者だからこそ自重してはならない。技術者の正装とは真っ白なツナギ(作業着)だ」

これはHONDA創業者、本田宗一郎さんの言葉です。かれは国から勲章をもらう式典でさえ、作業着でいくと言い張りました。結局、社員に止められ、強制的にフォーマルに着替えさせられたそうですが、世界中に技術で夢を見させた本田さんらしい発想だと感じます。

ここ10年で、ずいぶんとスーツで働く人が減ってきました。「損得勘定ばかり、ビジネス経済の話ばかりじゃ、面白い未来はつくれないのではないか」潜在意識の深いところで、多くの人と企業が気づきだしたのかもしれません。公私の境がない働き方をしている人も増えてきました。友人とリラックスしているのと同じ恰好で働く。それが普通になる時代が来つつあります。

 

 

(約3060字)

Photo:Vern

 

 

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。