もういちど帆船の森へ 【第34話】 教えない、暮らすように / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦自分が面白いと思ったのはなんなのかが少し見えてきました。ひとつは、目的から逆算しない、起こったことに対してその場で反応すること。もうひとつは、ある程度の時間を共有することで生まれる一度限りのコミュニケーション。自分が持っている知識や経験をシェアするのではなく一緒に新しい知識や経験を生み出す。そうい
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。  

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 第34話   教えない、暮らすように

                   TEXT :  田中 稔彦                      


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 ゴールから逆算するのが正解なの?

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数年前、若い頃から働いてきた舞台業界という狭い世界から少し視野を広げてみたいと願い、畑違いのジャンルの、でも興味を惹かれるイベントやワークショップに、折を見て顔を出すようになりました。刺激的な体験も多く、見聞が広まり、これまで知り合わなかったタイプの人とも知り合えて、とても楽しくて。

その一方で、たくさんのイベントやワークショップに参加しているうちに、テーマや内容と同じくらいその構成や構造が気になるようにもなってきました。当たり前のことですが、主催者は参加者に伝えたいことや起こしたい変化があって、そこから逆算して内容が構成されています。この逆算の構成がうまくワークしていて、そして参加者の着地地点が遠ければ遠いほど、いいイベントだと言えるのかもしれません。

3年ほど前に、自由大学で「みんなの航海術」という授業を行いました。2度、開講することができたのですが、自分が意図していた地点にたどり着けなかった感覚があって、その後開催を見合わせています。最近、また新しいテーマの授業を作ってみようかと思っているのですが、その過程で自分が何をやりたいのか、参加者にどこにたどり着いてもらいたいのかを、改めて考えています。

以前に、自由大学で人気の授業を持っている人にも「参加者が授業を受けてどう変わるかをイメージして授業を作るのがいい」とアドバイスされたことがありました。とてもうなづかされると同時に、なんとなくこの言葉を素直に受け入れることができなくて。

実のところ、前段で書いたような「逆算の構成がうまくワークしている」イベントやワークショップ、ぼくは「うまいな」とは感じても「感動」することが少なくなってきました。ぼくがイベントでやりたいことや求めるものと、世の中でよいとされているものにはズレがあるのでは?

「みんなの航海術」を企画した時点でもなんとなくの違和感を感じていたし、講義を運営するなかでも理想と現実のギャップに悩んでいました。当時は、それは自分のファシリテーション技術の問題や授業デザインの問題だと思っていましたが、ポイントはそこではないのではと感じるようになったのです。

 

 

 ふたつの航海からわかったこと

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3月の終わりから4月の初めの二週間、帆船みらいへにサポートスタッフとして乗船してきました。そのなかで全く違う構成のふたつの航海に関わってみて、自分がやりたいことが少し見えてきた気がするのでそのことについて書いてみたいと思います。

ひとつは一泊二日の短い航海。限られた時間のなかで、舵取り、海図、ロープワーク、マスト登りなどなど、様々なコンテンツが体験できるようにプログラムが組まれていました。おそらく、参加者にとっては想像を超え、帆船でしかできないことがたっぷりと詰め込まれた夢のような時間だったと思います。

もうひとつの航海は少し長い四泊五日。大まかな枠組みはあるものの、どこにいって何をするかはほとんど決めないままで航海をスタートしました。天候や風を見ながら行けそうな場所を探し、できそうなことをやる。それはクルーだけではなく参加者も同じで、プログラムの合間に自分がトライしたいことやりたいことを見つけて行く。

二日間の航海のゴールは「帆船を目一杯体験してもらうこと」。
では、五日間の航海の目的はなんだったのかというと、それはただ「航海すること」。
二日間の航海が「ゴールからの逆算の構成」だったとしたら、五日間の航海は参加者や自然条件のようなその場で起こることから次の行動を決めていくというルール。

二日間と五日間の航海で、船が提供したコンテンツはあまり違いがありません。同じようなことをより短い時間で(そして期間が短いので安い参加費用で)体験できるのならそのほうがいい、そう感じる人もいるのかもしれません。現実問題として、二日間なら参加できても五日間の航海は参加できないという人も大勢いるでしょう。

