もういちど帆船の森へ 【第28話】 その先を探す航海 / 田中稔彦

もういちど帆船の森へ 田中稔彦ひとつの船にたまたま乗り合って、航海にでる。そこからしか生まれない、たった一度の航海を作ること。長い航海で、ときたま生まれる小さな奇跡。それが、ぼくが考える「最高の航海」です。ただ、一泊二日という時間はほんとうに短くて。でも、そろそろ一度試してみたい。そう思って勇気を振り絞って航海「海と物語」を企画して
連載「もういちど帆船(はんせん)の森へ」とは  【毎月10日更新】
ずっとやりたいように生きてきたけど、いちばんやりたいことってなんだろう? 震災をきっかけにそんなことが気になって、40歳を過ぎてから遅すぎる自分探しに旅立った田中稔彦さん。いろんな人と出会い、いろんなことを学び、心の奥底に見つけたのは15年前に見たある景色でした。事業計画書の数字をひねくり回しても絶対に成立しないプロジェクトだけど、もういちど夢のために走り出す。誰もが自由に海を行くための帆船を手に入れて、帆船に乗ることが当たり前の未来を作る。この連載は帆船をめぐる現在進行形の無謀なチャレンジの航海日誌です。  

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 第28話   その先を探す航海

                   TEXT :  田中 稔彦                      

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 一泊二日じゃ短すぎる

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一ヶ月ほど先の話しですが、11月3日から一泊二日で、帆船「みらいへ」を借り切って一泊二日の航海を企画しました。

海と物語#001 「21世紀の帆船で、時を巻き戻す航海」

今回はそれについての思いなどを、書いてみたいと思います。

今回使用する「みらいへ」は2012年までは「あこがれ」という名前で、1997年から15年間、ぼくはボランティアクルーとしてプログラムの運営を手伝っていました。

「あこがれ」はセイルトレーニングというプログラムを行っていました。体験学習、野外学習の一種で、帆船での体験航海から、リーダーシップやチームワーク、自立した強い人間を育てるという内容でした。元々はヨーロッパ発祥のプログラム。ヨーロッパや北米、オセアニアでは比較的多くの人に知られるプログラムなのですが、日本では文化や歴史の違いからかあまり定着しませんでした。

セイルトレーニングの効果が出てくるには、そして参加者が航海を楽しみ海で暮らす人として意識が変わってくるには、一週間程度は必要だと思っていました。ぼくが初めて船に乗ったのも5泊6日。船で暮らし、海で生きる。その感覚を体感することがセイルトレーニングのスタート地点なのです。

ぼくが手伝っていた当時も、年に数回は一週間を越える長い航海が企画されていました。けれど、乗船者数は多くはありませんでした。その一方で、週末の一泊二日の航海には多くのゲストが参加してくれていました。乗船率でも乗船者数でも、そして航海の回数でも、一泊二日が圧倒的に多かったのです。

参加者の中には「もっと長い航海に乗ってみたくなった」と話してくれた人もいました。けれど、実際に長い航海にやってきた人はほとんどいませんでした。一週間の休暇をとることは、今の日本の働き方や暮らし方からは難しいのです。

当時は(そして今でも)、できれば長い航海にチャレンジして欲しいのが本音でした。そのころのぼくは、一泊二日の航海がキライでした。
一泊二日という時間はなにもかも中途半端。海の素敵なことも見てもらうことができない。参加者同士が話しをしてお互いを知る時間もない。セイルトレーニングのいいところをなにも伝えられない、と。

陸から離れて、360°見渡す限り海しか見えない非日常の空間。
外洋の波と風、自然の力。
海を赤く染める夕焼けの色や月光の冴えた明るさ。
ただ航海することだけを考えていられる贅沢な日々。
初めの人とゆっくりと知りあっていく時間。

長い航海でしか経験できないことは、たくさんあります。
だから昔は、短い航海にしか乗ってもらえないことを、ただ残念に思っていました。

 

 

 

 

 主力商品のリニューアル

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その後、諸般の事情で「あこがれ」は事業を終了。別の団体へと売却され「みらいへ」と名前を変えました。

