井戸とラクダ 第3話 「砂漠に溢れる星空の下で」 恩田倫孝

井戸とラクダ

家族の事をこんなに素敵に自慢できる人に初めて会いました

第3話 砂漠に溢れる星空の下で

TEXT & PHOTO 恩田倫孝

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昼は暑く、夜は寒い。何の感情も持たない孤独な佇まいで僕らを迎えてくれる、砂漠。この砂漠が醸し出す雰囲気は、多くの人を魅了し続けている。砂漠の横断に人生を賭け、砂漠で一生を閉じた人もいる。砂漠のマラソンに挑戦する人もいる。何もないその場所がなぜ人を惹き付けるのはよくは分からぬが、旅をしている今も、時々砂漠に行きたくなる。砂漠に初めて行ったのは、大学4年の夏、中東ヨルダンの南、ワディラムという場所だった。教授をなんとか説得して、研究室を1ヶ月休み、行った旅だった。夜の、月の明るさ。砂漠の静かさ。風の音の心地よさ。その空間に、僕は沈み行く石のように、溶け込まれていった事を覚えている。

 

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サハラ砂漠を歩いていく

 

旅に出ていると、色々なタイミングで、多くの人に出会う。宿で。バスの中で。道端で地図を広げている時に。そして、新しい情報を聞きながら、新しい輪を作りながら、新しい風を纏い国を移動していく。この新しさというものが、旅の一つの醍醐味であるのかもしれない。ただ、この新しさを追い求める一方で、少し距離が空いてしまった日本での繋がりも手繰り寄せたくなる。今は、インターネットが繋がる場所では、友達と連絡を取る事が容易で、ついつい手に取りながら、長い時間を使ってしまう。せっかく日本から出てきたのに、ネットを使い時間を費やしてしまう事はどうなのかと思うが、中々この中毒症状は止められぬ。そして、連絡を取り、時には酔って電話なんかもしてしまうのである。

出会う人とは、大体、今まで行った国、これから行く国等の情報を交換しながら、少しずつ会話を始めて行く。話は、どの国が良かったかという事が多くなるのだが、このどこが好きかというのは、面白い。好きな国の話をしているのだから、みな勿論楽しそうに話してくれる。彼らの光が場を照らす。お洒落な町。食べ物の話。冒険談。話を聞きながら、過去を知らぬその人の人物像を少しずつ、作り上げていくのである。そして、またいつの日かに話を聞ける事をほんのり思いながら、各々違う場所へと向かうのである。

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砂漠の町で出会った少年たち

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2014年の1月

サハラ砂漠に行った

この世界最大の砂漠は、アフリカ大陸の北部を全て覆っている。西は、モーリタニアから東は、エジプトまで。今回、モロッコから、この砂漠を目指した。

砂漠の入り口には、小さな町があった。夜、町に着き、宿の屋上から町を眺めると、特に何も無いひっそりとした町だった。そして、目の前にいつくもの山のようなシルエットだけが見えた。夜には、確かには分からなかったのだが、翌朝、もう一度登って見るとそこに砂漠はあった。雲一つない青い空と、砂漠が織り成すこの大自然の光景は、現実と思えない不自然のように思える程くっきりと静止していた。そこに「時」を感じなかった。絵の中に飛び込んだかのような不思議さだった。そして、夕方宿にいた5人で、ラクダに乗ってその不思議な砂漠の中へと入っていった。

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輪になり5人で
家族の話を

夜、僕らは砂漠で作ったタジン鍋を囲みながら、会話を始めた。勿論、この砂漠で、初めましての状態だ。例の、今までどんな旅をして来たのかという話が終わった後、ここ砂漠で革ジャンを着ている沖縄の読谷村から来た一人の男が話を始めた。それは、彼の家族の話だった。両親の話。兄弟姉妹の話。会って間もない人の家族の話を聞いたのは、初めてだった。話す事が好きな彼は、どんどん家族の新しい話をしてくれた。そして、僕らも笑ったり、一緒に悲しがったりした。その時間は本当に楽しかった。彼自身の葛藤や暖かい話。容易に家族の雰囲気が想像できた。

勿論、僕も自身の家族に関する事は多く知っている。一番自分の身近な存在で、一番の理解者だと思っている。ただ、家族の話を他の人に話せるというのは、中々できる事ではないと思う。まして、会って間もない人に。恥じらい等の問題では無いと思う。これは、良く過ごして来た人にしか出来ないのでは無いかと思う。そして、この話を一緒に聞いていた一人が素直にそれを言った。「家族の事をこんなに素敵に自慢できる人に初めて会いました」と。

鍋を食べ終わり、僕らはテントの外に出た。最初に外に出た大学生が声を上げた。外は、星で溢れていた。そして、空からこぼれ落ちた星が、次々に流れる。何も無いこの空間に浮かぶ光を見ながら、遠い過去から大切な身近なものまで。

考える。僕らは、じっと砂漠の夜空を眺めた。暫くしてテントに戻り横になった。砂漠の夜は寒く、皆で体を寄せ合いながら眠りについた。

翌日、やはり砂漠は不自然な程穏やかで静かだった。僕らはラクダから降り、裸足で砂漠を歩いた。そこに砂漠は確かにあり、僕らも確かにいた。

 

(次回もお楽しみに。隔週更新です)

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連載バックナンバー

第1話 旅に出てから3回泣いた (2014.4.21)
第2話 空港に降り立つ瞬間が好きだ (2014.5.5)
第3話 砂漠に溢れる星空の下で (2014.5.19)


恩田倫孝

恩田倫孝

おんだみちのり 旅人。 1987年生まれ。新潟出身。慶応大学理工学部卒業。商社入社後、2年4ヶ月で退社。旅男子9人のシェアハウス「恵比寿ハウス」を経て、現在、「旅とコミュニティと表現」をテーマに世界一周中。大学4年時に深井さんの講義「自分の本をつくる方法」を受講。旅中の愛読書は「サハラに死す」と「アルケミスト」。