小学校のお道具箱。転校したきた私は、みんなの黄色のお道具箱が華やかに見えて、うらやましく思っていました。両親に黄色のお道具箱を泣いてせがむと、父親は「あっちゃん、お父さんが作るよ」それからはお道具箱が出来上がる日が楽しみでした。小さい私は、父が新転地で忙しいとか、そんなのおかまいなく、
箱ブランドの立ち上げかた
森 昭子 ( 布箱研究家 / Haco Textile 代表 )
.
自由に生きるために
心から自分が欲しいと思う箱をつくろう
.
印刷屋がはじめた箱づくりの話
「箱の魅力は、開けてみるまでわからない驚き」
包まれているのが袋なら、手に持った感触で中身がなんとなく想像できます。でも、これが箱になると、開けるまで何が入っているのか全くわかりません。
もしかしたらマトリョーシカみたいに開けても開けても箱だったり、開けてびっくりなびっくり箱だったり、開けるのが難しい箱根寄木細工のからくり箱だったり。
開けるまで、中身がわからないからこそのドキドキ。しっかり中身を守り収納しつつ、驚きを与えてくれるところが、箱の魅力なのです。
そもそも私は印刷製本会社の娘なのに、なぜこんなに箱に魅了され、こだわっているのか。なぜ布箱研究家になり、箱ブランド Haco Textile を立ち上げたのか、そんな箱にまつわるお話をしたいと思います。
末っ子も家業を継ぎます
わたくし、実家の印刷製本業(森工業写真社)を継いでいます。昭和30年創業で3代目、3人姉兄の末っ子です。
「なんで継いだの?」
周囲の方はそう聞きます。この時代、デジタル化が進んで紙の需要が減っていて、印刷業界はどこの会社も厳しくなっていくと言われている現状なのに。あえて荒波に飛び込むというのですから挑戦です。
親戚でさえも、私が継ぐとなった時に口々に言いました。
「まさか、あの、あっちゃんが!」
末っ子で一番頼りなく、賢くもなく、経営に向いていないであろう娘が継ぐなんて誰も予想していませんでした。
でも父親の考えは一本。
「やりたい人がやってちょうだい。やりたくなければ誰もやらなくていい。」
昔から父親は、仕事への探求心の塊でした。現場を退いた今は、この業界の生き字引的存在です。父親の性格は「熱心な人」「迷わない人」、だけど「ゆるい人」なのです。
大学時代の私は、生涯一緒にと考えていた彼氏との別れから、ぽっかりしていた時期がありました。そんな時に新しい目的を与えてくれたのが父でした。それは「仕事」。
「あっちゃん、ちょっとこの仕事手伝ってくれない?」
「できないよー。でもデザインとかは興味あるよ」
「じゃあ、やって」
腑抜けな状況にあった私に、何か気がまぎれることをさせなければという父なりの気遣いだったのかもしれません。お手伝いしている中、仕事の内容、会社の人たち、父の仕事ぶりを見ていて
「うちの仕事っておもしろい」
なにも結婚だけが女性の幸せではないし、この会社のみんなと一緒に仕事をする、それもいい。紙ものだったら自分がつくりたいものは何でもつくれる場所、この会社を、みんなをもっと楽しくしたい!
3人姉兄、誰も家業に目も向かなかった中で、末っ子の私に野望が芽生えました。
「社長になる!」
そして大学を卒業し、都内の印刷会社、アウトドア会社などの修行を経て、35歳で本格的に家業を継ぐことになったのです。仕事に集中した修行期間は自分にとって財産となりました。人との出会い、人と過ごした時間が今の自分を形成してくれました。
箱そのものが大切なもの。
思い出の「黄色いお道具箱」
私は小さい頃、神奈川から山梨へなど転校を数回経験しました。もちろん転入生は注目されます。みんなと違う言葉とか持ち物とか。それだけで目立ってしまうのが小学校時代です。小学校には、机の中に入れるお道具箱がありました。これは学校によって統一されているのですが、あなたの学校は何色でしたか? 私の新しい学校は黄色のお道具箱だったのです。
前の学校で使っていた私の茶色いお道具箱は、とても注目を浴びてしまいました。
「なんで茶色いの?」
「変なの!」
とかなんとか…。茶色より黄色の方が華やかに見えて、みんながうらやましく思っていました。私は両親に黄色のお道具箱を泣いてせがみました。
そんな時父親は
「あっちゃん、お父さんが作るよ」
って言ってくれたっけ。今思うと新転地で忙しい中、よく作ってくれたなと思います。
それからは、お道具箱が出来上がる日が楽しみでした。小さい私は、父が新転地で忙しいとか、そんなのおかまいなく、週末の夜になると早く作ってほしくて仕事現場に邪魔しに行きましたっけ。
仕上がって持って帰ってきてくれた時は本当にうれしかった。箱は黄色で、みんなより使いやすいお道具箱を作ってくれました。もちろん翌日、学校でお披露目して自慢しました。うらやましがられることが、うれしくて。卒業まで大事に大事に使いました。
箱というのは、基本的には付属品であり、脇役です。大事なのは中身で、中身を守るために箱があります。
それでも私にとって、箱は「中身を大切にするもの」というだけでなく、箱そのものが大切なものなのです。そう思うようになったきっかけはこの「黄色いお道具箱」でした。
ライフワークは箱づくり
布箱ブランド「Haco Textile 」を創立しました
学生時代から父親の仕事に影響は受けてきましたが、生意気にも私は父とは違う自分自身の道をつくりたく、それをライフワークにしたかった。
