町中の古い小さな銭湯だ
このところ
銭湯を見たら
入るようにしている
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温泉は好きだけど、ただの銭湯はあまり入らなかった。温泉成分のない、普通のお湯に意味を感じられなかったからだ。このところ、書く気力が盛り上がらず、どうしたもんかと悩んでいる。ぼくの講義に参加したメンバーに、銭湯の達人がいて、彼は365日違う銭湯に入ってるのだとか。
なぜそんなライフスタイルになったか。別に風呂無しアパートに住んでいるからではない。彼は一時期、仕事のやりすぎで、燃え尽き症候群になり、ぐったりしてしまったことがあった。がんばろうとしても、なにをふりしぼってもやる気が出ず。運動して気分転換をしようにも、運動さえやる気がしない。
そんな追い込まれた時。わらにもすがる気持ちで銭湯に引き寄せられ、ふはぁーと浴槽につかり、沈み込んだ。リラックス。なーんにも考えない。古き良き、昭和の香り漂う館内。ゆったりしたおじいちゃんたち。富士山の絵。出た後の爽快感。まるで生まれ変わったようだった。少しまた歩けそうな気がしてきたのです。そこから病み付きになり、いろんな銭湯を日替わりで巡り、いつも火を灯し続けるようにしている。
ぼくは、人の影響をよく受ける。それで今、銭湯に来ている。この銭湯も初めて来たところだ。450円。何もないシンプルな銭湯。富士山の絵はあった。他の客はいない。1人きり。せっけんもシャンプーも置いてない。不便だが、それが銭湯なのか。カコーンと桶の音が響く。シャワーのお湯はぬるい。番頭のお兄さんはワールドカップを見ている。そのテレビを横目に、ぼくは体重計にのり、その針が70キロを超える。グラウンドを走る引き締まったワールドクラスの選手たちと、自身のプニッとしたお腹を見比べ、なんとかせにゃと確認。銭湯ののれんをはらりと外に出る。雨はやんだ。よし、溜まっているエッセイを書くか。いそいそと歩き出した。
(約704字)
Photo:Héctor García