【第205話】サステナブルな関係を築く方法。長く続く仲間をつくるために必要な「あなただけの物語」 / 深井次郎エッセイ

汚れた体験を共有することで絆は強くなる

「現実は厳しいですね。やはり人は冷たいものです」サラリーマン時代には、応援すると言ってくれていた。その前職の仕事関係者たちに、いざ独立して挨拶回りに行ったところ、ひとつも仕事をもらえないのだそうです。「イソベさんなら、独立しても絶対やっていけますよ。優秀ですもん」

サステナブルな関係を築く方法
長く続く仲間をつくるために必要なこと

 

「現実は厳しいですね…。やはり人は冷たいものです」

経営コンサルタントとして独立1年目の社長イソベさん(仮名)は、がっくり肩を落としていました。

「イソベさんなら、独立しても絶対やっていけますよ。優秀ですもん」
「もし独立したら応援します。お仕事発注させていただきますね」

サラリーマン時代には、応援すると言ってくれていた。その前職の仕事関係者たちに、いざ独立して挨拶回りに行ったところ、現実はひとつも仕事をもらえなかったのだそうです。

「当てが外れました。またサラリーマンに戻るしかないのかな…。実は本気でそれを考えだしました…」

いつも勝ち気で、弱音など吐いたことのない彼が、憔悴しきっていました。

「なるほど、そうですか…」

カフェで2人。ぼくは黙って、うんうんと彼の弱音がすべて出尽くすまで聞きました。

 

.

それは挫折経験から生まれる
あなただけの物語とは

.

世の中にはいくつかの物語のパターンがあります。その中でシンプルかつインパクトのあるものは、「できなかった人が、葛藤と努力を経てそれができるようになった話」。ぼくもこの王道パターンは好きで、多くの映画やドキュメンタリーや本で感動をもらっています。

できなかった時代の「暗の点」と、できるようになった「明の点」。明暗この2点の距離が大きければ大きいほど、インパクトを生む物語になります。三流ボクサーのロッキーが過酷なトレーニングを再開してチャンピオンとの試合に挑むとか、(まだ読んでないけど最近話題の)成績ビリだったギャルが慶応大学に合格するとか、明と暗が大きいものは、その過程がドラマになります。

.

自分をより深く伝えたいなら
現在の1点ではなく
暗と明の2点を
.

ぼくがやっている本づくりの講義には、書き手になりたい人、すでに書いているけどさらに向上したい人、出版したい人が集まります。初日にみんなで輪になって自己紹介をするのですが、そこではだいたい「今こんな仕事やってます。趣味は何々です。よろしくお願いします」といま現在の肩書きの話しかしない場合がほとんどです。

第2週目の講義で、いろいろ話して打ち解けてから、「人生最大の挫折経験」について話してもらうワークがあります。「自分が書くべきテーマを発見する」というのがその目的で、もちろんメンバーがそこで聞いた内容は、他には漏らさないというのが絶対条件です。そういう安全なクローズされた場をつくったうえで、ひとりひとり打ち明けてもらいます。イソベさんの番がくると、

「今まですべて夢を叶えてきたので、挫折はないですね」

当時の彼はいかに自分がすばらしい人間かをアピールしようとしていました。どんなに大きな仕事をしてきたかとか、こんな賞をとったとか、こんなにすごい人と友達だとか、こんな社会貢献活動をしているとか。自分は世間から評価されていて、信用に足る完璧な人物ですよ、という話をビジネス経験が長いイソベさんはしました。

挫折なし、短所なし。すごいですね、とは思います。でも、そういう明るい部分だけだと、そこに人間同士の共感はどうしても生まれにくい。点は2つないと、落差は生まれません。落差が物語になり、その物語に人は共感し、感動するのです。まわりのみんながひらいて自分の物語をはなしたことに触発されたのでしょう。

「実はここだけの話なんですが…」

ということで、ようやく告白したイソベさんは、中学時代にいじめを経験していました。そして自分をいじめたアイツらを見返したいという思いで、良い大学にも進学したし、有名企業にも入った。いじめられてたのがトラウマで、それ以来、他人に弱みはいっさい見せず、体もガチガチに鍛え、スーツも時計も靴も一流ブランド。自分を守る重い鎧に身を固め、きらびやかで完璧な「できるビジネスマン」を演出してきたのでした。