今までの父の代は、業務的な資料や公的機関の「速く安く正確な」仕事を強みとしていました。私はそれだけでなく、「ものづくり」や表現に関われないかと思っていました。デジタル化で紙の需要が減るのもありますし、単純にかわいいものが好きという私の好みでもありますが。
そんな矢先、地元山梨の伝統技術である「ふじやま織」のデザイナーさんと出会いました。話をしていると
「そうだ、箱つくりたかった!」
と意気投合しデザイナーさんの織物会社さんとのお付き合いが始まったのです。
なぜ紙ではなく、布の箱をつくることにしたのか
箱といってもいろいろな種類、そして業界があります。「わたくし、箱をつくっています」と言うと、いろいろなご相談がきます。でもほとんどが大量生産のパッケージ箱です。箱業界には段ボール箱、紙器箱、紙貼箱、茶箱、寄木細工など、いろいろと業界も存在しています。
ナントカ箱を調べてみると、辞書だけでもざっと100近くあります。布貼箱で有名な「カルトナージュ」これはフランスの工芸です。カルトナージュといえば、額装からの影響もあります。フランスでは多くの人が額装を学んでいて、布貼箱も大学の講義にあるくらい学問のひとつとしてあるのです。
私が扱う箱は、箱の中でも、シンプルな紙の箱ではなく、布を貼った箱です。なぜ布貼箱の道を選んだのか。それは、私の身の回りにすべての条件が備わっていたからです。
もともと「手加工」が好きなこと。
一つ一つからものを作ってお客様に提供することが家業の得意分野なこと。
女性が大半の職場でできること。
かわいいものと携わりたかったこと。
布には紙の良さとは違った魅力があること。
今までなかったあたらしい人達に出会えること。
「紙+布(異素材)」は新しい発想を無限にしてくれて、可能性をたくさん感じたのです。それで私たちは布貼箱と限定することにしました。
箱に貼る布は、山梨伝統の「ふじやま織」
いま私たちがこだわって扱う布のひとつが「ふじやま織」です。
「ふじやま織」の歴史は奥が深く、起源は約2200年前にさかのぼると言われています。秦の始皇帝から「富士山の不老不死の霊薬を手に入れて来い」との命を受けた学者の徐福が富士山の麓で技術を伝来したことがはじまりという伝説があります。
後にこの技術は江戸時代、元禄時代に栄えた「甲斐絹」となりましたが、今ではライフスタイルの変化で途絶えてしまいました。これを継続していこうという織物会社が山梨県、富士吉田市にある「宮下織物」さんでした。
この伝統織物会社と出会ったきっかけは、あるテキスタイルデザイナーさんからの紹介です。私は「ふじやま織」の、女性ならうっとりしてしまうキラキラ感と重厚さ、そして歴史にすぐさま魅了されました。こんなダイヤモンドの原石のような素材を持って、こんな見ず知らずの自分を温かく受け入れてくれて、でもって作り手は興味深い方々で。この出会いはその後の自分にとても大切なものとなりました。
箱づくりをしていると、手がとまる時があります。
(何がやりたかったのだろう。みんなが欲しいと思う箱はどんなものだろう。どんな箱なら売れるの?)
そんな時テキスタイルデザイナーさんに言われました。
「森さんがつくりたいものを作ればいいじゃないですか?」
その言葉はまっすぐで。いつも初心に戻らせてくれます。
「心から自分が欲しいと思うものを作ろう」
本物、それを作っている人たちから学ぶことは多いです。私が宮下織物さんに会いに行く理由のひとつです。知らない世界を教えてくれて私が望んでいることを率直に聞いてくれ応援してくれる場所なのです。
箱ブランドのこれから
「宝物にはそれにふさわしい素敵な箱を」
いま「モノを持たない生き方」が注目されています。断捨離とか、シンプルな暮らし、ミニマルライフ。なんでもかんでもダンボール箱にしまって押し込む収納スタイルが、部屋が片付かない原因になるなど、整理術本の著者たちからは箱が悪者扱いされてしまうこともあります。
確かにスッキリとシンプルに暮らしたいし、ノイズになるようなたくさんのモノや箱は必要ありません。でも誰にだって、ずっと手元に置いておきたい宝物はありませんか? そんな、自分の宝物は、やっぱりお気に入りの箱に入れてあげたいな、と思います。
大事なのは、すべて捨てることではなく、「必要なモノ」と「そうでないモノ」を選ぶことです。大切でないモノは捨て、大切なモノは大切にする。それを、ふさわしい素敵な箱で守り、空間を贅沢に使ってあげる。特にお気に入りの箱ならば、箱だけでも飾ってあげる。こういうメリハリこそが、「自分らしい豊かな暮らし」だと私は考えています。
Clothes make the man 「馬子にも衣装」ということわざがあります。
Boxes make the man 「ものを大切にする気持ちは人をつくる」と私は提唱します。
大切な人に渡す、思いのこもったプレゼントにも、箱は欠かせません。開ける瞬間は渡す方ももらう方も、ワクワク、ドキドキ、ウキウキ。そんなエンターテイナーとしての箱。可能性がたくさんつまった「箱のある生活」に私は期待せずにはいられないのです。(了)
箱のある生活
箱を開けるワクワク感
箱を飾るウキウキ感
箱は機能的であり
箱の中にいれるものまで大切に
Haco Textileは箱のある生活を提案します
箱ブランドの立ち上げかた 1. 独立精神を持つ 2. 出会いを大切に、心が惹かれる方へ 3. 本能のままアイデアをかたちにする |
PHOTO:本人