華織里はわざわざ日本から、この講習を受けるために来たのよ! ヘレンさんが喜んでみんなに紹介してくれたのが、嬉しかったです。時間はかかりましたが、私は人生を豊かにしてくれる格好のテーマを見つけられたのではないか。ズグラフィート探求はまだまだ始まった
ズグラフィートに魅せられて- 本場で学ぶチャンスをつかむ方法
石神 華織里 ( ズグラフィート研究家/会社員 ) .
自由に生きるために
たった1人で世界のどこへだって行こう
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こんにちは、ズグラフィート研究家として活動している石神 華織里(いしがみ かおり)です。
この「ズグラフィート」という表現技法にベルギーで出会ったのが2006年。ブリュッセルの街並みには、今も19世紀末の装飾壁画が多く残っています。すっかり魅了されてしまった私は、それ以降「ズグラフィート」のことを研究しています。
今年もベルギーに行ってきました。
※編集部注:ズグラフィートとは、19世紀末から20世紀初頭に、ベルギーで家の外壁に装飾された珍しい壁画のこと。世界的にまだ、ほとんど研究されていない。石神さんがズグラフィートと出会った話は前作に詳しい。
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2018年、縁起よし
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なぜ「2018年、縁起よし」かというと、私は今年「年女」なのです。初めてベルギーでズグラフィートと出逢い、建物や装飾を見にヨーロッパ各地を単独で旅したのが、ちょうど「戌年」の12年前でした。私にとっては縁起の良い年だったので、旅をするには最良の時期だと思って旅に出たようなものでした。あれから12年が経ち、今回も「何か」あるのではないかと思っていました。
期待で始まった2018年。
「これ、ベルギーで開催だって。行く?」
友人からズグラフィート講習開催の告知を受け取った2月、私は本当に「何か」が起こりそうで、そわそわし始めました。
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参加したいのは、世界に私ひとり?
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facebookで告知された「ズグラフィート講習」に、私は1番乗りで参加表明をしました。今回は何名参加するのだろうと、ワクワクしていました。「何か」が起きるかもしれないと思ったのも束の間、待てど暮らせど私以外に参加表明する人は現れないまま、出発1週間前になってしまいました。希望的観測で準備を進めていた私も流石に心配になって、講師のヘレンさんにメールをしました。
「来週水曜日にベルギーへ向かいます。講習の詳細を教えていただけますか?」
すぐに彼女から返信があり、確実に開講されることと会場の住所が分かって、やっと私は安心して渡航の日を迎えることができるようになりました。もし連絡が取れなかったら、現地へ飛んで「講習を受けたくて日本から来ました」と言って、どうにか開講してもらおうと考えていたのですが、杞憂に終わって本当に良かったです。
でも、まだまだ油断は禁物。
ズグラフィート職人ヘレンさんとの出逢い
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かつて私は2〜3年の間、東京都内のフレスコ画教室に通い、ベルギー風のズグラフィートをいくつか制作していた時期がありました。今回、初めて100%本場ベルギーのズグラフィートを制作します。この経験を通じて、ベルギーのズグラフィートをさらに知るきっかけとなり、これまでとは異なる見方ができるようになるかもしれませんし、ならないかもしれません。いろんな期待が渦巻く心をぐっと抑えて、精一杯制作に取り組みました。
講師はヘレンさん。普段はズグラフィート職人として現場で働いているのですが、暖かい4月から11月の間しか屋外で作業ができないため、それ以外の寒い時期は講師として学校やアトリエで講習をしているのだそうです。
当日ふたを開けると、受講者はブリュッセル在住の4名(男女各2名)と私の計5名。
「華織里はわざわざ日本から、この講習を受けるために来たのよ!」
ヘレンさんが喜んでみんなに紹介してくれたのが、嬉しかったです。
いよいよ制作開始!
本場ベルギーの制作方法なら、綺麗で効率的に仕上がった
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<ズグラフィート講習 1日目> 9:00~17:00
【作業内容】
下塗り
上塗り
デザイン画の準備
まずは、ズグラフィートの破片をいくつか見せてくれました。ズグラフィートはレンガ壁の上に、下地・下塗り・上塗り・彩色の4層からなります。どの破片も厚みが異なり、職人によって好みの厚みがあったことを実際に見て知ることができました。
次に使用する材料の説明を受けて、ヘレンさんと講習参加者で材料を混ぜて、下塗り用の材料を作りました。(※講習で使用したボードはレンガ壁のように表面に凹凸がないため、下地の必要はありませんでした。)電動ハンドルミキサーを使って混ぜたのですが、これが楽しくて。各材料の分量はきっちり決まっておらず、混ぜながら分量を調整。塗るのにちょうど良い具合になったら、各自ボードに塗っていきました。
つづいて上塗り用の材料を塗ったのですが、これが日本のフレスコ画教室で習った方法とは使う道具も塗り方も違ったのです。日本で試作していたとき、刷毛で塗り重ねていたので塗った面は刷毛の跡が残ってしまい、表面が綺麗に仕上げられなかったのです。
また時間のかかる工程でもありました。ベルギーのやり方は均等に塗ることができ、塗った面は綺麗に仕上がる上、時間のかからない効率的なやり方で私はすっかり気に入ってしまいました。
YouTubeでヘレンさんが制作している様子を見てはいましたが、自分の手を動かしてやっとその良さを知り、これまで不思議だった疑問が1つ解けました。大きなフレスコ画を描くとき「ジョルナータ」といって、1日に描ける分を計算して画面を区切って数日に分けて作業をします。上手く区切らなければ、色がまだらになってしまったり、下塗りや上塗りの厚みも合わせなければ表面に段差ができてしまったり。とにかく骨の折れる作業なのです。
それがベルギーの方法であれば、限度はあっても、大きな作品を一気に描くことはそれほど難しい作業にならないでしょう。
講習が終わる17時を過ぎても、私を含む3名が残っていました。翌日朝一で上塗り面に下絵を写せるように描画面と同じサイズのデザイン画を描き、トレーシングペーパーに写して輪郭線に小さな穴を開けていたのでした。フレスコ画の制作は時間勝負。1日目に塗った下塗り・上塗り層(描画面)が生乾きの間に、下絵を写し、輪郭線を削り、彩色しなければならないのです。私は宿泊先まで下絵とトレーシングペーパーなどを持ち帰り、ようやく作業を終えた頃には深夜0時を回っていました。
【学んだこと】
本場ベルギーの制作方法なら
①均等に塗れ、綺麗に仕上がる
②時間がかからず効率的
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眠気まなこの講習最終日!
