一身上の都合 第2話 「次なるステージへ挑戦するため」 小林圭子さんの場合

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この春、楽天を退職し、2年間の世界旅行に出発する

第2話 小林圭子さんの場合
旅に出るワクワクを抑えられないから

この春、楽天を退職し、2年間の世界旅行に出発する小林圭子さんの一身上の都合は、人生の次のステージに挑戦するため。そのステップは仕事を辞めて旅に出ること。まだ見ぬ世界の広さ、多様な生き方を知ってしまったらどんなに安定した生活を送っていても魅力が薄らいでしまう。旅に出るワクワクでいっぱいの小林さんが会社を辞めるまでの道のり、そしてこれからのこと。

まだ少し風が冷たい春の日

まだ少し風が冷たい春の日

 

 

記者を夢見た日々から、会計の道へ

学生時代から新聞記者を目指していたという小林さんだが、就職活動やスポーツ紙での仕事を経験し方向転換。一念発起して米国公認会計士(USCPA)の資格取得に挑戦することを決意した。

生まれも育ちも大阪で、大学卒業後も大阪で働いていたが、資格勉強中に上京し、ベンチャー企業に就職。その会社で上場までの会計業務を担当し、2011年11月に楽天へ転職した。ベンチャーとは言っても年齢層の高い落ち着いた雰囲気の会社だった。そこから楽天に移り、新人も多く、勢いのある職場にカルチャーショックを受けた。慣れない環境、重い業務負荷で楽天での日々は苦しいことも多かった。しかし、退職をしたのは「楽天を辞めたかったから」ではない。日本を飛び出し、世界を全部見て回るためだ。

 

 

築いたキャリアを捨てる選択

社風や職場の雰囲気に馴染むことには苦労したが、仕事は順調だった。前職と同じ会計業務ではあるものの、小売という新しい業種で、事業規模も大きくなった。知的好奇心を満たすことができる、やりがいと成長を感じられる仕事だった。

そんな中、何か新しいことを始めようと2012年の年末にフィリピンで短期語学留学をする。そこで様々な国の人と触れ合い、世界の広さと多様性を知ることになった。帰国後には運命的に自由大学の『旅学』と出会う。小林さんの視線が外へ向き始めた。自分らしい働き方を選んで生きている人たちと出会い、今自分が思うような生き方をできているか疑問を持つようになった。世界の広さと多様性、それぞれの生き方をしている人との出会いが今の環境から脱皮し、旅立つ思いを後押ししていった。

正式に退社する9か月近く前に会社を辞めることを決めていた小林さんは、直属の上司が決断に共感してくれたこともあり、相談しながら業務と退職後の準備を進めていった。退職を会社へ告げたときも大きく揉めはしなかった。楽天という会社は社員が次のステージへ進むのを見送る風土が出来上がっていたからだ。

 

 

地球儀で旅の予定を話してくれた

地球儀で旅の予定を話してくれた


自由に生きる方法

帰国後、小林さんは企業で働くつもりはないという。具体的なビジョンはまだ描いている途中。世界中の人の働き方や生き方を2年間で吸収し、ゆっくり自分の未来を選んでいく計画だ。

小林さんはキャリアを捨てて旅に出る。「せっかく取った資格だから」「せっかく入った会社だから」。手放さなくてはいけないものと、それにかけてきたコストを考え、躊躇してしまう人がほとんどだろう。しかし持っているものが重石になって、自由に生きられない、望む生き方を選べない状況というのは正しいのだろうか。時間とお金を使い苦労して取得した資格について、小林さんは、「5年やったから充分ペイしただろう」と考えている。多くの人とは逆の感覚であろう。手に入れたものを薄く削るように生きるのではなく、今持っているものを手放してでも新しい何かを掴みたいと行動を起こせる潔さに目が覚めるような気持ちだった。

 

 

