西脇京子(イタリア文化愛好家)「イタリア語で失恋って言葉はないかも。なんていうのかわからないわ」恋愛と言えば失恋の記憶しかないと言ってもいい私にとって、それは衝撃的な発言でした。恋人との別れという悲しい経験を表す言葉がないなんて、なんて幸せな人たちなのだろうと。
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イタリア式 失恋を乗りこえる方法
西脇 京子 ( イタリア文化愛好家 / 外資系メーカー勤務 )
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自由に生きるために
ちょっとだけイタリア人になってみよう
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元気をくれる土曜日の習慣
週末は ”Ciao!(チャオ)” というイタリア語のあいさつから始まります。土曜日昼12時、イタリア語のレッスンに向かうのが私の10年来の習慣。資格を取るわけでもなく、仕事で使うわけでもなく、レッスンに出る以外はほとんど勉強もせず、不真面目な生徒の私が、どうして続けてこられたのか? 宿題をしてこない私を受けて入れてくれる優しい先生たちのおかげもありますが、理由はなんといってもやっぱり楽しいから。
イタリア語の軽くてきれいな音を浴びているうちに、1週間の仕事モードがリセットされて、レッスンが終わるころには身も心もリフレッシュして、不思議と元気になっています。
そしてイタリア人の先生とお話ししていると、「イタリア人って人生の楽しみ方を知っているなあ」と、感心することがしばしば。いつも前向きに生きるための小さな発見があります。私にとってイタリア語を学ぶことは、語学以上の学びがあるのです。
イタリア語を学ぶ前の私は、今と比べるともっと精神的に不安定でネガティブでした。イタリア語を学ぶようになって、イタリアの人々のおおらかな考え方に接することにより、自分を変に縛らなくなり、他人にも寛容でいられるようになった気がします。
イタリア語には「失恋」はない?
一番最初に習った先生はイタリア人と日本人のハーフの若い女性でした。ある時、先生が言うのです。
「イタリア語で失恋って言葉はないかも。なんていうのかわからないわ」
恋愛と言えば失恋の記憶しかないと言ってもいい私にとって、それは衝撃的な発言でした。恋人との別れという悲しい経験を表す言葉がないなんて、なんて幸せな人たちなのだろうと。
今習っている先生には、失恋した時に、「一度は泣いてもいいけど、あとはチョコレート食べたら忘れるから」と、励まされたことがあります。
「落ち込んだら甘いもの食べて元気だすのよ」と。
そんなに簡単なものじゃないとは思いつつも、イタリア人はチョコレート食べたら好きな人のことを忘れられるのか、さすがだなあ、とまたまた感心。失恋した友人のヤケ酒に付き合った話をした時には、
「失恋なんてイタリアでは普通のことよ。お酒を飲む理由にならないわ」
と軽く流されたことも。
いわゆるプレイボーイのイメージも強いイタリア、男性に泣かされる女性がいないとは思えないのですが、だからこそみなさん「失恋」というネガティブな言葉を使っていつまでも引きずることなく、甘いものを食べるという単純明快な方法で失恋を乗り越えているのでしょうか。
でも、実は辞書で「失恋」という言葉を引いてみると、”Cuore Spezzato(クオーレ・スペッツァート)”という言葉が出てきます。Cuore(クオーレ)は心、Spezzato(スペッツァート)は壊れた、粉々になったという意味なので、心が壊れた状態、英語の Broken Heart と同じ意味です。
やはり失恋という言葉はイタリア語にも存在しました。そりゃ、そうですよね、人生に出会いと別れはつきもの。イタリア語の世界には失恋という言葉がないと思っていたので、正直少しがっかりでしたが。
ただ、イタリア語と日本語の「失恋」の言葉の意味するところは、やはり違います。日本語の失恋が意味するのは、文字通り「恋(人)を失う」ということ。一方、イタリア語の失恋 ”Cuore Spezzato” という言葉は、恋人との別れによって「心が傷ついた状態」を表しています。
失ったものに焦点がある日本語の「失恋」は、過ぎ去ったものや時間を見ていますが、
自分の心に焦点を置いているイタリア語の ”Cuore Spezzato” には、過ぎ去ったものは追わず、傷ついた心を癒して前に進もうというイタリア人の失恋に対する見方が表れているように思えます。
