快適な環境よりも、多少不具合のある場所で創作するのが好き
往復書簡 ロンドンでの挑戦と創作をめぐる対話
第2通目 創作がはかどる環境とは
鮎子さんへ ロンドン暮らしも慣れてきたでしょうか。 鮎子さんはたくましいのでどこでも描けると思いますが、アトリエでの制作環境で大切にしていることはありますか。環境や空間が作品や自分に与える影響について思ってることを教えてください。あと、ロンドン生活の写真もいろいろ見たいなぁ。 深井次郎(ORDINARY発行人)2014年9月20日 |
|
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
深井さん、こんにちは。
今年ももう9月の終わり、本当に時間の過ぎるのが早いです。
この春一度東京に戻り、これまで手つかずになっていたことをいろいろ整理しました。本や家具など家中のものを整理してコンパクトにし、イラストレーターとしての仕事を主人の会社に一本化して会計を整えたり。本や古い作品を処分したり、PDF化したり。新しい税理士さんと共に会計の切り直しをしたり、グラフィックデザイナー協会の会員になったりもしました。
ーーー
雑務に追われ、創作ができない焦りも
その後戻ったロンドンでも、しばらくは事務仕事の日々。ロンドンに行ったら即すべて本番、制作して交渉して…みたいな毎日をイメージしていたのですが、一年の3/4を終えて振り返ってみると、日本の出版社さんとやりとりしている仕事以外は、身の回りの整理に明け暮れた年だった…という印象です。
やっている間はずいぶんヤキモキし、焦りもしました。制作やプレゼンに時間を使いたい。ロンドンでは目と心を刺激するものがたくさん転がっていて、作品や物語の構想もモクモク湧いてくるのに、それを形にすることができない。一日が終わると、後悔で眠れなくなるくらいでした。
—-
ーーー
渡英を機に身の回りをシンプルにできた
でも、今考えてみると、人生の中で一度はやらなくちゃいけなかったタスクを終えたのかもしれないな、とも思います。26歳でデザイン会社に入ってからはずっと自分の仕事を立てることに精一杯で、後を振り返ることもありませんでしたし、家にはモノが増え放題。使わない画材や読まない本、何年も着ていない服、「立体作品作る時に使うかも」と持って来た怪しい石ころや木の枝まで(笑)、気がつけばたくさんのものに囲まれて生きていました。
それらが無駄なものかどうかは別として、今回の渡英を機に、すべてをシンプルかつコンパクトにしよう、今後も本当に必要と思うもの以外は持たないようにしよう、と思ったんです。いつ、どこに行きたくなってもすぐに出掛けて行けるように。そして、どこでもすぐに生活と仕事を始められるように。
ーーー
「頭を使う仕事」は家ではできない
昔から私は、あまりモノや場所にこだわる方ではありませんし、ひとところに落ち着ける性格でもありません。家ではダラダラしてしまって、着彩以外の作業が出来ないんです。お酒を飲むのが大好きなので、家=酒を飲む場所、というイメージになっちゃうのかも。
ちなみに、イラストレーターの仕事は、おおまかに言うとふたつのステップで成り立っています。ひとつは構想、資料探し、ラフ出し。もうひとつは着彩、仕上げの段階。
前者は頭を使う仕事です。私は、これを家ではできません。朝起きたら外に出る支度をして、Macbookと重い本をわざわざ持って、カフェやオフィスラウンジへ出掛けて行きます。多分、きちんと仕事をしている人たちの隣にいると、自分もやらなきゃ…と思うんでしょうね。社交は苦手ですが、なんとなく人間に囲まれているのは好きなんです。寂しい奴ですよね(笑)。
ーーー
ーーー
物語の世界に入りやすい場所は
環境が快適な方が良い作品ができるように思われるかもしれませんが、私に関していえば、必ずしもそうとは言えません。いずれ物語の世界に入り込んでしまうので、正直どこに居たって関係ないのかも。多少環境の粗悪な場所の方が、現実逃避するのに合っていたりするんでしょうか。
なので、オシャレなカフェよりちょっとがちゃがちゃしたチェーン店系のコーヒーショップの方が、今のところは居心地が良かったりします。そこそこ大きめのテーブルが確保できて、そこそこ静かで、数時間座っていられる場所ならどこでも大丈夫です。この点、ロンドンのカフェは東京より人もまばら、店員さんはまったく客に目もくれないので、環境としては理想的です。
ーーー
着彩になると部屋にこもります
もちろん、絵具で着彩する段階に入ると、外をフラフラしている訳にはいかなくなります。この時期は家に籠もって、ひたすら目の前の絵に色を入れて行きます。創造的というよりは、スポーツをしているような、頭が空っぽの状態で淡々と作業を進めます。
ただ、ここでも「自分の部屋」にはあまりこだわらず、最小限の場所作りで作業に入れるようにしています。旅先で仕事の原画を描くこともしばしば。そんな時はホテルの部屋で同じことをやります。水とテーブルさえあれば、大丈夫です。絵具箱や筆、色鉛筆はひとところにまとめてあるので、それをテーブルの上にざっと広げるだけ。
ーーー
ーーー
創作意欲を保つため動きつづける?
いつでもそうなんですが、あまり快適な環境よりも、多少不具合のある場所で創作するのが好きなのかもしれません。ずっと同じ場所で作業していると、創作に対する意欲まで落ち着いちゃいそうで。
でも、家のリフォームとかお庭の番組とか大好きで、見ていると「庭付き一戸建て」に住みたくなってくるので、そのうち考えがアッサリ変わるかもしれません(笑)。気に入った家に落ち着いて、少しずつ積み重ねて行くような生活、そんなのも素敵だなあ、と思うので。
ーーー
「世界は変わらない」と考えるロンドン
少し話が変わりますが、こちらにきてから、住環境が精神性に及ぼす影響の強さを感じることが多いです。
日本人の心の中には、必ずといっていいほど天災への強い意識がありますよね。それが、ロンドンでは皆無…とは言わないまでも、ほとんど無いんじゃないかな、という気がします。そこらじゅうの建物が、平気で築200年とか。ロンドンでは、「世界は変わらない」という前提の元にすべてが形作られているのかもしれないなあ、と。政治、哲学、街、建築物。ここではすべては「積み重ねられていくもの」なんだろうと。
もちろん震災の影響などもありますが、私たち日本人の中には、すべてのことは一瞬で変わる…「諸行無常」の強い意識がある。意識なんてもんじゃない、DNAに組み込まれているんじゃないかと思うくらい。やはり、足元の地面を信用できないっていうのは、強烈ですよね。そういう意味で、日本人の中にある人生観というか、哲学のルーツみたいなものが環境に大きく影響を受けていることを、しんみり感じたりする今日この頃です。
ーーー
ーーー
(次回をお楽しみに! 月イチ更新目標です)
連載バックナンバー
第1通目 「ロンドンは文字を大切にしている街」(2014.3.5)