【第162話】湿気った煎餅は好きですか? / 深井次郎エッセイ

湿気がすごい

ただし、傘は水をはじいてほしい

メディア人間は
壁をつくらず
吸い上げようきっと梅雨なのだろう。

 

きっと梅雨なのだろう。毎日雨ばかりだ。じめじめした気候は好きではないが、湿気っているせんべいは好きです。わざわざ湿気らせるまではしないけど、つい置きっぱなしで湿気ってしまったのを食べるのはうれしい。

しなっとした感触。この世界である外気と、せんべいがなじんだ感じ。ぱきっとした境界線が、多少あいまいになった感じ。

湿気ったせんべいなど許せない。そう竹を割ったような性格の人たちは口をそろえる。反対に、湿気ったのが好きな人も少数派ながらいて、「しみせん」や「ぬれせん」というジャンルがある。しみたせんべい、ぬれたせんべいである。ぼくはそれらが好きだ。せっかく表面に醤油を塗るのなら、少しはしみさせてほしい。

この世界のすべては粒子でできています。固いものも柔らかいものの、厚いものも薄いものも。粒の集まりなのです。面に見えるものも、細かく見ると、粒なのです。だから実はスキマがある。より細かい粒子になれば、スキマを通ることができるのです。ビニール袋に水を入れても漏れません。でも、水(H2O)よりも細かい粒子のものを入れたら、漏れてしまう。ザルで砂をすくうようなものです。

人間にも細かい粒子の人と、大きな粒子の人がいます。集団の中で、なじみやすい人とそうでない人です。粒子が細かい人は、他人に感情移入することもできるし、気持ちをくむこともできる。自分から話をふるし、意見を吸い上げる。他人と混じり合っていくのです。

メディアとは、「媒介するもの」です。混じり合って、吸い上げたり、もぐりこんだり、行ったり来たりさせるのが役割です。混じり合うのが仕事です。メディアをつくる人たちは潔癖に壁をつくって、乾燥剤をいれて、パリパリのせんべいを食べて喜んでる場合ではありません。ぐちゃぐちゃなカオスへの耐性が必要です。

朝食のシリアルだってミルクをしみ込むまで置きます。あれをサクサクのまま食べるなら、なぜミルクをかけるのか。揚げ玉もそうだ。うどんにのせて、汁にしみしみのテロテロになるのがいいのです。使い倒したタオルもいいですね。おろしたてのタオルは、水をはじいて吸ってくれません。

他人の意見を吸い上げる。しみたせんべいのような人でありたい。しみたせんべいはおいしいメディアである。

(約929字)

Photo: Cincono-


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。