ほぼ同じ時期、ぼくは理由のはっきりしない息苦しやさ苛立ちを感じ続け、一旦立ち止まるために半年間の休業に踏み切りました。一切の仕事を断って、それまでの人生では行かない場所、学ばなかったこと、出会わなかった人と繋がろうと、いろいろなところにでかけたりしたのです。

その半年間はとても刺激的で。ぼく自身の視点もリフレッシュできました。帆船とそのプログラムも違う視点から眺めてみることが増えました。実のところ、15年間という時間のなかで、世の中の雰囲気が変わっていると感じていました。そして、事業として提供している体験航海プログラムそのもののあり方にも、疑問を感じ始めたのです。

「組織や枠組みの中で力を発揮できる人」から、より「個としてのクリエイティビティーが高い人」へと、社会が求める能力も変わりつつあり、そしていま行われているプログラムはその変化に対応できていないのではないか、そう思ったのです。

これはぼく自身の慣れや、チャレンジする気持ちのなさでもあったと思います。実際に航海しながらプログラムの運営をサポートする立場でありながら、うまくワークしていないと感じながらも、根本の部分を変えることには考えがいたらなかったのです。細部をチマチマの改善することばかりを考えて、本質的な問題から目をつぶっていたのでした。

言い訳をすると、それは愛情もあったのかもしれません。ぼくは「あこがれ」という船で海と出会い、その体験航海プログラムで人生観を大きく揺さぶられたのですから。

とはいえ、現実に問題点のあるプログラムを変える勇気がなかったのは事実です。
何を変えればいいのか? 変えることができるのか?

そのなかで考えるようになったひとつが
「最高の一泊二日のプログラムとはなにか?」でした。

企画された航海の中で回数も参加者も多い「一泊二日の航海」を、もっといいものにする。
実際に多くの人が参加できるのがその期間だから、企画しても乗ってもらえない長い航海ではなく、一泊二日のプログラムを新しくする。
簡単に言うと主力商品のリニューアル。

これは実際に帆船「あこがれ」のスタッフミーティングでも提案して、詳しいレポートにして出すように当時の船長から言われました。けれどタイミングの問題もあって、レポートを提出する前に「あこがれ」は事業を終了しました。

 

 

 最高の一泊二日を目指して

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「最高の一泊二日」について、それからもずっと考えてきました。
限られた時間と条件のなかで、何をゲストに体験してしてもらえばいいのか?
ここ数年、頭にあったのはずっとそのことでした。

最初の頃に考えていたのは、とにかく「帆船でしかできない体験」を詰め込むことでした。セイルトレーニングは、船員養成プログラムからスタートしています。なので、職業船員としてのメンタリティーを育てるには必要でも、「普通の人に体験してもらうにはあまり効果的ではない」と感じる内容もありました。そういう内容は省いて、来た人がみんなお腹いっぱいになるまで、船での暮らしを体験してもらう。そんなことでした。

いまではかなり、考え方は変わってきています。ただ伝えたり教えるのではなくて、参加者自らが、海で暮らすことに興味を持つようになる。セイルトレーニングでは「参加者が自分たちで船を動かす」というのがひとつの目標になっています。

舵をとり、帆を張って。
確かにそれは素晴らしい体験です。
でも、それだけじゃなくて。

21世紀に日本でセイルトレーニングが生き残るには、「その先」を見つけなくてはならないとずっと思っていました。
ここ数年やってきた体験航海やイベントの企画。
そして自由大学での授業。
どれも根っこには「その先」、「最高の一泊二日」がありました。

ひとつの船にたまたま乗り合って、航海にでる。
そこからしか生まれない、たった一度の航海を作ること。
長い航海で、ときたま生まれる小さな奇跡。
それが、ぼくが考える「最高の航海」です。

ただ、一泊二日という時間はほんとうに短くて。船のことも、海のことも、そして一緒に航海する仲間のことも、十分に知るためには時間が足りなさすぎるのです。そこをどう乗り越えれば、ぼくが思う最高の航海になるのか。正直、まだ自信はありません。

