第3通目 「新しい自分になるための学びについて」(前半)たなか鮎子

往復書簡たなか鮎子 かどを曲がるたびに

西洋特有のコンセプトの組み立てが思いのほか難しい。
往復書簡  ロンドンでの挑戦と創作をめぐる対話

第3通目 「新しい自分になるための学びについて」 (前半)

 

fukaijiro_icon鮎子さんへ
鮎子さんといえば、いつも新しい試みに挑戦している印象です。いち早く、電子で絵本アプリ出版レーベル(ピコ・グラフィカ)を立ち上げたり、2013年の個展からは、平面だけでなく立体作品にも挑戦したり、常にバージョンアップしているように感じます。いまロンドンの芸術大学でいろんな刺激を受けて、新しいアイディアはひらめきましたか。日本の学校との違いもあるでしょうし、ロンドンの学びの場で出会った面白い人はいましたか? 新しい出版のカタチなど、新しく学んだり考えたことがあれば、教えていただきたいです。
深井次郎(ORDINARY発行人)2014年12月20日

 


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深井さん、こんにちは。

10月からロンドン芸術大学での大学院の講義が始まりました。新しい環境に慣れるのに精一杯で、投稿の間が空いてしまってごめんなさい。気がつけば、あっというまにクリスマス休暇、ロンドンはクリスマス一色です。

 

クリスマスイルミネーションの街。

クリスマスイルミネーションの街

 

こちらには感じのいい人が多いのに、いつも驚かされます。老若男女問わず皆明るくて優しいし、それでいて控えめで奥ゆかしい。同じ島国で育った日本人には合う雰囲気を持っていると思います。

 

クリスマスになると、救世軍やボランティアの演奏をたくさん見られます。

クリスマスになると、救世軍やボランティアの演奏をたくさん見られます

 

人懐っこい人が多いのもこの街の特徴です。なので、街角で人と人とが交わすいい光景を見たり、思いがけず誰かから挨拶をされたりすることもしばしばです。こういうことがあると、街を歩くのも楽しくなります。

 

こちらも駅で、お兄さんたちのコーラス。上手かった!

こちらも駅で、お兄さんたちのコーラス。上手かった!

 

天気は噂通りどよーんと曇っているし、夕方3時過ぎには暗くなるし、物価は高いし、日本食も恋しい(笑)。それでも、街を包む明るい空気が私は大好きです。

 

教会の下にあるカフェにもクリスマスツリーが。

教会の下にあるカフェにもクリスマスツリーが

 

インテリアのセンスがとびきり良いのも英国人の特徴。色調の整った建物やインテリアに品のいいクリスマスの飾り付け、ツリーやプレゼントを見るのも楽しい限りです。

 

こちらで大人気の折りたたみ自転車Bromptonのショップ。

こちらで大人気の折りたたみ自転車Bromptonのショップ

デパート「Liberty」内もクリスマス一色です。

デパート「Liberty」内もクリスマス一色です

この季節はついディスプレイの写真が増えてしまいます。アパートを模したパッケージ。

この季節はついディスプレイの写真が増えてしまいます。アパートを模したパッケージ

超キュートなキャンドル立て。Mr & Mrs Jonesというネーミングも好きです。

超キュートなキャンドル立て。Mr & Mrs Jonesというネーミングも好きです

 

さてさて、クリスマス休暇に入ってやっと一段落ついたので、たくさんお伝えしたいことがあります。大学院での自分の体験からロンドンの美術教育の特徴まで、この二ヶ月で思ったり学んだりしたことを書かせて頂けたらと思います。

 

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こんな環境で学んでいます
多くの著名アーティストを輩出した
伝統あるカレッジ

 

