【第210話】理想の働き方が見えてくる質問 – どんな飲食店をつくりたい? – / 深井次郎エッセイ

健康で元気になる食べものを自分にもみんなにも振る舞いたい

健康で元気になる食べものを自分にもみんなにも振る舞いたい

もちろん、表現の仕事と飲食店では違うのですが、具体的なお店をイメージすると、どんなスタイルで働きたかったのかが見えてくるものです。


どこに向かってるのかぐるぐるしてきたら
理想のお店を考えてみよう
自分のワークスタイルが見えてくるかも

 

表現する仕事の中でも、特に「書く仕事」となると、形が見えづらいところがあります。ライブのある表現者、たとえば舞台俳優とかなら、お客さんの顔も見えるし、リアクションもわかります。でも、書く仕事は、ライブがありません。基本的に読者の顔が見えないのです。誰に向かって書いてるんだっけとか、そもそもなぜ書いてるんだっけ、どこに向かってるんだっけと見失いがちになることがよくあります。自分のなにが商品で、どのくらい必要とされててって、いまいちわかりにくい。部数やアクセス数は目安にはなるかもしれないけど、さらっと読んで「ふーん」というのと、そうかと膝を叩いて人生変わっちゃうようなものと、それは数字では見えないのです。

本だったら、紙の束なんだけど、読者は紙の束それ自体に対価を払ってるわけではありません。その中に印刷された、なんらかのアイデア。それがなんとなく人生を豊かにしてくれそうだと予感させるから、対価を払うのです。

ぼくも本を書いたりWEBマガジンを運営してますが、実体の見えない仕事だなと、ときにふわふわしてしまうことがあります(特に納得するものが書けないときには)。どこに向かっているのか、ぐるぐるにハマった時に、そもそもどういう働き方のスタイルが自分にとって理想なんだっけと想像してみることは大事です。

「いま飲食店やるとしたら、どんなお店つくる? 」

この間、友人との世間話の中で聞かれました。飲食店はぼくには絶対できないであろうジャンルのひとつなので、今まで本気で考えたこともありませんでした。

「あー、無理無理。絶対やらないから」と避けても
「やらないけど、やるとしたらだって」

と粘られたので、うーむと想像してみました。すると、思いのほか、イメージが出てきました。飲食店って、書く仕事と違ってすごく具体的なんです。こんなデザインのお店でこんなメニューでと、具体的にイメージしやすい。

これが書く仕事だと、「書きたいのはさ、読者が元気になるような内容で、笑ったり泣けたり揺さぶる要素もあって、読後感はスカッとしてて」「うんうん、それでいて教訓もあってさ」みたいな、もうふわっと、本人以外(本人でさえも)よくわからん話になりがちです。その点、飲食店は、ピザとか、カレーうどんとか具体的です。レシピを見せれば、ああこんな味だろうなと想像もつきます。

なんかね、これは発見でした。自分がどんな書き手になりたいのか。どういう働き方をしたいのかを考えるときは、「もし飲食店をやるとしたら」の質問は有効かもしれません。

「飲食店… いまやるとしたらね、こんなのにしたいかな」

実際にぼくが語りだした飲食店は、なんだかそのまんまWEBマガジン「オーディナリー」みたいになったのです。全然意図してなかったのですが。

「まずジャンル。何系でいく? 焼き肉? カフェ?」 

「そうね、ぱっと思うのは、非日常と日常。祭やお祝い事の時に気合いを入れて使ってもらうお店ではなく、普段使いしてもらえるお店にしたいな。ぼく自身がお店に立ちたいし、祭ってめでたいんだけど、サービスするスタッフ側になったらしんどいでしょう。たまにだったらいいけど、毎日となったら、お客さんのテンションについていける自信がない。ゆるく、気取らないテンションで、長く続けたい」

「気取らない、普段使いのお店。できれば毎日来てほしいくらい?」

「そう、だから、出すメニューも日常的なもの。生きるために必要な食事。和食とか中華とかジャンルは分けずに、家庭の食事な感じ。嗜好品ではなくて、実際に体をつくる栄養を提供したい。食べるごとに健康になっていく食事。野菜とたんぱく質もりもり。おいしさも最大限追求したいけど、健康が最優先でしょう。バランスのとれた定食で、アルコールやスイーツやスパイスなんかの嗜好品は最低限しかない。人生にはスパイスも必要だけど、それはちょっぴりだから良くて、スパイスだけじゃ健康には生きられないから、スパイス専門店さんお菓子屋さんはやらないかな」

