【第209話】船酔いの法則 – 心身ともに健康に仕事を続けるために大切な6つのこと- / 深井次郎エッセイ

船から海に入った途端、船酔いはおさまった

船から海に入った途端、船酔いはおさまった

慣れない揺れで、しかも自分でハンドリングできない状況では、だれでもバランスを失って酔ってしまいます。 大きな組織であればたしかに揺れ自体は小さいですが、下の立場だと自分で仕事をハンドリングできないもの

そこはバリ島、海の上
船酔いにおそわれて考えたことは

 

「ヤバい、吐きそう…」
ぼくは、ダイビングを楽しむため小型ボートに乗っていました。空は晴天、波も穏やか。まさにダイビング日和。現地スタッフ、ワヤンさんの運転するボートがブーンと大きな音をあげ、跳ねるスピードで波に跡をつけていきます。みるみる陸が遠くなり、浜辺のヤシの木やビーチの人々がミニチュアになっていく。さあ楽しむぞーっとみんなの気持ちが高ぶっていく中、「ああ、気持ち悪い…」陸を離れて3分ほど。船酔いがやってきたのです。 7人ほどの仲間で乗ったのですが、ぼく含めて2人がダウン。みんなのテンションは上がる一方、2人の顔はブルーになっていきます。

『なんとか復活できないものか…』 運転するワヤンさんに「船酔いしない方法」を尋ねました。すると、それぞれの体質や体調にもよるけど…と、いくつもその防止法を教えてくれました。船酔いとは、平衡感覚のずれが原因です。普段の生活で経験したことのない揺れになると、バランスをとるための三半規管が混乱して気持ち悪くなるのです。どうしたら、混乱したバランス感覚が戻るのでしょうか。

 

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教えてワヤンさん!
船酔いを防止するための
6つのポイント

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1. 視線  

→ 視線は遠くを見ること。進行方向の動きにくいもの、たとえば水平線とか島とかを眺めるといい。下を向いて近くの海面を見たり、手元で細かい作業はしないこと。
  
2. コントロール  
→ 自分で運転してると酔わない。逆に自分にはなす術なく振り回される状態は辛いものだ。 

3. スピードと進路   
→ スピードを一定にして、真っすぐ進むこと。急発進や急ストップ、ぐにゃぐにゃ曲がると辛い。
  
4. 船のサイズ   
→ 大きい船のほうが揺れが小さいので、比較的酔いにくい。 

5. 気の持ちかた   
→ 自己暗示やプラセボ効果で酔わなくなることもある。つまり「ダメかも…」という不安感は大敵。大丈夫と信じること。ガムを噛んだりリラックスするといい。同乗者と喋って気を紛らわせる。どうしても酔ってしまったら、我慢しないで吐いてしまうこと。

6. 慣れ   
→ どの揺れにも人間は慣れることができる。何度も乗ると体が揺れを予測できるようになり酔わなくなる。バリ島のベテラン漁師さんさえも、違う海で船に乗ると船酔いすることがあるようだ。子どものときに酔いやすくても、大人になると大丈夫になるのは慣れのおかげ。ただし、体質的にずっと慣れないという人は確かにいるよう。あと睡眠不足だとだれでも酔っちゃうよ。

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なるほど、これら6つを聞いて、すぐできることとして、ぼくは手元のカメラ機材をいじるのを止め、前方遠くの水平線を眺めるようにしました。「気持ちわるー」と憔悴しながらも、逆境でこそ燃えるこのエッセイスト深井次郎。「待てよ、これって何かに似てないか…」いつものようにひらめきました。 そう、仕事をしてても体調が悪くなってしまうときがあるけど、これって船酔いと同じじゃありませんか。

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体調を崩す社員は、体が弱いから?
いいえ、揺れに慣れていないからです
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どの会社でも、体調を崩して休みがちになる社員がいるもの。会社という組織は、船に乗ってるようなものとよく言われます。だとすると… と考えてみたら、働くみなさんにもワヤンさんの船酔い防止メソッドが参考になることがわかったのです。
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【会社で健康に働き続けるための 船酔いの法則】 