それでも、ぼくは同じような内容を五日間かけてやることに意味があると思うのです。「船側が提供するコンテンツを体験する」のではなく「一緒に航海する」へと参加者の意識が変わる。そのためには、単純に船である程度の時間を過ごすことが必要だと感じるからなのです。

 

田中稔彦

 

 費やした時間

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「帆船」という言葉から人がイメージするものはとても多彩です。冒険やロマンといった夢に溢れたものもありますし、危険や不便、船酔いみたいなネガティブな感覚も呼び覚まされます。陸の束縛から離れた「自由」を思い浮かべる人がいる一方で、規律や秩序を重んじる「不自由さ」を感じる人もたくさんいて。そして現実にはそのどちらも正しいのです。

スタッフとしてそしてゲストとして、ぼくはこれまでにいろいろなパターンの航海をしてきました。楽しく海を行くクルージングのような航海もありましたし、企業研修でチャレンジ精神やリーダーシップを育成するような航海のお手伝いもしました。

これまで経験した航海を思い起こしてみると、そのなかで自分が面白いと思ったのはなんなのかが少し見えてきました。

ひとつは、目的から逆算しない、起こったことに対してその場で反応すること。
もうひとつは、ある程度の時間を共有することで生まれる一度限りのコミュニケーション。

「みんなの航海術」開催当時にはそこまでハッキリと意識していなかったのですが、改めて自分がやりたかったことがわかってくると見えてきたこともあります。ぼくは「教える ⇔ 教えられる」という関係性ではなく「一緒に暮らす」ような時間を作りたんだなって。自分が持っている知識や経験をシェアするのではなく一緒に新しい知識や経験を生み出す。そういう場を作っていきたいのです。

「みんなの航海術」には、「長い航海で生まれるようなコミュニケーションを生み出す」という狙いがありました。ただこのポイントはどうにもうまくいかなくて。

当時それは、授業の構成やぼくの進行の問題だと思っていたのですが、サン=テグジュペリの「星の王子さま」のなかに「そのひとのために費やした時間がお互いを特別なものにする」という言葉があって。ある程度の時間を共有しないと生み出せないものもあるのかなと、この頃では思っていたりもします。

また時間とお金をかけて参加している人にとっては、どうしてもわかりやすいゴールを設定しないと満足度が下がってしまう部分もあります。「みんなの航海術」では、結局のところゴールが「帆船で航海すること」で終わってしまい、その先への道筋をつけられなかったことが心残りなのです。

ではイベントやワークショップで自分がやりたいことを実現するにはどうしたらいいのか。それはまだわかりません。そもそもそんなニーズがあるのかどうかも。それでも。

田中稔彦

 

 

 

(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です) =ー

 

田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
第12話 風が見えるようになるまでの話(2017.6.10)
第13話 海辺から海へ(2017.7.10)
第14話 船酔いと高山病(2017.8.10)
 
第15話 変わらなくてもいいじゃないか! (2017.9.10)  
第16話 冒険が多すぎる?(2017.10.10) 
第17話 凪の日には帆を畳んで(2017.11.10) 
第18話 人生なんて賭けなくても(2017.12.10) 
第19話 まだ吹いていない風(2018.1.10) 
第20話 ひとりではたどり着けない(2018.2.10) 
第21話 逃げ続けた(2018.3.10) 
第22話 海からやってくるもの(2018.4.10) 
第23話 ふたつの世界(2018.5.10) 
第24話 理解も共感もされなくても (2018.6.10) 
第25話 ロストテクノロジー(2018.7.10) 
第26話 あなたの帆船 (2018.8.10) 
第27話 15時間の航海(2018.9.10) 
第28話 その先を探す航海(2018.10.10) 
第29話 過程を旅する(2018.11.10) 
第30話 前に進むためには(2018.12.10) 
第31話 さぼらない(2019.1.10) 
第32話 語学留学とセイルトレーニングは似ている?(2019.2.10) 
第33話 問われる想い(2019.3.10)

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
TOOLS 32  旅でその地を味わう方法(2015.2.09)
TOOLS 35  本当の暗闇を愉しむ方法(2015.3.09)
TOOLS 39 
 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
TOOLS 42  荒波でコンディションを保つ方法
(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
TOOLS 49  知ること体感すること(2015.7.13)
TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)
 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう

 

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。