もういちど帆船の森へ 【第32話】 語学留学とセイルトレーニングは似ている? / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦もう一生会わないかもしれない人。二度と連絡を取ることもないかもしれない人。でも、もしももう一度会うことがあったら、どんなに時間が経っていても一緒に過ごしていたときと同じように楽しく過ごすことができる人。確かに、友だちと呼ぶのはちょっと違う。じゃあ、そんな大切な人たちのことをなんて呼べばいいんだろう?
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。  

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 第32話   語学留学とセイルトレーニングは似ている?

                   TEXT :  田中 稔彦                      


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「もう一生会うことはないかもしれない、連絡をとることもないかもしれない友だちがたくさんいます」

そう話したら、

「そういうのって友だちって言わないんじゃない?」

って言われました。

確かにそうかもしれません。世の中の多くの人にとって、一緒に遊びに行ったり、いろんなことを話したりするのが友だちなんだろうって。

それは友だちではないのかもしれません。
でも、とても大切ななにか。

 

 

 シンプルな時間

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フィリピン、セブ島での一ヶ月の語学留学から帰ってきました。正直なところ、行くまではかなり不安でした。英語がほとんどできないのにマンツーマンレッスンの授業についていけるのだろうかとか、現地での生活に馴染めるんだろうかとか。けれど終わってみれば、とても刺激的で楽しい一ヶ月を過ごすことができました。

レッスンのある平日は、マンツーマンの授業と授業の予習復習だけで時間が過ぎていきました。住んでいたのは学校と同じ建物内の寮で、食事も3食提供されていました。部屋の掃除や洗濯もぜんぶ寮で対応してくれていたので、寮から外に出なくても生活にはなんの支障もありません。ストイックと言えばストイックだし、やろうとしていること以外には一切エネルギーを使わなくていいので、とても楽な環境とも言えます。

実際には日本にいても、安い値段でネイテイブの講師のレッスンを受けられるところや、オンラインで海外の講師のレッスンを受けられるサービスも増えていて、英語の勉強をできる環境は整ってきています。

またセブ島での語学留学は一時期はかなり値段が安かったのですが、ここ数年ブームになり学校が増え、そのせいで講師の確保にコストが係るようになったりもして、一時期ほどの値段面でのメリットはなくなってきています。

ただ、ぼくは性格的にコツコツ勉強するのが得意ではなくて、短期間にただそれだけに打ち込める環境じゃないと続けられない。そう思ったので、現地に滞在することを選びました。
そういう意味でも、勉強するしかすることのない環境はぼくにとっては理想的と言えました。

表に出るのは週に2回ほど、近所のコンビニかスーパーにシャンプーやティッシュペーパーみたいな日用品やお菓子を買いに行くくらい。それ以外は自習室か寮の部屋で過ごす。時間になると教室で授業を受け、その復習と次の日の予習を繰り返す。そんな日々を過ごしていたある日、ふと思ったのです。なんか帆船で航海しているのと似てるなって。

陸を離れて海を航海する「帆船での暮らし」と「南国での語学留学」。自分はいったいそのどこを似てるって感じたのか。それは、「目的がとてもシンプル」なこと。

長い航海で海にいるときのぼくらの興味は、風の向きや天候。船がどのくらい進んでいるのか。ただそれだけ。目が覚めると、チャートをのぞいて船の位置をチェック。風が変われば、船を走らせるためにセイルを調整。天気のいい日にはペンキを塗り、遠くに雨雲を見つけると雨具を準備する。時化に立ち向かうときには、荷物を片付けてロッカーにぶち込み、船が揺れて動いたり落っこちたりしそうなものは縛り付けたり、しまいこんだり。生活の全てが、ただ航海するためだけにフォーカスされている、そんな暮らし。

セブでの暮らしも、それと少し雰囲気が似ていて。授業の内容や予習の進め方の情報交換。それぞれの講師のやり方とか性格。授業を有効に進めるには、予習以外にどんな準備をしていけばいいのか。テストのためにどんな準備をして、そして点数がどのくらい伸びたか。ぼくたちの会話のほとんどは、そんな話題でした。「そのことだけを考えているとてもシンプルな時間」。だから、帆船での暮らしと似ている、そんなふうに感じたのです。

 

 

 自分を投げ出すようにして

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もうひとつ似ていると思ったのは、仲間との関係。

帆船の長い航海に乗ってくるひとって、ちょっとどこかおかしい(笑) 海が好き、船が好き、ヨットが好き、帆船が好き、というのと、実際に帆船に乗って、一週間とか10日間とか2週間の航海を体験してみたい、の間にはかなり深くて広い溝があるとぼくは思っています。
実際に航海に乗り出してみたい。そう思い実行するまでには、ひとそれぞれのキッカケや思いが必ずある。そうじゃないと、帆船での航海なんてリスキーな旅にチャレンジできないんじゃないかって。

そしてもうひとつ、普通の旅行と違って、航海でなにが得られるのかがわかっていないこと。セイルトレーニングの参加者に、船の暮らしや航海についてよく知っている人なんてほとんどいません。払った参加費に対して、一定レベルのサービスやリターンがあるかどうか、そんなことは少しもわかりません。もちろん、素晴らしい体験ができるかもしれませんし、それを期待して参加しているのは確かです。