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<ズグラフィート講習 2日目> 9:00~17:00
【作業内容】
下絵を描画面に写す
輪郭線を引っかいて溝をつくる
(輪郭線で囲われた部分を)彩色する
みんなで一斉に描画面に下絵を写し、輪郭線を引っかいていきました。全工程の中で、私はこの時間が一番好きです。私にとってこの作業はセラピーのように心落ち着く時間。線と線が交差する部分や鋭角に線が折れる部分は、上塗りが崩れないよう慎重に作業しないといけません。コツを教えてもらうも、時間の経過と共に上塗り・下塗りの湿り気が失われてゆくので、綺麗に仕上げるのがますます難しくなっていくのでした。
「時間は気にしなくていいよ」
ヘレンさんは何度も私に言ってくれたのですが、そうはいかず。「彩色」で、さらに苦戦することになりました。私が描いたのはサン・ジルという地域にあるリスのズグラフィート。使用している色数は、緑・黄色・茶色・白の4色と、決して多いわけではありません。顔料に定着材を混ぜ合わせ、溶液の割合で透過度を調整します。水彩画のようにさらさらしているのに、溶液の割合で色をしっかり着けることもできました。
日本では顔料を水で溶いただけだったので、クリームのようにもったりとしていたため、ベルギーのそれとは全く質感が違っていました。日本でサンプルを作っていた頃から8年くらい経っていたけれど、その経験があったからこそ今回の講習を活かすことができたと思います。
ヘレンという人
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2日間の講習を通じて、ズグラフィートの制作あるいは修復する現役の職人ヘレンさんの仕事ぶりも垣間見ることができました。とにかく手際がよく、各々の作業は合理的。一つ作業が終わると、あっという間に作業台の上は片付けられていて、常に綺麗な状態が保たれていました。
講習は、彼女の自宅兼アトリエであるボートハウスを使いました。ヘレンさんはみんなの作業を気にかけつつ、ピアノを弾いたり、料理をしたり、訪れる彼女の友人や子どもたちの相手をしたり。彼女のそんな雰囲気のお陰で、つい制作に焦っていた私をリラックスさせてくれたのでした。
日本で一緒にズグラフィートを作ろう!
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ヘレンさんから「今まで見た中で1番好きなズグラフィートは?」と聞かれました。私は考えた末「選べない…」と答えたら、ヘレンさんも同意してくれました。修復されたものはデザインや色がはっきりして美しいですが、色褪せ、一部剥がれ落ちていても、それはそれで美しいと私は思います。デザイナーで選ぶとしたらヘレンさんと私の一押しは、「ベルギーのミュシャ」と言われるアンリ・プリヴァ=リヴモン(Henri Privat-Livemont)です。
いろいろ雑談する中で、ヘレンさんが「日本でベルギーのズグラフィートを作ろう」と言ってくれました。私はあまりに嬉しくて、一瞬「聞き違えたのか」と思ってしまうほどでした。「日本で一緒にズグラフィートを作る」という目標が種となり、「その時は場所を借りて展示しよう」「ワークショップを開こう」など、さらなるアイデアが芽吹き始めました。実現するためには何をすべきか考えると同時に、「日本に彼女を紹介したい」と強く思うようになりました。
ヘレンさんと再会を約束して帰路に着くころ、すでに21時を回っていました。
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世界のズグラフィートを見たい!
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その昔、進路を考えていた高校1年生の私は、「世界を旅して生きれたら」と願いました。旅する口実として、その地へ足を運ばなければ体験できない「建築」を選び、大学は建築学科に進んだのです。
今は建築よりも、建物の外壁に装飾された「ズグラフィートを見たい」という思いが強いです。ヘレンさんから頂いた資料を読み進めることが、楽しくて仕方がありません。そこには、歴史や材料、作り方など、詳しい情報がたっぷり書かれているのです。
時間はかかりましたが、私は人生を豊かにしてくれる格好のテーマを見つけられたのではないかと思っています。私のズグラフィート探求は、まだまだ始まったばかり。これからどんなことが起きるか、楽しみでなりません。
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本場で学ぶチャンスをつかむ方法
1. やりたいことは、希望的観測で進めておこう
2. 手を動かしてみなければ分からないことは多い
3. 自分の行動が他人のやる気を刺激したなら、きっとよい仲間になる
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石神さんのズグラフィートについての過去記事
TOOLS 33 ズグラフィートに魅せられて – 一生楽しめる情熱に出会う方法
TOOLS 87 もっとズグラフィートに魅せられて – 情熱を再確認する方法
TOOLS 104 写真家ではない私が低予算で初の写真展をひらいた方法