でも、そろそろ一度試してみたい。
そう思って勇気を振り絞って航海を企画してみました。

今回の航海では、まず「知る」ことを大切にしようと考えました。
「みらいへ」という船を。
海で暮らすとはどういうことなのかを。
そして、初めて出会う参加者同士や船のクルーがお互いを。
単純な海へのロマンやあこがれだけではなく、海で生きること、海を楽しむことってなんだろう。
そこから好奇心が芽生え、会話が生まれ、視点が変わる。
そんな体験を、みなさんにしてもらいたいと思っています。

当日のプログラムは、すべてをキッチリと組み立てているわけではありません。というか、決まったプログラムを実行するだけではなくて、航海するなかで参加者の中から知りたいことややりたいことが生まれて、プログラムも変わっていく。

そんな余白から生まれる航海。

「最高の一泊二日」を、一緒に作ってみませんか?

 

 

 

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(次回もお楽しみに。毎月10日更新予定です) =ー

 

田中稔彦さんへの感想をお待ちしています 編集部まで

 

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連載バックナンバー

第1話 人生で最高の瞬間(2016.7.10)
第2話 偶然に出会った言葉(2016.8.10)
第3話 ぼくが「帆船」にこだわりつづける理由(2016.9.10)
第4話 マザーシップが競売にかけられてしまった(2016.10.10)
第5話 帆船の「ロマン」と「事業」(2016.11.10)
第6話 何もなくて、時間もかかる(2016.12.10)
第7話 夢見るのではなくて(2017.1.10)
第8話 クルーは何もしません!?(2017.2.10)
第9話 小さいから自由(2017.3.10)
第10話 就活に失敗しました(2017.4.10)
第11話 コミュ障のためのコミュニケーション修行(2017.5.10)
第12話 風が見えるようになるまでの話(2017.6.10)
第13話 海辺から海へ(2017.7.10)
第14話 船酔いと高山病(2017.8.10)
 
第15話 変わらなくてもいいじゃないか! (2017.9.10)  
第16話 冒険が多すぎる?(2017.10.10) 
第17話 凪の日には帆を畳んで(2017.11.10) 
第18話 人生なんて賭けなくても(2017.12.10) 
第19話 まだ吹いていない風(2018.1.10) 
第20話 ひとりではたどり着けない(2018.2.10) 
第21話 逃げ続けた(2018.3.10) 
第22話 海からやってくるもの(2018.4.10) 
第23話 ふたつの世界(2018.5.10) 
第24話 理解も共感もされなくても (2018.6.10) 
第25話 ロストテクノロジー(2018.7.10) 
第26話 あなたの帆船 (2018.8.10) 
第27話 15時間の航海(2018.9.10) 

 過去の田中稔彦さんの帆船エッセイ 

TOOLS 11  帆船のはじめ方(2014.5.12)
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 愛する伝統文化を守る方法(2015.4.11)
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(2015.5.15)
TOOLS 46  海の上でシャワーを浴びるには
(2015.6.15)
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TOOLS 51  好きな仕事をキライにならない方法(2015.8.10)
 

田中稔彦さんが教授の帆船講義

自由大学の講義「みんなの航海術
帆船に乗ってまだ知らない個性とチームプレーを引き出そう

 

 


田中 稔彦

田中 稔彦

たなかとしひこ。舞台照明家。帆船乗り。29歳の時にたまたま出会った「帆船の体験航海」プログラム。寒い真冬の海を大阪から鹿児島まで自分たちで船を動かす一週間の航海を体験。海や船には全く興味がなかったのになぜか心に深く刺さり「あこがれ」「海星」という二隻の帆船にボランティアクルーとして関わるようになる。帆船での航海距離は地球を二周分に。 2000年には大西洋横断帆船レース、2002年には韓国帆船レースにも参加。 2001年、大西洋レースの航海記「帆船の森にたどりつくまで」で第五回海洋文学大賞を受賞。 2014年から「海図を背負った旅人」という名前で活動中。