TOOLS 22 涙で天の裂け目を繕う方法/坂本那香子

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目が真っ赤だったら、もう一度個室に戻って、深呼吸を繰り返します
TOOLS 22

涙で天の裂け目を繕う方法
坂本 那香子(母になる。海外で働く」「シンガポール子連れ赴任
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自由に生きるために
くやしいときは大声で泣こう

ストレス解消方法は、泣くことです

経営コンサルティングの会社に勤めていた頃、新卒で入社した後輩が私に聞きました。今はもうないホテル、虎の門パストラルで、ランチを食べている時でした。

「ストレス解消方法は何ですか?」
「泣くことです」

私は答えました。後輩がちょっとびっくりしたように私を見て、「よく泣くんですか?」と重ねて聞きました。「うん、よく泣く。よし、ちょっと泣いて来よう! と思って泣いたりもします」という私の応答に、彼はそれ以上、突っ込もうとしませんでした。それぐらい、私はよく泣きます。

私の泣き

学校に通っていた頃は、トイレが私の泣き場所でした。個室に籠って声を押し殺して泣きました。誰かがトイレに入ってきたら、ヒックヒックとならないよう気をつけます。泣き疲れた頃、誰もいない時をねらって個室を出ます。そして、自分の顔を鏡で確認します。目が真っ赤だったら、もう一度個室に戻って、深呼吸を繰り返します。目の充血が収まり、泣いていたことが誰にも分からない顔になったと思えてから、トイレを出て教室に戻ります。そして、まるで何もなかったような様子で、自分の席につきます。そんな時、「泣いていたでしょう」と誰かに指摘されることを、私は何よりも恐れていました。

今でも、私はよく泣きます。人前で泣くこともあります。人前で泣いてはいけないという意識はあり、涙を必死で抑えます。それでも瞼から涙が零れ落ちてきます。

人前ですら泣いてしまう私ですから、一人でいる時は、もっと泣きます。最近、家で一人きりの時に、大声を出して泣きました。「もうやだ、もうやだ、もう絶対やだ」と繰り返しながら、涙がどんどん溢れて、ずいぶん長い間私は泣き続けました。寝室で布団にくるまって、まるでそこが私の全世界であるかのようでした。その後、泣き疲れて、コップ一杯のお茶をごくごく飲み干したことは覚えているのに、どうしてそんなに激しく泣いていたのかは覚えていません。人間の記憶って不思議なものです。

息子の泣き

5歳の息子の泣きっぷりは見事です。先日、夫と息子と私の三人で粘土細工の教室に行きました。それぞれ、小さな作品を作りました。夫はブタ、息子はカッパ、私はコアラです。3つの作品を大事に袋に入れて、壊さないようにそっと持って電車に乗りました。


ところが電車の中で、よりによって息子の作ったカッパが壊れているのに気がついたのです。彼はカッパを手に取り「壊れてる!」と叫んで、その直後にいきなり私のコアラを床に投げつけました。私は「どうしてママのコアラを投げるの」と怒りました。すると、息子は、自分でもびっくりしたような顔をして、それから火がついたように泣き出しました。

電車の中であんまり大声で泣くので、次の停車駅で私たち3人は電車を降りました。駅のホームのベンチに座ってからも、彼はひたすら泣き続けます。夫と私が何を言っても、耳に届いていません。顔を真っ赤にして、涙と鼻水をドロドロ流しながら、全身で泣く姿は、いっそ爽快でした。ちょうどホームに人が少ないことを幸いに、息子を私の膝の上に乗せ、特に慰めもせず、泣くがままにしました。

少し泣き止んできたかな、と顔を覗き込むと、まるで仕事をさぼった自分を責めるかのように、前よりも大きな声で泣きじゃくります。よくこんなに泣き続けることができると感心するぐらい、息子は泣いて、泣いて、泣きました。

少し落ち着いてきた息子に、「電車の中では泣いちゃダメなんだよ。我慢しなくちゃ」と話掛けると、息子は言いました。「我慢できないよー」。また泣き出す息子の背中を撫でながら、「そっか、我慢できないか、そうかもね」と私は思いました。

それぞれの泣き

息子の泣き方は、堂々として、爽やかです。そこに全エネルギーを投入している事が分かります。慰めも叱責も、泣いている彼には届きません。彼にとって、今は泣くべき時なのです。

私はいつから泣きたい時に泣きたい場所で泣けなくなったのだろう、と考えます。記憶にある限り、私はいつもトイレに閉じこもって、あるいは類似の一人きりで安全な場所で泣いていたような気がします。

泣くことで天の裂け目を縫う

仕事が行き詰った時、誰にも理解されないと思う時、どうしていいか分からない時、私は泣きます。泣くことで、世界の誤謬(ごびゅう)と、自分の弱さを認めます。それは、絵本「ほしになったりゅうのきば」で言うなら、天の裂け目を繕う作業です。兄弟竜の喧嘩で天が破れ、その裂け目から地表に雨やヒョウが降り注ぎます。たくさんの生き物が死んでいきます。誰かが天の裂け目をふさがなくてはなりません。白いターバンを広げ、竜の牙で作った釘を打ちつけるのです。

私は、そして息子は、泣き、泣き止み、歩き出します。トイレでこそこそと泣きます。駅のホームで大声を出して泣きます。そこに裂け目があるからです。泣いて、泣いて、泣いて、いつか天の裂け目は修復され、打ち付けた釘が星に、白いターバンが天の川になるでしょう。泣くことは、最高のストレス解消方法なのです。

涙で天の裂け目を繕う方法
1.  人に迷惑を掛けなければ、泣く場所はどこでも大丈夫です
2.  私の経験によると、大声は出した方が効果的です
3.  涙を女性の特権にしてはいけません。男性も遠慮せず泣くべし

Photo:Drew Mackie,Bello Russo,


坂本 那香子

坂本 那香子

(さかもと なかこ)石川県七尾市出身。1998年米国ミネソタ州マカレスター大学卒。2001年一橋大学経済学研究科修士課程修了。同年、アーサー・D・リトル(株)入社。3年間経営コンサルティング業務に携わったのち、2004年ロシュ・ダイアグノスティックス(株)に転職。経営企画グループに入社、2年後同社で最年少の管理職となる。2008年男児を出産。2010年シンガポールに赴任。2013年に帰国し、現在は病院の経営企画に勤務。WEBサイトにて自身の子連れ海外赴任の体験を綴っている。