しかし、人間は本来、完璧なものではありません。欠陥があるし、くよくよ凹むし、足がすくんで前に進めなくなるときもあるし、「明日から本気出す」と言いながら先延ばししたり。そういう暗の部分がだれにでもあって、だからこそ、「そういうことってあるよね、うんうん」と共感する。弱い。にもかかわらず、それを乗り越えようとする姿に人は共感するのです。

共感というのは、「この人は自分と同じものを持っている」と感じることです。暗の部分がまったく見えない完璧な人には、引いてしまいます。「この人は自分とは違う生き物だ、この人の話は自分には参考にならないだろう」と。

人と人を結びつけるのは、暗の部分。つきあいが長く続くのは、暗の部分もひらいて見せるからです。弱い、ダサい、葛藤しているところを告白すること。あなただけだけには見せるからね、という行為が絆になるのです。

不完全さこそが、人間です。体だって左右非対称だし、波があり、ムラがあり、情に流され、きれいに割り切れない。そういうカッコ悪いところをみせるのは、勇気が必要。だけど、だからこそ、みんななかなかできないからこそ、「ひらいた人」を前にすると感動するのです。

.

相談に乗ってもらいたいのはどんな人?
完璧な人ではなく
明暗の幅が広そうな人

.

「なんでも相談しなさい」と言われても、あなたには相談できないよと思う先生や上司がいます。やることなすこと完璧で、言うことも正論で、非の打ち所のない人。もしそんな人に「痩せたいんですけど、なかなか痩せられないんです」と相談したら、正論が返ってきます。

「痩せるには、ヘルシーな食事と運動。それができないのは甘え。以上」

いやいや、それはわかってるんですけど、できないのよねぇ。

こういうダイエットのトレーナーがいたら、相談はまず行きません。正論なんて、だれでも痛いほどわかってる。でもなかなかできない…というのが人間です。

人から相談されやすいタイプ。その人たちを見ていると、人間くさいんです。頭ごなしに正論で斬り捨てることはしない。「いやー、わかるわ。わたしも似たようなことあるけどさ」と共感で受け止めてくれます。

「わかってるけど、できない…」そういう人に、ただ「それは甘えだ。やりなさい」と一刀両断しても意味がありません。でも、そういう先生、上司、コンサルタントが多いと思いませんか。そういうビジネス書、自己啓発書も多い。その正論はわかってます、けどどうしてもできない自分はどうしたらいいんだと、読者はそこが知りたいのです。

ーーー
明の部分だけで
つながった仲はもろい
.

なぜ人は暗の部分、弱みを見せられないのでしょうか。それは「弱みを見せたら人は離れていくのではないか」と勘違いしているからです。

もちろん離れていく人もいるでしょう。ただそれは、始めからあなたの明の部分にだけ惹かれて寄ってきた人たちです。あなたといると何か仕事につながったり、メリットがあるかもという打算がある。

しかし、暗の部分を共有した仲間は残ります。その人たちは、あなたが今の立場を失っても、ずっとつきあいを続けてくれます。

イソベさんも有名企業を辞めて独立した途端、クモの子を散らすようにまわりから古くからの仕事関係者がいなくなりました。辞める前は、「独立したら絶対応援しますので。仕事も発注しますよ」なんて言ってた人もそれはお世辞、社交辞令だったのです。実際に独立して「引き続きおつきあいをお願いします」というと、もごもご濁しながらいなくなる。ああ、結局、会社の看板のおかげだったのか、と。自分の明の部分だけに惹かれて寄ってきた人だったんだなと、このとき初めてわかるわけです。

自分が何者でもなくなったとき。会社を辞めて無職になったり、仕事が低迷してもがいている時期に出会った仲間ほど大切なものはありません。明らかに、あなたの明の部分だけでつながった人たちではないからです。

 

「みんないなくなってしまう…」
弱みを見せたら
本当に人は離れていくのか
.