「何の店といったら、健康家庭料理って感じか」

「結局、普段自分が食べてるものと同じものを出すことしかできないって思うから。自分の体には気を使っているのに、お客さんに出すものは添加物まみれみたいなお店もある。その逆で、お客さんには良いもの出して、自分たちは安い適当なもの食べて生活してる料理人もいる。どちらも、なんかしっくりこない。ぼくらスタッフのまかない飯もお客に出す料理も同じ。栄養のある健康な食事にする」

「メニューのレパートリーはたくさん? 」

「いや、極力少なく絞る。メニューをたくさんつくる労力を他の所にかけたい。できれば基本、日替り定食のみ。家庭の母ちゃんってそうだったでしょ? 本日の定食はこんなのですって、事前にWEBでお知らせしておけばいいんじゃないかな」

「立地は? 」

「家賃が高くて人通りの多い一等地には出さない。人の流れから少し離れた裏通り。紹介とか事前にWEBをみてなんとなくこちらのスタンスに共感してくれる人に来てほしい」

「客層は? 」

「ニコニコしてて気持ちに余裕のある人。カリカリしてたり、ギスギスしてたり、ギラギラしてたりする人は、場の雰囲気を濁らせる。自分にはやりたいことがあって、それを実現するために健康で元気でいたいと願う人がいいな」

「価格帯は?」

「値段はなるべくリーズナブルにはしたい。お代も毎回レジで会計するのが面倒だから、自動引き落としで会費制にするとか。月額いくらで食べ放題とか。スポーツジムとか塾みたいに月謝。お金がないって人は、仕事手伝ってもらって、割引か無料。食材持ち寄りもいい感じ。『実家でとれた大根です、使ってください』とか」

「スタッフは?」

「ぼく1人でずっと鍋振ってるのは疲れるし、お客さんとしゃべれないので、ほかに仲間は必要。でも、スタッフとお客さんという垣根をなるべくなくしたい。お客さんが厨房立ってて、あれ? この店だれがスタッフだっけ? というのができたらいいな。みんながつくる場」

「なんかシェアハウスみたいな雰囲気なのかな」

「毎日パーティーみたいなノリじゃなくて、気を使いながら開いてる感じかな。自然体でその人らしくいられる場所にしたい。黙々と本読みたい人はそれでいいし、なにか話したい人はスタッフとしゃべっててもいいし。Macbookで仕事してたら何やってるんですか? とか小声で声をかけたい。人となりを知りたい。お客同士を紹介しちゃったり、何かを始めようとしている人が集まってくる場所。生活の場であり共同体。ただの食堂ではない。病気の人がいたら、『ちょっと誰々ちゃんに弁当届けてくれる?』とか失敗した人がいたら、愚痴をきき、わかるよ… とか言って」

「外装、内装デザインは?」

「シンプルに、ナチュラルに。気取らず、飽きがこないのが良いね。主役は建物じゃなくて人だから」

「プロモーションは?」

「流行のピークはつくらず、じわじわクチコミで広がるのがいいな」

とかとか、今まで飲食店のことを考えたことなかったわりに、意外とスラスラでてくる自分に驚きました。 もちろん、表現の仕事と飲食店では違うのですが、具体的なお店をイメージすると、どんなスタイルで働きたかったのかが見えてくるものです。

オーディナリーは、やっぱりぬくもりのある「栄養のある健康食」を提供したいなと。母ちゃんがつくったみたいに、顔の見える著者たちが書いたノンフィションの読みもの。母ちゃんのことだから、三ツ星シェフと違ってちょっとスマートじゃないところもあると思うけど、そこはご愛嬌。見た目ばかり美しくてというのではなく、日常を生きるためのリアルなもの。そういうものをやっていきたい。

人を不安にさせる狡猾な炎上記事とか、現実逃避でしかない面白記事は嗜好品です。そこは他のお店にまかせる。ぼくらは自分が毎日食べてて強い身体を作るような、これからも食べ続けたいようなじわじわと栄養のある食事をつくっていきたい。薬みたいな即効性はなくても(薬は副作用もあるから)、ちゃんと血肉になるような栄養がいい。生きるための食堂。大きな理想をいうと、オーディナリーで、自由に生きていくのに必要なこと全部学べたら最高だな。

「さっきの話だけどね、あとはさ、やっぱりお店として新聞を発行したい。お客さんたちに配るんだ。そこでみんなでエッセイ書いて。で、それまとめて本にしたり。WEBマガジンもやって充実させたい」

「で、結局、飲食店から出版にウエイトがずれていくという… 」

「そう。あ、それいまやってることだね。あはは」 

あなたはどんな飲食店をつくりたいですか? 今度お会いしたときに聞かせてくださいね。

(約3534字)
Photo:Rob-Hyndman


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。