もういちど帆船の森へ 【第30話】 前に進むためには / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦何年もくすぶっていた「インストラクターをやりたい」という想いは、キレイに昇華されました。「インストラクターをやること」は自分の内側でそこそこ大きな引っ掛かりだったみたい。気づけただけでも、あがいてきた意味はあったような気がします。就活についてのエッセイを読み返すとそんな想いを「忘れ物を取り返す」という表現
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。  

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 第30話   前に進むためには

                   TEXT :  田中 稔彦                      

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航海で手に入れたかったこと

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11月3-4日、帆船みらいへを借り切って一泊二日の航海を企画しました。

学校や企業などが船を貸切って航海することはよくあります。今回は、航海中の進行や細かいスケジュールなども(もちろん船と相談しながら)主催のこちら側でやらせていただきました。

これは多分、少し珍しいケースだと思います。通常の貸し切り航海でも、主催側の意図に沿ったプログラム運営をリクエストされることは普通にあります。ただし、運用まで全面的に主催側で行うことは少ないです。

職場や趣味のサークルの運営を想像していただければわかると思いますが、グループやチームを運営していくにはそれぞれ独自のやり方があります。またメンバーそれぞれの仕事の進め方や性格なども、ひとそれぞれ。外部の人間がいきなり入ってきてプロジェクトを回していくのは、それほど簡単ではありません。

ましてや「船」というのは、少し変わった場なのです。宿泊のある航海にでるということは、クルーも船内に宿泊しているということ。船は職場であると同時に居住空間。自室から一歩出た瞬間から仕事場なのです。しかも航海士、エンジニア、司厨長(料理人)など立場によって勤務時間も変わります。そういう特殊な職場環境も分かっていないとスムーズにプログラムを進行することはできません。

難しいことはわかっていました。でも、当日の進行を船のクルーに任せることは考えませんでした。

やりたかったから。

そもそも、この航海を企画した理由のひとつはそれだったのです。
これまでずっとやってみたかった、航海のインストラクターをやるため。
単純に、そういうこと。

 

 

 インストラクターというお仕事

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20年くらい前から、帆船に乗り始めました。最初はゲストとして。そして何度か乗るうちに、いつしか2隻の船にボランティアクルーとして関わるようになりました。航海中に主にやっていたのは、インストラクターという航海の進行を努めるクルーのサポート。

帆船での航海が面白いのは、メンバーが変わると雰囲気がガラッと変わること。もちろん、ゲストは毎航海変わるのですが、クルーも入れ替わることがあります。それによっても船の雰囲気は変わります。そのなかでも大きな影響を持っているのが、ゲストと直接接してプログラムの進行を考えていくインストラクター。インストラクターそれぞれのプログラムの進め方やゲストとの関わり方で、航海は全く違った様子になります。

前にも少し書きましたが、船はそれぞれちがったカルチャーを持っています。元々の雰囲気が違う2隻の違う船で(それと何度か乗りに行った海外の船で)、やり方の違う何人ものインストラクターを見てきました。そのうちに、「インストラクターとして航海に関わりたい」、そんな気持ちがぼくのなかに生まれてきたのです。

けれど、ボランティアクルーとはいえ、あくまで外部の人間。結果に対して責任を持つことはできません。一日のなかのあるプログラムを任せてもらったことは何度かありますが、航海をまるごと作ることはこれまでできなかったのです。

 

 

 

 前に進むために

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たった一度だけ、インストラクターとして帆船に乗るチャンスはありました。2013年、帆船「みらいへ」が事業を開始するにあたって、専任のインストラクターを募集したのです。海技士や機関士といった「船員としての資格は不問」という、とてもめずらしい条件でした。

応募したのですが、不採用。

ただ、その経験を通して思ったこともいろいろありました。一年半くらい前のエッセイで、そのことについて書いています。

結局のところ、「インストラクターをやりたい気持ち」はあっても、「船で働きたい気持ち」はそれほどなかったのです。

じゃあ、どうすればやりたいことが実現できるのか。考えてでた答えが

「自分で船を借り切って、自分の責任でやればいい」

だったのです。

それからずっと、機会を探していました。2015年の夏にも、一度船を借りようと思ったのですが、この時はスケジュールが合わず。ただ、航海はできませんでしたが、動かない船のデッキでイベントを企画しました。

具体的に考えると、やはりハードルは高くて。やるからにはゲストも集めたいし。できれば「これまで船と出会うことのなかった人たちに航海を体験してもらいたい」とも思っていて。

3年間かけて、いろんなところで話をしたり、情報を発信したり。そして「そろそろできるんじゃないか」と自分のなかの潮が満ちたタイミングで実行してみました。

結果は、大満足。

自分のなかで何年もくすぶっていた「インストラクターをやりたい」という想いは、キレイに昇華されました。普段、あまり意識することもなかったのですが、「インストラクターをやること」は自分の内側でそこそこ大きな引っ掛かりだったみたいです。

そのことに気づけただけでも、あがいてきた意味はあったような気がします。就活についてのエッセイを読み返すとそんな想いを「忘れ物を取り返す」という表現をしていました。

ちゃんと取り戻せた気がします。
やっとスッキリした気持ちで次に進めそう。

やりたいことには、チャレンジすればいいのです。
けれど、正攻法ではたどり着けないことも。
それでも道はあります。きっと。

時には諦めることも大切です。
でも、あがくことで見えることもあります。
大切なのは、自分の気持を見極めること。

手に入れてもいいし、捨ててもいい。
力強く次の一歩を踏み出せるようになったなら、それでいいのです。

田中稔彦の帆船エッセイ

(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です) =ー

 

田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

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第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
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第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
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第24話 理解も共感もされなくても (2018.6.10) 
第25話 ロストテクノロジー(2018.7.10) 
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第29話 過程を旅する(2018.11.10) 

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
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自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう

 

 


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。舞台照明家。帆船乗り。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。