【第173話】インドの安宿で満たされたもの / 深井次郎エッセイ

 

 

【インド旅篇】

高級ホテルのサービスでも
心が満たされないのは
人間同士の心の交流がないから

 

※「インド旅篇」とは、深井次郎が2013年8月、20日間に渡りインドのバラナシを中心に若手クリエイターたちと旅をした日々についての読み物です

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ちやほやされたい。重要人物として特別に扱われたい。人の注目を集めたい、と言う人がいます。小さな頃から、こういう「ちやほや願望」はだれにだってあるものです。すごいね、と褒められるためにスポーツや勉強をがんばったりする子どもも多いし、大人になってもその延長で、偉い立場につきたくて出世する人は多いものです。

20代の何年かですが、ぼくにも羽振りのいい時期がありました。出張時は迷いなくその地域で一番の高級ホテルに泊まっていました。「サービスの勉強になるから」というのは表向きの理由で、高級ホテルに泊まってる自分に酔っているところもありました。すごいね、と言われたい、「ちやほや願望」があったのです。

高級ホテルでは、いたるところで「あなたを大切に思ってますよ」「重要人物だと思ってますよ」というメッセージを発してくれます。何かを要求すれば、まるで王様からの命令のように対応してくれる。でも、あるときから「もう高級ホテルはいいや」と選択するのを止めました。どんな高いホテルに泊まっても、ぼくの「ちやほや願望」は満たされなかったからです。やっぱり違うんですね。いくら気のきいた対応をしてくれても、ホテルマンはお客がお金を払ったから、それ相応のサービスしてくれてるだけ。心から相手を尊敬してやったことではありません。

そこに心が通っていないのです。この例が適切かどうか逡巡(しゅんじゅん)してますが、キャバクラやホストクラブなどの水商売と同じです(行ったことないのに適当なこと言ってはいけませんね。間違ってるかもしれません)。「すごーい!」とお姉さんに言われたって、それは本心ではないし、そりゃお客にはお世辞を言うわな、と冷めてしまいませんか。それで本気になって「えへへ、ぼくってすごい」と嬉しくなれるほど、人は単純ではありません。

一目惚れをした美女に告白した時に、こんな断り文句を言われた友人がいました。まだ話したこともないのに…。私のこと何もわかってないのに「好きです」ってどういうこと? ただ見た目が可愛いから好きってことでしょう? 彼は凹んでましたが、その美女の気持ちもわからないでもありません。

高級ホテルにみられるような過剰とも言えるサービス。昨今、王様と執事のような関係を、嬉しいと思える若い人が減ってきたように感じます。心の通わない、むなしさに気づいてきたのです。サプライズでワインの差し入れがあっても、帰り際に高価なお土産を手渡されても、感動もなにもありません。「ありがとう、お仕事おつかれさまです」で終わりです。そのワイン代は、こちらの払った宿泊代から出ているわけです。すごくいじわるな話をしてますが、そう思ってしまって、別にうれしくはありません。お腹は満たされますが、心は満たされません。

お客とそのホテルマンはそれまで何も話していないし、心も通っていない。そのお客が普段どんな生き方をしているかなんて何も知らないのです。知ってるとしたら、名前と年齢と職業の顧客データくらいなもの。ただ、マニュアル通りに、仕事で奉仕していて、お客はただ、お客という立場だけで、敬われている(ように見せられてる)のです。

心のつながりがあった上で、だんだん距離が近づいていく。お互いにリスペクトの念が生まれて、それで心の贈り合いが生まれるならうれしいです。お互いにいろんな話をして、「お前もなかなか面白いじゃん」「ありがとう、そういうお前もやるよね」そういう心と意志が通ったリスペクトが生まれた時に、心が満たされるのを感じます。ぼくの求める「ちやほや」は、物理的なもてなしではなく、心の交流だったのです。

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チャイ(インド独特の甘い紅茶)をグツグツ温めてくれる

インド旅では、安宿に泊まりました。その宿には10日以上もいて、言葉が通じないながらもインド人スタッフといろんな話をしました。旅の目的、ぼくの思想、過去や未来の夢。話もしたし、凧揚げもしたし、ボーッとガンジス川を見つめたり、時間を共有した。料理担当のおじさんスタッフがミスをしたときは、怒るボスからかばったこともありました。その宿はスタッフはいるけど、宿らしいサービスは何もありません。ベッドメイキングなどしないし、部屋の掃除もないし、シャワーのお湯は出ないし、宿の飼い犬が部屋にまで入って来て、ぼくらの食料を食べちゃうし。それに対してわびもないし、もう散々なわけです。

でも、ぼくがおなかを壊して寝込んだ時のこと。「ジローさん、大丈夫か」と気にしてくれた。メニューにない日本風のお粥をわざわざつくってくれました。果物しか食べられないと言うと、わざわざ新鮮な果物を買いに走ってくれました。

ぼくが彼らを助けたことや、たくさん話したことがあって、だからこそのお粥だったのです。あのめんどくさがりで適当な宿スタッフたちが。そこには心の交流があったのです。客とスタッフという立場以上の何かがあった。体が弱ってたこともあるけど、涙がこぼれそうになるほどしみたし、あれはうれしかったな。

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「さあ、飲みな」

いままで泊まってきた高級ホテルよりもよほど、大切にされている感じを受けました。インドの安宿で、ぼくの「ちやほや願望」は満たされたのです。

 

(約2050字)


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。