自分の手から離れてしまったもの、失ったもののことばかり考えていても、取り戻すことができなければ嘆くしかありませんが、傷ついた自分の心は、自分の力で癒すことができますよね。もちろん、自分の感情もコントロールすることは難しいですが、少なくとも元気を取り戻すための努力はできます。そう、チョコレートを食べるとか。
実際、イタリアの人々は食べることが大好きで、美味しいものを食べていれば幸せなんだろうなあ、という風に見えます。チョコレートを食べて失恋から立ち直るというのも、イタリア人なら可能なのかな、と納得してしまうくらい。
いずれにしても、自分で自分の心を元気にする術を知っていることは、ポジティブに生きていくためにとても大切なこと。イタリアの人々はそれができるからいつでも明るく前向きなのでしょう。
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感情を発酵させないで、手放す
.以前、漫画家のヤマザキマリさんが、「イタリア人は感情を発酵させない」とおっしゃっていましたが、確かにイタリア人は感情を出すことを我慢したり恐れたりしていないように見えます。少なくとも日本人に比べたら。
私の先生もそうです。私が実家の猫が病気になってもう長くないという話をした時には、話し終わる前から涙ぐんでいたし、レッスン日がたまたま私の誕生日で、その日にもう一人の生徒さんからもお子さんができたというおめでたい報告が重なった時には「今日は私がごちそうするわ! Andiamo!(アンディアーモ=レッツゴーの意味)」と、レッスン後にカフェでコーヒーをごちそうしてくれました。
それが自分のことであってもなくても、悲しいことには涙し、いいことは喜び、祝福する。物事をシンプルに受け止めているからこそ、他人にも自然に共感できるのではないでしょうか。
私自身もそうですが、日本人は相手の反応を考えすぎたり、変に我慢してしまったり、それによって不安とか心配とか、新たな負の感情が出てきたり、それこそ感情を発酵させちゃってるなあと思うことがあります。
ポジティブな感情も、ネガティブな感情も、素直に、シンプルに、溜め込まず、出す=手放す。これもイタリア人のポジティブに人生を楽しむ秘訣なのではないでしょうか。
いい方、楽しい方に考える
失恋に対してだけではなく、イタリア人は「楽しい方に考える」「楽しいことを考える」こともとても上手。それが人生を前向きに生きることにつながっているのだと思います。
例えば先生がある時、来年の手帳を買ったと見せてくれました。私からすると、「え、もう来年の手帳? 」というタイミングだったのですが、先生は
「あなたも早く買わないと来年が来ちゃうわよ」と。
日本人はどちらかというと、店頭に翌年の手帳が並び始めるとまず思うのは「今年ももうそんな時期かあ、早いなあ。」と今年を振り返る、ですよね。
まだちょっと先の新しい年を楽しみに早々に売り出された手帳を買う。いくつになっても、未来にわくわくできるのは素晴らしいことです。
そして、見せてもらった使用中の先生の手帳にはかわいいシールがたくさん貼ってあります。何の印かと聞いたら、何かいいことがあった日に貼っているとのこと。なるほど、“いいことシール” がいっぱいのカレンダーを見たら後で振り返ってみた時に幸せな気持ちになりますよね。小さな幸せも見逃さない、日々をポジティブに過ごすちょっとしたコツをまた教えてもらいました。
また、レッスンの中で自己紹介をする時には、「趣味は最低3つ言いなさい」と言われます。仕事のことより趣味のこと、好きなことを多く長く話すようにするのです。好きなことだったら一生懸命話そうとするし、何より話すのも聞くのも楽しいですから。
先日もこんなやり取りがありました。毎回レッスンの終わりに今日の予定を一人ずつ言うのですが、誰かが「まだ決めてない」「今日は何にも予定がない」と言うと、
“Sei Libero(セイ リベロ)”「じゃあ、あなたは自由なのね」と、先生。
ネガティブな言葉をポジティブな言葉に一瞬で変えてしまいました。
もともとイタリア人には明るくて陽気なイメージがあるかと思いますが、ただ能天気で適当なのではなく、彼らは自然に人生を楽しくする方法を実践しているな、と思うのです。
日常の中で将来が不安になったり、今の状況を愚痴ってしまったりすることがあるかと思いますが、そんな時に彼らのポジティブなものの見方を思い出してみると、ちょっと顔を上げて前を向くきっかけをもらえるかもしれません。
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イタリア式 失恋を乗りこえる方法 1. ネガティブな感情も素直に出して、すぐ手放す 2. チョコレートなど大好きなものを食べて、自分で自分の心を元気にする 3. どんな出来事も楽しい方に考え、未来にわくわくする |