私が通っているチェルシー校は、特にファインアートやインテリア、プロダクトデザインなどの分野で伝統のあるカレッジです。現代美術家のアニッシュ・カプーアや俳優アラン・リックマンなどが卒業しています。ちなみに4つある姉妹校からは、現代美術家のアンソニー・ゴームリールシアン・フロイド、ファッションデザイナーのポール・スミスステラ・マッカートニーアレキサンダー・マックイーン、インテリアデザイナーのコンラン、掃除機作ったダイソン、俳優のティム・ロスからコリン・ファースまで卒業している…という、ミーハー心に火のつく学校だったりします。

 

チェルシー校校舎。古い兵舎&病院を改築したものだとか。

チェルシー校校舎。古い兵舎&病院を改築したものだとか

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私の専攻は「グラフィックデザイン・コミュニケーション」。国際都市ロンドンだけあって、25,6人いるクラスメイトのうち英国人は2人だけ、私ら日本人の他、韓国人、中国人、アメリカ人、カナダ人、スゥエーデン、ポーランド、ブルガリア、オランダ、インド…と、とにかくいろんな国の人が在籍。皆絵が上手かったり頭が良かったり、優秀な子ばかりだな〜という印象です。もちろん40歳を越えている私が一番の長老となりますが、みんな心優しく接してくれます(笑)。

 

クラスメイトと。

クラスメイトと

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一番仲良くしているのは、結局日本人(笑)。なーんだ日本人とつるんでるのね〜と思われるかもしれませんが、この人はなんだか日本人離れしていて、とにかくすごい。ニューヨークのファッション業界でディスプレイのデザイナーを10年やっていたという優秀なお嬢さんで、英語もペラペラ、バイタリティも情熱もこちらの人以上。いいエネルギーをもらっています。

私がこちらのやり方に慣れず自信を失くしそうになっても、「大丈夫! そのうち必ず慣れる、やり方も覚える」といつも励ましてくれるのもありがたい。私もなんとか頑張ろう…と自分を奮い立たせています。実はこういう世界の人間って好き嫌いが激しいので、心底打解けられる友達になるのってなかなか簡単ではないのですが、彼女とは好きな美術のテイストや、好きな方向性が似ていることもあってすっかり意気投合。デザイン談義したりおしゃれな店探ししたり、よく一緒に歩き回っています。

 

クラス風景。課題について教官がコメント。

クラス風景。課題について教官がコメント

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何をやっているかというと
いろんなビジュアル作品を作っている

 

さて、グラフィックデザイン、しかも大学院。って何をやるの? と思われるかもしれませんが、実際のところ、やっているのはやはり作品制作です。絵やイラストレーションを描くもよし、コミック、写真、立体、映像、音響、タイポグラフィを使うもよし…。要はなるべく言葉による説明に頼らず、ビジュアルで自分のメッセージを伝える、ということをやるわけです。

私たちは「 Visual Language – 視覚言語 – 」という言葉をよく使います。信号や出口のサインは、国境を越えても意味が通じますよね。そういう意味では、グラフィックデザインはユニバーサルな言語です。

コースやカレッジによって方針はいろいろですが、うちの科は学生個人のテーマと制作過程を大切にするというのが売りなので、とにかく一人一人がバラバラのテーマを設定して、なんとまあ一年間ひたすらそれを追求する…という気の長いことをやります(現在まさに渦中)。

同じく課題の製作用写真。アパートの階段やブラインドから得られる光と影でビデオを作りました。

同じく課題の製作用写真。アパートの階段やブラインドから得られる光と影でビデオを作りました

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自分の作品を世界に営業しながら
なんて思っていたが
現実はそんな余裕はなく

 

「自分の思いをビジュアルにする」という、楽しくも難しいプロセス…。そんなのこれまでさんざんやってきたでしょ?と思われるかもしれませんが、実際は何かと勝手が違うのです。

「いや〜西洋っつっても所詮は学校だね、こんなことなら現場で経験済よ」などと余裕を見せていたのは始めの一週間くらい。ある日突然課題をポーンと投げられて、好きに表現して、という。しかもそのお題、ものすごく抽象的なんですけど…。

