恐怖の裏には、強い関心が生まれるものなのかもしれない
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弱虫を退治する方法
モトカワマリコ (フリーランスライター / エディター)
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自由に生きるために
挑戦は、いつでもやめられると思って始めよう
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うちの JS はびびりでへたれ
「暗がりで振り回されたり、踊り狂うキグルミを死ぬほど恐れる君たちが、わざわざ金を払って、あそこに何をしにいくんだ?」と、家人が呆れるのも道理。うちのJS(Joshi-Shogakusei)は千葉にある某テーマパークが大好きなのだが、アトラクションには一切乗らない、高学年にもなって暗いのも速いのも大音量も苦手なのだ。母もへたれだからキグルミが、特にあのネズミが怖い。親子で何も乗らず、ショーも見ないけど、地中海めいた港町はステキ、終わらない祭りの空気を吸うだけでパラダイス、いいじゃない幸せなら。
あの火山に登って叫びたい!
しかしある日、楽園を訪れた母はどうしても目の前で火を噴く火山に登りたくなった。山肌を駆け抜けるゴツい地底走行車、あれに乗りたい!そして叫びたい「きゃああああっ!」って。「ぐるぐる回るから」と、メリーゴーラウンドも素通りするへたれが、テーマパークの看板絶叫マシンに付き合ってくれるはずもない。でもそれは運命の時だった、ゼッタイに嫌だという弱虫の顔を見ながら、母はなぜか今日は引き下がれないと思った。
試練の地下通路、聖なる山をめざす者はただひたすら並ぶ・・・
火山を駆け巡るジェットコースターの入口は地中にあり、山の洞窟へ入っていくと、列の最後尾に札が立っている「2時間45分待ち」なんという待ち時間。朝礼で校長先生が小学生に忍耐を学ばせるべく長い話をするように、このテーマパークではありとあらゆるところに長い列をつくらせ、忍耐の美徳を説いているかのようだ。ジェットコースターが嫌だという前にこんなに待つのはバカらしく、あきらめ気分になってしまう。
「じゃあ、あなたは乗らなくていい。お母さんだけ乗るから一緒に待ってよ。順番がきたら係の人に言って、乗らずに出口で待っていればいいじゃない?」ジェットコースターは怖いけど、地底の通路がどうなっているか見たかったJSは渋々OKした。そして大勢の同志と共に「暗がりで振り回され、炙られ、奈落に落とされる」ための列に参加したのだった。
恐怖と興味は裏表
3時間の待ち時間、へたれJSは熱心にこれから地底を探検する母のため、光るキノコが見られるとか、化け物が出るとか、火の玉が吹き出すとかいうアトラクション情報を教えてくれたり、地下通路に施された仕掛けや、元ネタで映画にもなった地底探検のストーリーなどを説明してくれたりした。すごく詳しい。びびりでへたれの自分には一生経験できないと思うから、中はどうなっているか、火山から走行車で飛び出したらどんな気分か、ということが気になっていたのだ。恐怖の裏には、強い関心が生まれるものなのかもしれない。
生き方を変えるチャンスが目の前に迫っていた。ここで勇気が持てたらあなたはもう弱虫じゃない。がんばれ!その時がきたら思い切って決断すればいい。3時間、いかに面白いアトラクションかを人に説明しながら、繰り返し考え、迷い、葛藤していたに違いない。順番がきた時、長い逡巡を経て、彼女はむしろ嬉々として運命の地底走行車に乗りこんだ!
「面白かったね!キノコ見た?」目を輝かせ、誇らしくて嬉しくて、恐怖を克服した顔は、赤ん坊の頃から育ててきた母さえ初めて見るほど幸福そのものだった。
あの火山の名前は神様の火を人類にもたらしたギリシャの男神にちなんでいる。火を噴く山は挑戦や進歩の象徴なのだ。テーマパークの掌中にはまるのはしゃくだけど、今回ばかりは弱虫退治にご利益があったみたい。聖なる山の胎内で通過儀礼完了だ。すっかり勢いづいた彼女は、陸上競技大会に立候補して猛練習、憧れのハードルで1等賞を獲ったり、学校の演劇で悪役を演じて評判になったり・・・弱虫ゆえにできなかったことに挑戦しはじめている。自分からアクションを起こすことの醍醐味を知って、イケてるJSに変身したのだった。
今、世の中を見渡せば、もっと厳しい場所で生きる子どもたちがたくさんいる。ジェットコースターだなんて生ぬるいって言う人もいるでしょう、もっともです。でもね、一人ひとりが自分の限界を超えていかないと、世界は変わらない。 自分を信じ、行動できる人になるには、こういう小さな成長が、大事な力になると思うんだ、きっと。
親になってわかったけど、子育てってメインのお仕事は応援なんですよね。当たり前だけど、相手は赤ん坊でも別の人間で、親は日々何かを克服しようとする子どもをハラハラしながら見守ることしかできない。実際にがんばって育つのは子ども本人なんだもの。だから子どもが初めて1人で立てたり、自転車やジェットコースターに乗れたリすると、「よくやった!いいぞ!」って鳴り物入りで大喜びするんだなと思う。振り返ればいつも応援団が自分を見守っている、子どもはそれを確認して、先へ進む。そしていつか子どもが振り返らなくなっても、お父さんとお母さんはあなたの応援団、いくつになってもね。
弱虫を退治する方法
START
やってみたいけどムリ!と思う夢があったら、とにかく手を付けてみよう。いつでもやめられると思うことが肝心、気を楽にしてとにかく始めてしまうこと。
1. 人は何かに時間やエネルギーを割いてしまうと、自分の中でスイッチが入る。前とはちょっと違う人間に変身してしまっている、ある意味。
2. やめちゃおうか、と思うかもしれないけど、あとちょっと、もうすこし、ギリギリまで続けてみること。
3. もぞもぞ動いているうちに、気づけばなんとかできる大きさの自分に育っている。成長ってそういうものじゃないだろうか。
GOAL
もう弱虫は退散、明るい気持ちで「なりたい自分」を目指すチャレンジャーの誕生。
PHOTO : Andy Doyle