 

1. 視線   
→ 遠くのビジョンを見ること。会社のビジョンはぐらぐら動きません。後ろ(過去の成功例)や横(競合)を見るのではなく、進行方向(次の目標)に目を向けること。短期的ではなく、長期的視野で判断すること。 

2. ハンドリング   
→ 自分で仕事をハンドリングすること。振り回されないこと。進行ペースや、休みのタイミングを自分の権限で決められること。 

3. スピードと進路  
→ 仕事にルーチンをつくり、スピードを一定にすること。無理な急成長を目指さないこと。目先の小さな儲け話に心乱されることなく、ビジョンに向かって真っすぐ進むこと。 

4. 船のサイズ   
→ 大きい会社のほうが揺れが小さいため、乗組員の負荷が小さい。揺れに弱い者は、大きな会社に入るという選択肢もある。大企業でリーダーをやってた人でも、ベンチャー企業にくると酔う。   

5. 気の持ちかた   
→ 自分は大丈夫。やっていけると楽天的に信じること。仕事以外に趣味などを持ち、気を紛らわせることも必要。社内では楽しく仲間としゃべってリラックスした雰囲気を心がける。どうしても体調が悪くなったら我慢しないで休むこと。 

6. 慣れ   
→ どんな過酷な環境にも人間は慣れることができるが、どうしても新人は酔いやすい。体質的にずっと慣れないという人は必ずいるので、その場合は違う船へ転職することも考える。 

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新しい環境に移って、体調がわるくなる人がいます。代表的なのは、メニエル病といって、ぐらぐらと立ちくらみやめまいがするような、船酔い状態そっくりの症状があります。揺れの激しい会社の社員によく見られますが、真っすぐ歩くことも難しくなって、病院にいくと精神疾患と言われ、原因も不明。薬は一応出されますが、その決定的な治療法はまだわかっていません。休んで少しよくなったと復帰したらまた倒れてしまって、原因も治療法もわからないし、もうどうしたらいいのかわからない。そうやって困ってしまった人がぼくの知り合いでもいます。強い弱いに関係なく、平衡感覚が崩されると、だれでもそうなる危険があるのです。

「ちゃんと休みも与えているし、そんなに激務でもないのにどうして体調悪くなるの? 何あの子、からだ弱いの? 」

たいていの上司は、そう言うのですが、丈夫な人でもその会社の揺れが合わないと酔うのです。

バリ島でボートに乗って、そこまで激しい揺れでもないのに3分でぼくは酔ってしまいました。だからといって「酔っちゃうなんて、深井さん弱すぎ」と言う人はいません。どんなに肉体やメンタルが強くても、酔ってしまうのはしょうがないと誰もがわかってるからです。 高山病もそうですね。どんなにベテランでトレーニングを積んだ登山家でも、なる時にはなってしまうのです。だれでも起こりえること。努力でなんとかなるものではないし、完璧に防げるものではありません。その揺れや高度に体が順応するのに慣れる。ゆっくり時間をかけて待つしかないのです。

仕事も同じ。体やメンタルが強いと自負している人ほど、注意が必要です。慣れない揺れで、しかも自分でハンドリングできない状況では、だれでもバランスを失って酔ってしまいます。 大きな組織であればたしかに揺れ自体は小さいですが、下の立場だと自分で仕事をハンドリングできないもの。上司やお客さんに振り回されます。逆に、小さな組織だと揺れは大きいですが、ハンドリングできていれば酔わずにいられるというわけです。

ひとつハンドリングの大切さを示した、こういう実験があると知りました。
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ある実験からわかった
ストレスに負けない方法  
「ハンドルを手放すな」

