主婦の自費出版本など、いきなり飛び込みで持って来られても、というのが現実なのだろう。けれど、そんな飛び込み営業の日々の中でも、ちゃんと話を聞いてくれる人とくれない人がいることを知ったのは、面白い経験だった。「はぁ、何言ってんの? 」的な雰囲気を醸し出し、作業を続けたまま話を聞く人もいれば、渡した本を読んで下さり「冬が来るたびにこの本を開くと
連載 「 ひとつの星座 」 とは 【毎月25日公開】
母になっても夢を追うことはできるのでしょうか。諸星久美さんが約15年前、27歳で母になると同時期に芽生えた夢。それは「物語を書いて多くの人に読んでほしい」という夢でした。とはいえ、3児の子育てあり、仕事あり、書く経験なしの現実。彼女は、家事や育児、仕事の合間をぬって、どのように書いてきたのでしょう。書くことを通じて出会ってきた方たちや、家族との暮らし、思うようにいかない時期の過ごし方など、記憶をなぞるように、ゆっくりとたどっていきます。42歳の現在、ようやく新人小説家としてスタートラインに立ったママが、本を出版するまでの話。
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第5話 自費出版から営業へ。数年後への種まきシーズン。2012-2013年
TEXT : 諸星 久美
本ができればそれでいいの?
これからは、できることは何でもやってみる。
そう意気込んで、2年規約のPTA副会長を受け、10年ぶりに勤めに出てみたものの、はじめは、PTAの仕事量や、コミュニティの中で生じる軋轢を目の当たりにして疲れることが多かった。けれど、役員も2年目になって余裕も生まれてきた頃、私は、数年前に踏み切れずにいた自費出版本の制作を始めた。とにもかくにも、本が出来上がっていく過程を見てみたかったし、自分の文章を「本」という形で追ってみたかったし、その「本」を手にとってくれた方の反応も知りたかった。
「以前お話をいただいた出版社よりも費用が安い」という理由で、日本文学館という出版社から、40枚×3編(原稿用紙換算枚数120枚までという契約)の『Snowdome』という小説を出したのは、2013年の4月。内容は、喫茶店の窓辺に置かれたスノードームの中の小さなサンタが、ある条件をクリアした3人のお客との会話の中で、彼らの悩みを紐解いていくというファンタジー。サンタをお姉口調のキャラクターに設定したことで、書いている間も楽しく、編集者から戻ってきた原稿を直しながら、自分だけでは見落としてしまう指摘に、ふむふむ、なるほどと感心しながら作業を進めることができたことは、やはり楽しい体験だった。
出来上がった書籍が手元に届いた時は、感慨深いものがあった。けれど、感慨が得られたからと言って、数十万の費用を投資しての試みである以上、「本ができました、はい終わり」というような自己満足で終わるわけにはいかない。とは言え、無名の主婦が自費出版で出した本を手に取ってくれるのは、家族や友人くらい、というのが関の山。
そこで私は頭を巡らせ、どうにか手に取ってもらえる場所を模索し始めた。
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本を持っての飛び込み営業
まずは、職場である地元のダイニングバー「Baobab」のマスターがレジ横に本を置いてくれ、ついで、同じ街にある、数年後大切なご縁へと繋がっていくお店、「Café Gallery Conversion」さんも置いてくださった。
しかし、以降は断られ続けて意気消沈。
まあ、今になって思えば、主婦の自費出版本など、いきなり飛び込みで持って来られても…… というのが現実なのだろう。けれど、そんな飛び込み営業の日々の中でも、ちゃんと話を聞いてくれる人とそうでない人がいることを知ったのは、面白い経験だった。「はぁ、何言ってんの? 」的な雰囲気を醸し出し、作業を続けたまま話を聞く人もいれば、渡した本を読んで下さり、
「お店で販売することはできないけれど、好きな物語だったので、私は冬が来るたびにこの本を開くと思います」
という心ある返事を下さったカフェのオーナーさん(実際、今年も店内に飾ってくれていました)もいたのだから、人を見る、人を知る、という経験としてはなかなか興味深い時間だったように思う。
また、『Snowdome』という共通項を探って、世田谷ものづくり学校内にあるスノードーム美術館を訪れた際は、スタッフの方々がしっかりと話に耳を傾け、すぐに出版社に注文をかけ、美術館に陳列してくださった時は本当にありがたかった。
またこの頃は、少しずつ夜も外へ出られるようになっていたことで、イベントで作家さんや、様々な業界で活躍されている方々の話を聞く機会を持つことが愉しくなっていた時期でもあった。代官山蔦屋さんや、下北沢の本屋B&Bさんに足を運び、冬に開催された東京国際文芸フェスティバルのイベントにも幾つか参加した(この文芸フェスの参加も、後に素敵なご縁に繋がる)。