昨日ある人気ユーチューバー(YOUTUBE動画制作者)の事件を知りました。何が規約に違反したのか説明もないまま、YOUTUBE側にいきなり一方的に彼のアカウントを停止させられてしまったのです。今まで投稿してきた無数の動画作品データも、集めた登録者も、月に80万稼いでいた収入も一夜にしてゼロです。天下のYOUTUBE様のご機嫌を損ねたばかりに。(他人がつくったプラットフォームに依存している状態はリスクですね)

「おれの何が悪かったんだろう? 」

そのユーチューバーは半泣きになっていました。今までコツコツ築いてきた苦労を思い起こし、憔悴しながら絞り出したひと言が、

「これでみんないなくなってしまう…」というものでした。

人気ユーチューバーになったからこそ、寄ってきた友人たちがいる、仕事関係者がいる。そういう人たちがみんな、「あの人、終わったね」と自分から離れていってしまうのではないか。それが彼にとって、一番の不安だったのでしょう。

—–

 

人は短所で愛される
暗の部分を共有した
絆こそが財産
.

もちろん、いなくなる人もいますが、残る人も絶対います。そういう仲間こそが財産です。人生に永遠はありませんから、浮き沈みは必ずある。沈んだ時に時にも残る友人は、暗の部分を共有している人たちです。

見栄をはらないこと、弱みも見せること。一生ものの友人や読者やお客さんとの絆をつくっていくには、自ら積極的にひらいていくこと。

「カッコ悪いかもしれないけど、実はぼくね…」と。

自分の失敗談を打ち明けられる人のことを見て、「カッコ悪い」と馬鹿にする人は、実はいません。そんなに重大な失敗談を話せることに器の大きさを感じ、尊敬の念さえ芽生えるのです。人に話せるということは、もうそれを消化し乗りこえられている証拠です。暗と明の2点をつなぐ物語。その成長の大きさを想像し、ぼくたちは彼に本当の賞賛を送り、「この人になら相談に乗ってもらいたい」と思うのです。

ひとめ惚れと言いますか、初対面、最初のつながりは「明の点」でできるかもしれません。でもその点を線にし、強く長いものにするには、「暗の点」つまり短所を公開して許し合い笑い合うことが必要なのです。最初は長所で惹かれ合うとしても、人は短所で長く愛されるのです。

 

現在の「暗」を正しく見つめると
恐怖は小さくなる
.

これからどうやって経営コンサルタントとして軌道に乗せていくか。イソベさんとはそのカフェでいろいろな話をしましたが、彼がここまで自分を開いてくれたことに、ぼくは感動を覚えていました。なりふりかまっていられない状況になったのもあるのでしょう。あれだけ、完璧で売っていたイソベさんが、こんなにも弱みを打ち明けてくれたのです。なんとか力になりたい。

「イソベさん、まず恐怖の実体を確認しましょう。落ちる所まで落ちたらどうなりますか? 」

「すべてを失います」

「すべてって、具体的になんでしょう?」

「すべて…。えー、あの、そうですね…。資本金と、あとですね、あと…」

「イソベさんはぜんぶ自己資金で無借金なので、そのくらいですよね」

「あとは、プライド。まわりから失敗者と馬鹿にされる…」

「でも、その失敗経験に共感して、より深い仲間になってくれる人も同じくらいいますよ」

「暗の部分ですね」

「今までのコネが全滅でも、ゼロになっただけですよね。他のみんなはコネ無しのゼロから始めているのですから、同じスタートラインに立っただけじゃないですか」

「サラリーマンに戻るのはいつでも出来ますよね。納得いくまで、考えられることすべてやってみます。もし、それでダメなら…」

「ダメでも、失うのはお金だけってことがわかりましたよね。もっというとそもそも失っても痛くない資本金の額で始めれば、なにもリスクはないわけです。恐怖はしっかり目を開けて見つめれば、小さくなるもの。自分の会社をつくったことがあるなんて、ぼくは最高にカッコいいと思います」

「そうですね、もう少し、がんばってみます」

イソベさんは、すでに冷たくなった珈琲をひとくちすすり、去っていきました。背筋が伸びた後ろ姿を見送りながら、

「さて、ぼくも書きますか…」

その席で2杯目の紅茶を頼み、いっきにあげたエッセイがこれです。きっとイソベさんはやってくれるでしょう。

 

.

写真提供:Yang Du2


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。