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ストレスを感じると人間は脳内である物質が生成されます。その物質と同じものを人工的につくって注射すると、本当に気分が悪くなる。元気な人でもそれを打つと、うつっぽくなっていくそうです。その「ストレス薬」を、高いバイト代を出すからとたくさん人を集め、2チームに分けて注射しました。

Aチームは、終わりと言われるまで、なすすべなく注射をしつづけられる。
Bチームは、注射を止めるボタンがある。もうイヤだ、限界だと思ったらいつでも止めていい。

結果は、興味深いものでした。もちろんAチームは全員気分が悪くなりました。しかしBチームはというと、気分が悪くなった人がいなかったのです。同じストレス薬を同じ量打ったのに、不思議ですね。 これでわかったのは、コントロール権、ハンドルを自分で持つことの重要性。「自分次第でいつでも止められる」と信じる人にはストレス薬も効かないのです。逆に、「自分の力ではどうにもならない」状態だと気分が悪くなる。つまり無力感が精神と身体を蝕むのです。 人生の手綱を自分の側にたぐりよせること。ハンドリングできるかどうかが、健康でいる秘訣なのでしょう。

バリ島のボートの上では、波は自分で抑えることもできないし、途中で自分だけボートを降りることはできません。この「どうしようもなさ」がぼくに船酔いを引き起こしたひとつの要因だったのです。

波というのは、仕事においてもあります。たとえば国全体で決まった方針には、好き嫌い関係なく、国民全員従わなくてはなりません。いくら増税反対だといっても、8%の消費税を払わなくてはペナルティーです。 いくら自分が努力しても、世の中の変化で売上げが落ちたり、波が急にひいてしまうということがある。会社の舵をとる経営者も、時代の寵児となったアーティストだって、人気商売。時代の波にも乗らないといけません。ただやみくもにボートのスピードを上げてもどうにもならないことがあるわけです。

そういう大きな時代の波は自分ひとりではコントロールできないもの。ですがなんとかできないかということで人々は祈るのでしょう。もちろん祈ったからといって、必ず通じるかと言われたらわかりません。でも、「自分の祈りが天に届き、影響を与えるはずだ」と信じる人々は、酔いにくいのです。祈りを他力本願と笑う人がいても、完全にコントロールを手放しているわけではないからです。「祈ったって無駄だよ」という人ほど、無力感で満たされ、波になすがまま翻弄されます。それが何か信じるものがある人の強さです。

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組織サイズによる酔いやすさの違い
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揺れにくいという理由で、大きな船ほど酔いにくいようです。大型船は複数の波の頭に乗っているので、揺れにくい。しかも揺れを吸収し平衡を保つスタビライザーがある船もあるそうで、コップの水も揺れてるかわからないくらいで進むことができる。だから大型船のベテラン船長さんでも小さな釣り船に乗ると最初は酔ってしまうようです。船のサイズが変わったり、波が変わったりすると、当然のこと揺れも変わるのです。

では、会社においても大企業ほど体調を崩している社員の割合は低いのでしょうか。これはいま手元にちゃんとしたデータがないのでなんとも言えません。(どなたかデータお持ちであれば教えてください)

船でたとえると、働く組織はこんなイメージでしょうか。

・サーフィン(1人のフリーランス) 
・水上バイク(2、3人のスタートアップ企業) 
・小型ボート(中小企業) 
・大型客船(大企業) 
豪華客船(超大企業)

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あたりまえですが、サーフィンして酔ってる人をみたことありませんね。揺れ自体はひどいですが(というかむしろそれが目的)、集中しているし、自分の意志でカジを切れます。ただし、荒天なのに海にでると、最悪死ぬ場合もあります。小さい船の場合は、陸の近くにいて、すぐ逃げられる場所にいるべきです。太平洋を横断するような旅となると、サーフィンや水上バイクでは難しい。ある程度の船の規模が必要です。

