TOOLS 60 よい知らせは遠くからやってくる / ホウシ ヨウコ( 派遣社員 / エッセイスト )

せめて前向きに転職活動に精を出そうとするものの、ポーズだけで今ひとつ本腰が入りきらない。不安に後押しされて、転職活動を一旦やめてみることもできない。そんなわけで、一発逆転の「よい知らせ」どころか、ダメ通知すら来ない、そういう日々。
TOOLS 60
よい知らせは遠くからやってくる
– 人生が停滞しているときの過ごし方 – 
ホウシ ヨウコ  ( 派遣社員  /  エッセイスト )

.

自由に生きるために
飛び立つべきときは自然が教えてくれると、腹をくくろう

.
.

「これ、あげる」

クリスティンが、小さな三角のお菓子をくれた。フォーチュンクッキー。実物を見るのははじめてだ。実は日本にも似たお菓子がある。辻占(つじうら)といって、口にいれるとグンニャリする固めのもち風生地の中に、「待ち人、もたついて来ず」こんな辛口おみくじが入っている。金沢のお正月のおやつだ。

手のひらのフォーチュンクッキーを、うっかり噛んでぜんぶ飲みこんでしまわないように、気をつけて中の紙きれを取り出してみると…

Good news will come to you from far away.

 

吉兆や否や… フォーチュンクッキーは何を語る

 

「ローラが結婚するんじゃない?」

クリスティンがわたしの手もとをのぞきこんで、ニッコリ笑う。ローラは、クリスティンの前任者で、ついこのあいだカナダに帰ったばかり。彼女たちは、公立高校のALT(外国語指導助手)で、わたしは同じ学校で司書をやっている。

ローラは任期を終えて母国の大学に戻り、クリスティンはシリコンバレーのIT系の会社を辞めて、金沢市郊外のこの田舎町までやってきた。

それにしたって、おみくじを開けたら、それが自分以外の誰かのグッドニュースだなんて! 英語に自信はないが「きっといいことがあるでしょう」くらいの意味かと思った。ローラの結婚? 確かに友だちの結婚は朗報だけど、それじゃあ、占いというより伝言ゲームだ。直訳だが「よい知らせは遠くからやってくる」というお告げ風がしっくりくる。わたしの幸せの行方は、何処… 。

 

神様に愛されるコツは、Take it easy

.

何はともあれ、占いが万国共通で人気がある理由は、物事がすこしキツイ状況のまま停滞することが、どんな人にもあるからじゃないだろうか。

わたしの場合は転職活動。ほんとうに長きに渡り座礁していた。提出書類の書き方やら、応募する仕事の選び方など、ミスもあったのだろうが、根本的な問題は、あくまでも自分。非正規でさえなければ、現在の職場に留まり、もっと落ち着いて仕事がしたいというのが本音。とはいえ、ずっとはいられないという現実を、気持ちや努力だけでは変えることはできない。

じゃあせめて前向きに転職活動に精を出そうとするものの、ポーズだけで今ひとつ本腰が入りきらない。不安に後押しされて、転職活動を一旦やめてみることもできない。そんなわけで、一発逆転の「よい知らせ」どころか、ダメ通知すら来ない、そういう日々。

Take it easy !

手のひらのフォーチュンクッキーの神様が、片目をパチッとつぶったように見えた。

来日当初は、クリスティンも英語教育に燃えていた。でも生徒たちからすれば、受験に直接関係のないクリスティンのアクティビティ系の授業は、ちょっとめんどくさいが、貴重な息ぬき時間となるらしい。クリスティンは、やる気のない生徒たちに対し「almost dead! 」などと悪態をついていたが、自分だって本気で教師をめざしているわけではない。彼女はあっさり教師としての理想を捨て、限られた時間をいかに充実させるかにシフトし、仕事以外にも目を向けていった。不思議とそうなってからの方が、生徒たちともうまくいっているように見えた。

フォーチュンクッキーと、いつも明るいクリスティン。だんだん自分がどうしてユウウツなのかが、分からなくなってきた。わたしはやる気のない生徒たちと接するのは、きらいではなかった。自分が教師でなくて、本当によかったとすら思っていた。わたしは自分の仕事が好きなのに、いったい他に何が足りなくて、毎日もやもやするのか。何をふっきれば、視界が開け、前へ進んでいけるのだろう。

 

人生が停滞しているときの過ごし方とは?

.

はじめてフォーチュンクッキーを食べたあの日から年月は経ち、わたしは異動や、転職が点々と続き、クリスティンとは、それきりとなってしまった。あれ以来、フォーチュンクッキーは食べていないけど、あの紙切れは今でも捨てずに、お守りがわりに筆箱の中にいれている。

アメリカの映画監督アレクサンドル・ロックウェルは、自分たちにとって、映画をつくることは「人生の隙間」に他ならない。だが、その隙間に逃げ込むことができたからこそ、生きぬいてこられたと言っている。

好きなことを仕事にしたって、人生ただただ楽しいばかりでないことが分かる。時間をかけた転職活動の結果、実現できた何かがあるわけではないけれど、ユウウツ港停泊のプロであるわたし流『人生が停滞しているときの過ごし方』。これは、いくつか提案できるかもしれない。

1.  厳しいはずの現実も、知ってみれば「そんなもの」
あんまり先々のことまで心配してもキリがない。大切なのは勢いではなくて、信念かもしれない。クリスティンは「かけがえのない時間になる」と信じて、リスクを承知で海外の田舎町までやってきた。

2.  隙間は最高!
人生の大半は、おもしろおかしくない毎日の連続。オズの魔法使いに出てくる臆病ライオンは、勇気を手に入れるために危険な旅に出たが、もともとの居場所で「自分は自分だ」と気づき、静かに自信を取り戻すことの方が、はるかに困難で、価値があるようにも思う。人生の隙間のような時間に、1人感じたこと、考えたことこそが、履歴書の経歴欄には書けなくても、本物のリアルだ。

3.  少し遠くを見る
運転が上手い人にはピンとこないかもしれないが、教習所の先生は、まっすぐ走れない人には、よくこう言う。確かに上達すると、「遠くを見る」ことが難なくできるようになる。この「遠くを見る」コツは、運転だけに限らない。キツイと感じるときにこそ、これまで会ったことがないようなタイプの人と会えるような場所に行ってみるなどして、周りをよく観察してみる。自分がいかに狭い世界にいるかが分かるし、もっといいことは、相対的に見て、自分のいる狭い世界がそんなに悪くないことにも気づけることだ。

そしてさいごに、よい知らせを気長に待つ
飛び立つべきときは、自然が教えてくれると腹をくくり、力が出ないのなら、今いる場所に留まることも、よしとしよう。そうすれば忘れたころにきっと、クッキーの神様があなたによい知らせを届けにやってくる、はず!

 

PHOTO : Laura Thorne


ホウシヨウコ

ホウシヨウコ

派遣社員 / エッセイスト 1974年埼玉県生まれ、石川県育ち。石川-東京間を行き来しつつ、約10年間図書館司書を勤めたのち、現在は建設会社に派遣社員として勤務。オーディナリーでは、安定を求めながらも変わり続けざるをえない「非正規なはたらきかた」についてのエッセイを執筆。