そして、その年の8月の終わり。荻窪の6次元さんで開催されたイベント、インディーズ文芸創作誌『Witchenkare』の半開き編集会議に参加した。このイベントは『Witchenkare』発行人の、フリーライターであり、幾つものノベライズ本を手がけてらっしゃる多田洋一さんと、体験作家の中野純さんと、フリー編集者で文筆家の中俣暁生さんの公開編集会議を観覧するというもの。私は、イベント終了後に、皆さんに挨拶をしながら、作家を目指していることを伝え、多田さんに『Snowdome』を渡して店を後にした。
家族が運んでくるもの
6次元でのイベントに参加した翌月から、「バスケットボールの強豪校に中学受験したい」と願いでてきた長男のバックアップのため、私は地元の公立保育園に勤め始めた。久しぶりのフルタイム。その年3歳になる2歳児クラスの子どもたちは可愛く、仕事へ向かうのが楽しくもあったけれど、帰宅後の家事にピアノ練習も加わり、あっという間に書く時間が持てなくなっていった。
そんな折、息子の通うミニバスチームで問題が浮上する。コーチである夫への指導法に、一部の親が意義を唱えてきたのだ。徒競走を皆で手をつないでゴールさせたい保護者がいるように、スポーツの世界でも、年功序列や平等を重視する保護者がいる。そしてその保護者の前に、目に見えるファイトや、その子の持つ力で勝負させたいと考える指導者がいれば、軋轢が生じる……というのがざっくりとした内容。
幼稚園の体育指導員である夫も、幼児教育の場にいた私も、そのようなことは多く目にしてきていたはずなのに、仕事での疲労に加え、書く時間を持てないストレスを抱えていた私は、うまくかわすことができなかった。バスケの練習や試合に足を運べなくなり、家では涙を見せてしまう日が増えた。そんな私の姿に、夫と長男がチームからの離脱を検討する中、次男だけは、「やめたくない」ときっぱり言い切った。涙をいっぱいにためながら、家族の意見に流されずに、自分の気持ちを外に出した10歳の次男の言葉に、私は目を覚まさせてもらったように思う。危うく、私自身の未熟さや、大人が生み出した問題の中に、子どもをのみ込んでしまうところだったと気づかされたのだ。
意義を唱える保護者もいれば、「私も子どもも、コーチに感謝してるよ」と声を掛けてくださる保護者や、噂話に加わらずに、黙って傍にいてくれた保護者もいた。「その行いは間違っている」と、意義を唱えた保護者に言葉を向けてくれた方がいたことも、後に知った。
人の数だけ、家族の数だけ、子どもを想う心の在り方や、大切にしていることは違う。だから絡み合う。絡み合ってこじれる。形はどうあれ、皆、子を思ったうえでの行動であることも分かる。けれど、子どものためと信じて行動することの中に、自分の歪んだ感情が多く紛れ込んではいないか? と問うことは絶対に忘れてはいけない。私も、そしてもちろん、夫もだ。私はそのことを、10歳の次男に教えてもらった。
流されて意義を唱える側に回ってしまったことを謝罪してきた保護者や、もう少し冷静になればよかったと、泣いて頭を下げてきた保護者を静かに見つめながら、私は子を持つ母親の葛藤や脆さを感じていた。そしてその思いに辿り着いた時、私はいつか必ず、この経験をモデルにした物語を書こうと自身に誓ったのだ(実際、この物語が様々なご縁を生んでくれた。その話は、また別の機会に)。
そんな厳しい秋が過ぎていく頃、夏に6次元さんのイベントで『Snowdome』を渡していた多田洋一さんから、
「次回の『Witchenkare』に寄稿してみませんか?」
という連絡が舞い込んできた。
誰に褒められることもなくコツコツと原稿を書き、新人賞に応募し続け、自費出版で本を出してきた私にとって、初めて依頼を受けて原稿を書けるということは、飛び上がらんばかりに嬉しいことだった。忙しいとか言ってられないし、めそめそと泣き暮れている場合でもない。
そんな思いで、
「ありがとうございます。是非、書かせてください」
と返信して、私はまた物語を紡ぎ始めた。
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<本の紹介>
『千住クレイジーボーイズ』は、かつて一世を風靡したことのある芸人、辰村恵吾(塚本高史さんが演じられています)が、千住のまちの人たちとの関わりの中で成長していく物語。ノベライズ本を書くうちに、恵吾との共通点に気づいた私は、作中に、ものを書く世界でどのように生きていきたいか、という私の想いも重ねて語っていますので、それも含めて、本を楽しんでくれたらうれしいです。
本のご購入方法は、版元であるセンジュ出版のウェブサイトにて。
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<ドラマの紹介>
【放送されました】ドラマ『千住クレイジーボーイズ』2017年8月25日(金)19:30~ NHK総合テレビ ウェブサイトはこちら。 .
(次回もお楽しみに。毎月1回、25日に更新予定です) =ーー
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