大型船は乗ってるだけで遠くにいけるので楽ですが、それで船旅を楽しんでいるのかと疑問もあります。揺れもなく、船内にプールやジムやレストランやカジノがある。快適だけど、それでは地上の生活となんら変わりません。船が大きいので、外の天気に影響されず、北極星を見失わないように注意を払うこともない。外に無関心になっていきますし、水面に触れて水温を感じることもできないし、近くで魚を見ることもできません。仕事は1人くらい手を抜いても全然バレないし影響もない代わりに、自分の意志では進路を変えることもできません。進路を考えるチーム、ハンドルを握るチームは別にあって、自分には関係ありません。やることといえば、内を向き、他の乗客との社交。その中で、自分は2等席だ、3等席だと等級を意識し合っています。大型船はよほどのことでは沈みませんが、その油断がタイタニックのような事態になることもあります。もし、沈んで他の船に移ったとき、乗組員同士の社交しかしてこなかった人が、何ができるのか。そういう転職の不安もあります。

あなたに合った船のサイズはどこなのでしょうね。サイズだけではなく、その海(業界)の波の高さや進むスピードでも揺れは変わります。どのくらいの揺れが自分には合っているのだろうと考えると面白いです。

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就活生が
みんなそろって大企業を目指すのは
野生の本能だった?
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自分に合うがどうかは、その船に乗ってみないとわからないところがある。けれど、ある程度は周囲から見て、「あの船は揺れ激しそうだね」というのはわかる。どの組織も新人というのはなかなかハンドリングができないもの。とすれば多くの人が就活で揺れが小さそうな船を目指すのは、ある意味当然かもしれません。生きのびるための本能がそう嗅ぎ分けているのかもしれない。ハンドリングができないうえに、揺れの大きな船にのってしまったら、まちがいなく酔ってしまうだろうとわかっているのです。

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ハンドリングを取り戻すためにできること

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だから揺れの大きな船の経営者は、乗組員みんなが何かしらのハンドルを持てるよう意識するといいです。まず基本として、断る権利を、休む権利を与えること。たとえば「部内の飲み会ですが、今回は遠慮します」と言える雰囲気にする。新人でも、断る選択肢が自分にもあるんだと思い出すだけで、いくぶん違うかもしれません。乗組員各自が今すぐ簡単にできることとしては、たとえばこんなことかなぁ。

・ ひとりの時間をつくること
誰にも指図されず、誰の目も気にせず、思う存分やりたいことをやる時間が自分を取り戻すには必要なのです。

・ 毎日運動をすること
ランニング習慣がストレス解消になるのは、やったらやっただけ成果が出るから。走った分だけ、距離は伸びる。コントロールを取り戻しているのです。

・ ブログを書く
ランニングと同じで書いた分だけ、文字数は増える。しかし、その成果基準を「いいね」の数におくのは注意。頑張ったのに、いいねゼロということもある。自分自身はコントロールできるけど、他人はコントロールできないもの。他人を喜ばせることに苦心すると、ハンドリングを失います。

・いつも辞表を上着の内ポケットにしのばせる
そうやって仕事をするとふんばれるのだと昔、会社の先輩が言ってました。いつでも辞められるボタン。自分には拒否権があると自覚するのは、ハンドリングを取り戻す手段です。

・もし酔ってもすぐに諦めない
どんな揺れでも何度も乗ってれば慣れることがある。そうしても乗りたい船なら一度酔ったからと言って、すぐに諦めないことも必要なのでしょう。

ちょっと適当に考えちゃったのであとは各自考えて教えてください。…と、こんなことをバリ島の海上、ダイビングをしながら考えていました。船から海に入ると、途端に酔いはおさまりました。潮の流れに体を持っていかれながらも、自分の手と足で泳ぐ。「へんな魚がいる、きれいだねー! 」「深井さん、超元気になってるじゃないですか! 」みんなで声を掛け合います。

これからも心身ともに健康に船旅を続けられるよう、船酔いには気をつけようではありませんか。お互いに。そして、酔ってしまった人を見たら、やさしく介抱してあげてくださいね。

(約6124字)

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。