意味わからない、とか言うとにらまれそうなので(担当教官がこれまたすごく怖い)ど、どうやって?と聞くと、写真撮るとか映像作るとか、いろいろあるじゃない?…って、あのー、そんなのやったことないんですけど、とも言える雰囲気じゃないし。

仕方がないので、自分で撮った写真とビデオと音を使って映像編集(編集ソフトの使い方は友人に習う)したり、古靴を買ってきて粘土で作った立体と組み合わせたり、もうほぼヤケクソ。
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制作中の作品。都会と土と靴をテーマにしたオブジェ…の予定です。

制作中の作品。都会と土と靴をテーマにしたオブジェ…の予定です

 

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しかし、制作の方はまだ、なんとでもなるのです。私が一番苦手なのが、コンセプト作り。そしてそれについて自分なりに説明すること。

もちろん、言うまでもなく、一番大変なのは英語です。英語で聞いて、英語で話すこと。私のスキルは本当にまだまだで、授業でもプレゼンでも「もうちょっと英語が上手かったら…」と残念に思わない日はないくらいです。

しかしそれだけじゃない。西洋特有のコンセプト(概念)の組み立てが思いのほか難しい。

何しろ、何をやろうにも「なぜ?」と聞かれるのです。「なぜ、これがいいと思ったの? なぜこれをやろうと思ったの? なぜ?      なぜ?……」 えーっと、好きだから。エヘ☆ とか答えても、教官の顔は険しくなるばかり。(とにかく教官が怖い)えーっとえーっと……と悩んでいるうちに、だんだん頭がグルグルしてきて、自分が何を言いたかったのか、よく分からなくなってくるのです。

というわけで、また次回、後半の方で詳しく、こちらの論理的、コンセプチュアル美術教育体験について語りたいと思います。おつきあい頂けたら嬉しい限りです。(了)

 

クラスでギャラリー訪問。屋上のオブジェ横で。

クラスでギャラリー訪問。屋上のオブジェ横で

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(次回をお楽しみに! )

連載「かどを曲がるたびに」とは

「こちらロンドンは、角を曲がるたびに刺激があふれています」絵本作家たなか鮎子さんは2013年冬、東京からアートマーケットの中心ロンドンに活動拠点を移しました。目的は、世界中にもっと作品を届けるため。42歳からロンドン芸術大学大学院(著名アーティストやデザイナー、クリエイターを多く輩出している)で学んだり、ファイティングポーズをとりながらも、おそるおそる夢への足がかりをつかんでいく。そんな作家生活や考えていることをリポートします。「鮎子さん、まがり角の向こうには何が待っていましたか?」オーディナリー発行人、深井次郎からの質問にゆるゆると答えてくれる往復書簡エッセイ。

 

連載バックナンバー

第1通目 「ロンドンは文字を大切にしている街」(2014.3.5)
第2通目 「創作がはかどる環境とは」(2014.9.29)


たなか鮎子

たなか鮎子

たなかあゆこ 絵本作家、銅版画家 1972年福岡県福岡市生まれ、宮城県仙台市育ち、東京都在住(2013年よりロンドンへ)。 福島大学経済学部、東京デザイナー学院グラフィックデザイン科卒業。ロンドン芸術大学チェルシー校大学院修了。デザイン会社勤務を経て、個展を中心に活動中。2000年ボローニャ国際児童図書展の絵本原画展入選。JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)会員おもな絵本に『かいぶつトロルのまほうのおしろ』、『フィオーラとふこうのまじょ』など。書籍装画に『1リットルの涙』『数学ガール』など。2013年より、世界中の人に作品を届けるため活動拠点をロンドンへ。2016年現在ベルリン在住。 たなか鮎子公式サイト ayukotanaka.com 公式ブログ ayukotanaka.com/blog/ アプリレーベル 「ピコグラフィカ」 picografika.com