32歳の今、旅立つ意味

小林さんに、もしやり直せるとしたら会計士になる前に戻りたいかを尋ねてみた。答えは、過去の自分があるから今の決断があるので、このままでいい、とのことだった。

小林さんはつい先日32歳になった。結婚や出産を経験している友人も多いという。そろそろ焦りを感じる年頃のように思うが、小林さんはまったく焦りはないそうだ。むしろ「30過ぎたから何やってもいいと思った」と明るい。

人生を逆算していく考え方では、残りの時間とやるべきこと、できることを考えて身動きがとれなくなってしまうことも多い。だが、未来へ伸びていく長い道と考えれば、そこで脇にそれようが、逆戻りしようが、全体から見れば些細なことなのだ。そして逆算しなければ、道はどちらへも自由に伸ばすことができる。

日常から切り離された場所に行くことを決断した小林さん。その一身上の都合は、会社を辞めるだけでなく、日常に置いていく人びとへの別れの理由でもあるのかもしれない。

20代の頃、多くの後悔をし、「もう私は終わってしまったかもしれない」とまで思ったところから、ひとつひとつ目の前の現実を消化し進んでいった小林さん。

会社を辞め旅に出ることを考え始めてから、同僚とのネットワークも広がったという話を聞き、外へ向けての一歩が小林さんの全部の視界を明るくした印象を持った。新しい環境へ向かうことは、今いる世界を豊かにする効用もあるのかもしれない。

 

寄せ書きのオリジナル手ぬぐいをプレゼントしました

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思いがあればいつでも、どこにでも行ける

まずはフィリピンの語学学校に通ってから旅をスタートさせる。

2年間という長い時間をかけ、じっくり世界中で働く人たちに会う予定だ。この旅は、“夏”を追いかけて進むのも面白い。着替えも少なく、身軽に過ごせるから、ということだったが、そこに実利性以外に、常に小林さんのいる場所は“夏”だという事実に象徴的なものを感じた。

人生の真夏は青春のイメージと重なる。私自身、30歳が見えてきた現在、もうそろそろ自分の夏も終わりかと感じていた。けれど夏を追い続け、高い熱量で行動し続ければ何歳になっても輝く日々の中で生きられるのだと気付かされた。

これからの30年、生きるために無難に働くことと、今無鉄砲に飛び出す決断。そのどちらをよしとするか、価値観が相容れることはないと思う。無謀だと言う人を説得することは不可能だろう。だから、「一身上の都合」でいいのだ。都合が本人にとって充分に重いものならば、誰の許可も納得も必要ない。

夏を追いかけ世界をめぐる日々。小林さんの選択を見て、私たちはこんなにも自由なのだと思った。

 

小林 圭子 (こばやし けいこ)
1982年、大阪生まれ。米国公認会計士の資格取得後、ベンチャー企業および楽天にて約5年半、会計業務に従事。同時に会計士の専門学校では学習カウンセラーを、自由大学ではキュレーターをするなど、パラレルキャリア志向が強い。2014年3月末で楽天を退社し、同4月より約2年間かけて、世界一周の旅に挑戦。世界中の多様な働き方やライフスタイルを調査するため、海外で働く日本人、および現地の同年代の外国人にインタビューを実施。
ブログ『働き方創造ラボ~アラサー女のひとり世界一周☆取材記』
http://hatalabotabi.blogspot.jp )などを通して発信中。

 

むらかみ(左)と小林圭子さん(右)

むらかみ(左)と小林圭子さん(右)

 

連載バックナンバー

第1話 「できることを増やすため」 むらかみみさとの場合 (2014.4.20)
第2話 「旅に出るワクワクを抑えられないから」 小林圭子さんの場合(2014.4.30)


むらかみ みさと

むらかみ みさと

1986年阿蘇生まれ。生きた時間の半分を読み書きに費やしてきました。 ORDINARYでは広報・PR、ユーザーコミュニケーションなどを担当。 公私ともにコミュニケーションにまつわる仕事をしています。 円の中心ではなく、接点となる役割を追求したいと思っています。