【第013話】元気玉のつかい道を考えた

いただきます

応援したい人のお店で食べよう

 


どこのカフェに入ろうか、迷ったとき。

できるなら知り合いが経営しているカフェで食事をしたい。チェーン店ではなく、個人経営でやってるような小さいお店に入ります。

クラウドファンディングが浸透してきて、ますます「お金は応援である」とか「元気玉だ」という意識が根づいてきました。

全然関係ない顔の見えないチェーン店で買い物をするよりは、自分が応援したいお店に元気玉を与えたい。小さいクリエイターたちに元気を与えたいと思うんです。パーティーをやるなら、あの人の店。お花を頼むなら、あの人。ケータリングを頼むなら、ケーキを頼むなら、デザインを頼むなら、WEB制作をたのむなら•••というように。

お金は政治の一票みたいなもの。「がんばってね、応援してるよ」という気持ちです。そりゃ、値段で考えたらチェーン店のほうが断然安い。それはあたりまえ。小さな店が大手より安い値段でやってたら成り立たない。でも、ちょっと高いお金を払っても、応援したい人に元気玉を渡したい。

できるなら、生活する上で必要なもの全部(箸からノートからみかんから自転車まで)、応援したい仲間から買えたらいいのに。そういう状況をつくりたいと妄想していて、できることからやってます。

だって、大企業にお金を払っても不透明で、資金が何に使われてるか見えない。ある外資系企業の商品を買うとその資金が戦争のための武器に使われていたりする可能性もある。知らないところで、殺人に加担していたなんて悲しすぎるでしょう。

「お金は応援なんだ」と身をもって意識したのは、独立して間もない時に、仕事をくれたある社長にこう言われたことがきっかけです。

「わたしは相見積もりをとるようなことはしません。深井さんのところが、相場よりも高いということも知っています。でもわたしはあなたを応援したい。あなたの思い描くビジョンに共感します。できるなら、あなたと仲間になりたい。末永く、よろしくお願いします」

それは確かに元気玉だったのです。ただの仕事の対価、商品の交換以上のものがそこにはありました。当時のぼくらの小さな会社にはとても大きな金額で、実はつぶれそうだったところに、本当に元気をもらい、息を吹き返しました。単純な仕事の対価だけでなく、ぼくの将来に投資をしてくれたんだなと、気をひきしめたのです。

3.11のときもいろんなところが寄付金を集めてたけど、それが有意義な使い方をされているのか、被災者に届いているのか、しっかり見届けたいとみんな思ったでしょう。お金が元気玉だとしたら、それが何に使われているのかまで問われる時代になっている。つまり、あなたのお金の使いかたも見られているということです。

ぼくが二十歳の頃から師匠の大久保秀夫から受けた教育は、「経営者は24時間公人たれ」というものでした。24時間どこを見られても後ろめたくない生活をしなさいね、ということです。

「等価交換で商品を渡したんだから、もらったお金はどう使ったって俺の勝手でしょう?」じゃないですよ、と。社長が見栄のために無駄な高級時計や高級車、無駄に高い家賃払って、アホみたいに料亭に女の子呼んで散財しているとか、そんなダサい使い方してたらまわりは見てるからね。自分のお金がそこに流れてるんだなぁと想像すると悲しくなるんだよ。ケーキ屋だったら見聞を広げるために海外に行ったり、勉強のために本を買ったり、学びの場に行ったり、道具を良いものに買い替えたり、店内のデザインを良くしたり、後継者を育成したりとか、そういう有意義な自己研磨に元気玉を使わないと。我欲のために、じゃないよ、社会のために。みんな苦労して稼いだお金は、有意義に使って欲しいものなんです。

フェイスブックでこれだけプライベートをさらしているのですから、世の中の社長、見られてますからね。無邪気に「飲み屋で散財しちゃいましたー!」じゃないですよ。

本気でやりましょう。そんな元気があるなら、世の中のためにお金と体と使っていきましょう。あなたに一票託したみたいな感覚なんですよ、お客さんは。「俺たちの税金を無駄遣いするな」とか政治家たちは監視されてますけど、社長も同じですからね。

リーダーは公人。自由じゃないんです。(約1730文字)


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。