ただ、その時の天気や海況によっては必ずしもこれまでと同じことが体験できるとは限りません。最悪の場合、航海の間ずっと天気が悪いこともあるでしょうし、出港できなくて何日間かを棒に振ることだってあるのです。不確実で未知なものに、自分自身を投げ出す。セイルトレーニングに参加するのは、どこか賭けに似ているのかもしれません。

語学留学に来ている人たちにも、似たところがあります。もちろん、目的はみんな一緒。だけど、英語を勉強しようと思った動機は、人それぞれ。同じ日に入学した同期で、仲の良かった人たちが8人ほどいます。20代前半の大学生からアラフォーの会社員まで、年齢も立場も様々。そんなメンバーがただ英語を学ぶことという一点だけでつながっている、そのシンプルさ。

そしてまた誰しもが不安を抱えてやってきていたこと、それを抱えたまま未知の環境に飛び込んできたこと。時間やお金を掛けただけの成果を手に入れることができるのか。普段とは違う環境でうまく暮らしていくことはできるのだろうか。不確定で未知な要素がたくさんあったにもかかわらず、来ることを選んだ人たち。

そんなところが、ぼくには帆船で出会った人たちとなんだかとても近しいように感じられて。

 

 

 友だちとは違うなにか

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もともと、友だちを作るのがあまりうまくありません。というか、多分、世の中で普通に言われているような友だちはあまり必要ないって思っているのかもしれません。

日々のなんでもない時間を、なんでもなく一緒に過ごしてくれる人。そして逆に、非日常な時間に出会った人たちを、どこか特別に感じてしまうのかもしれません。友だちとは違うなにか。なんて呼べばいいのだろう。

「セイルトレーニングってどういうもの?」

その質問にどう答えればいいのか、これまでもぼくはずっと考えてきていました。よく言われているのはこんな感じ。

「航海のなかでの集団行動、共同生活を通じて、決断力や責任感、協調性やコミュニケーション能力を養う人間教育プログラム」

確かに、間違ってないんだけどそれだけじゃない。ぼくはずっとそう感じていました。それだけだと、とても大事な何かが抜け落ちている。だからぼくは、これまでもずっとよりしっくりくる言葉を探していたし、その言葉が見つかればよりたくさんの人にセイルトレーニングに興味を持ってもらえるようになる、そう思っていました。

これまで考えてきたひとつは「非日常で視点が変わる旅」だと。それもまだどこかしっくり来ていないのですが。

そして語学留学のなかで考えたこと、それは

「未知なるものに自分を投げ出す」なかで「シンプルな目的に力を合わせる」こと。

まだなにか違う気はしますが、ひとつはっきりしたのは、ぼくが好きなのはそういう体験なんだということ。「支払ったコストに見合うだけのサービスや対価を受け取る」という当たり前の考え方から程遠い場所。それが多分、ぼくにとってのワクワクする場所なのでしょう。

ぼくが書いているブログのタイトルは「海と劇場、ときどき本棚」で、ぼくが好きなものを上からみっつ順番に並べただけ。ずっとバラバラで共通点がないと思っていたけど、そんなこともないんだと思うようになりました。

どれもこれも、未知なるものに自分を投げ出す瞬間から始まる。そしてその過程のなかで、誰かとただ一点を目指して力を合わせる瞬間が生まれる。

そんな場所で出会う人たちとは、必ずしも気が合うわけでも趣味が合うわけではないけれど、それでも同じ時間と空間を共有した、その一点だけどこの世界の誰とも違うなにかに変わる。

もう一生会わないかもしれない人。
二度と連絡を取ることもないかもしれない人。
でも、もしももう一度会うことがあったら、どんなに時間が経っていても一緒に過ごしていたときと同じように楽しく過ごすことができる人。

確かに、友だちと呼ぶのはちょっと違う。
じゃあ、そんな大切な人たちのことをなんて呼べばいいんだろう?

田中稔彦 セブ島語学留学

 

 

(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です) =ー

 

田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
第12話 風が見えるようになるまでの話(2017.6.10)
第13話 海辺から海へ(2017.7.10)
第14話 船酔いと高山病(2017.8.10)
 
第15話 変わらなくてもいいじゃないか! (2017.9.10)  
第16話 冒険が多すぎる?(2017.10.10) 
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第18話 人生なんて賭けなくても(2017.12.10) 
第19話 まだ吹いていない風(2018.1.10) 
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第23話 ふたつの世界(2018.5.10) 
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第25話 ロストテクノロジー(2018.7.10) 
第26話 あなたの帆船 (2018.8.10) 
第27話 15時間の航海(2018.9.10) 
第28話 その先を探す航海(2018.10.10) 
第29話 過程を旅する(2018.11.10) 
第30話 前に進むためには(2018.12.10) 
第31話 さぼらない(2019.1.10) 

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
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(2015.6.15)
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自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう

 

 


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。舞台照明家。帆船乗り。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。