もう一日も無駄にして生きることはできない。最期の瞬間に「それなりに良い人生だった」じゃなくて「良い人生だった」と、ちゃんと自分を褒めてあげられるような生きかたをしたい。そして、それを、子どもたちにも伝えていきたい。日本中が深い混乱の中にあっても、あっという間に自分のできることを見つけて動きだしていくアーティストや、エネルギーのある人達の姿
連載 「 ひとつの星座 」 とは 【毎月25日公開】
母になっても夢を追うことはできるのでしょうか。諸星久美さんが約15年前、27歳で母になると同時期に芽生えた夢。それは「物語を書いて多くの人に読んでほしい」という夢でした。とはいえ、3児の子育てあり、仕事あり、書く経験なしの現実。彼女は、家事や育児、仕事の合間をぬって、どのように書いてきたのでしょう。書くことを通じて出会ってきた方たちや、家族との暮らし、思うようにいかない時期の過ごし方など、記憶をなぞるように、ゆっくりとたどっていきます。42歳の現在、ようやく新人小説家としてスタートラインに立ったママが、本を出版するまでの話。
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第4話 書くことを再熱させてくれたもの 2009-2011年
TEXT : 諸星 久美
結果発表
三児の母になってやっと、子どもとの関わりに余裕が出てきたことから、私はまた物語を書くようになった。そうしてできた初めてのフィクションを、ある文学賞に送ったところまでが、前回までのお話。
結果は……。
…………。
……。
「あったよ!」
夫の声にパソコンに駆けよると、数か月前に送った新人文学賞のサイトにある私の名前の横に、一時選考突破の印がついていた。夫とともに、もし最終まで残ったらどうしようか? と盛り上がったものの、数週後には落選が分かり、「そりゃそうでしょうよ。そんな簡単に通るわけがないものね……」と、納得して落胆した。
けれど、プロットも立てず(立て方も分からず)、キャラクターづくりもそこそこに、ただ筆が走るままに仕上げた作品が、一次選考を突破したことが励みになったのは確かだった。(応募総数1179作、一次突破31作、二次突破10作、最終5作、大賞、最優秀賞なし。ちなみに、現在作家として活躍されている佐藤青南さんは、この回の最終候補に残っている)
それでもネット検索などすると、一次選考突破レベルと、最終候補に残る作品には雲泥の差があるらしいことが分かり、書き続ける価値はあるかもと……励みに思った反面、最終候補に残って大賞をとるまでの道のりは、厳しく果てしないように思えて怯みもした。
そんなある日、
「これなら、もっと書きやすくなるんじゃない」
と、夫がノートパソコンをプレゼントしてくれた。それまで、デスクトップのパソコンを使用していた私にとって、子どもが遊ぶ傍らで創作の時間をとることも可能になったことは、本当にありがたいことだった(この件をはじめとして、根気よく私をバックアップをしてくれる夫の存在は計り知れない。その話はまた別の場所でまとめて)。
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闇雲に書き続ける日々
殆どの文学賞は、締め切りから発表までに半年以上かかる。そのため、ただ首を長くしてその日を待っているのでは時間がもったいない。
私は短編やら、もっと短いショートショートやら、書けるものはなんでもいいから、どんなに短い時間でもいいからと、とにかく、パソコンに向かう時間を捻出することに頭を回転させた。日中の時間はとにかく子どもと密に関わり、その分、夜の時間はきっちり頂く。私の時間確保のために生み出したサイクルではあったけれど、毎晩8時に3人におやすみを言い続けてきたことは、結果的には、子どもの生活習慣の大切な基礎づくりにもなり、一石二鳥どころではない結果を残していると思っている。
けれど、書けど送れど、一次選考も突破できない日々が続く。最終選考に残らなければ、講評ももらえない。どこがいけないのか、何が足りないのかも分からぬまま、また新たな作品に挑む日々。まさに闇雲。
向かっている先がどこなのか、進んでいる先に何があるのかも分からない。結果がでないことに萎えていく情熱を目の当たりにしながらも、数年前に一時突破した熱に縋りつくようにして書き続ける日々の中で、あの日を迎えた。
2011年 3月 11日
大きな震災が起きた午後、私は一人で家にいた。
このような言い方をしては御幣を生むかもしれないが、あの瞬間に一人でいられたことは、その後の生き方に大きな影響を与えてくれたと思っている。一人きりだったことで、自分自身とだけ対話ができたからだ。
ああ、ここで終わりか……。
こころざし半ばだったな……。
でも、まあ、それなりに頑張ってきたじゃん。
家族にも恵まれて、やりたいことも見つけられたし。
それなりに、良い人生だったって言えるんじゃない?
でも……、できれば、もう少し生きたいな……。
地面や建物が大きく揺れ動く中で、雲ばかりの空を見上げながら、私はどこか静かな心持でそんなことを思っていた。
誰かと一緒だったら、「怖い」「どうしよう」などと言い合って、そのような対話を自分の中で持つことはできなかっただろう。
そして、その時の自身との対話は、被害の大きさが日に日に露呈してくる混乱の中で、私にある思いを抱かせていった。
もう、一日も無駄にして生きることはできない。
最期の瞬間に、「それなりに良い人生だった」じゃなくて、「良い人生だった」と、ちゃんと自分を褒めてあげられるような生きかたをしたい。
そして、それを、子どもたちにも伝えていきたい。
日本中が深い混乱の中にあっても、あっという間に自分のできることを見つけて動きだしていくアーティストや、エネルギーのある人達の姿を見ながら、私はそんなことを繰り返し思うようになっていった。
そして、次男の幼稚園卒業や小学校入学が、ふわふわとした環境の中で過ぎていく中、夫と二人で、ZeppTokyoで開催されたRHYMESTERの『KING OF STAGE VOL.9~POP LIFE Release Tour2011~』に出かけた。様々なイベントが自粛、中止されていく中でのLive開催には、私自身も正直「こんな時に楽しんでいていいのだろうか」という思いもあった。けれど、あの時期に彼らの熱を浴びることができたこともまた、自身の中で芽生えた思いに、覚悟のようなものを持たせてくれたような気がしている。私の覚悟など、大きな被害を目の当たりにしなければ奮起できないほどに情けない覚悟でしかなかったけれど、そういうものがなくても走り続けてきた人たちが発する本物の熱を前に、私の中に、小さくも温度の高い火が灯るのが分かったのだ。
その後私は、パートをはじめ、小学校のPTA役員を受け、数年前に遠ざけた、自費出版で本を出すという動きを並行して進めていく。それが、一日も無駄にしないという生き方の正解かは分からない。実際は、もっと執筆時間を増やして、文学賞に送る作品を量産して……というのが、一日も無駄にしないという生き方のようにも思える。けれど、家庭以外のコミュニティーに入りこんで「人を見る」「人を知る」「コミュニティーの中で起こるあれやこれやを見る」という体験を持てたことは、至極貴重な時間になったと思っている。
そんなこんなで、2011年は「時間を無駄にせず、とにかく動く」という思考にシフトしていった年でもあったように思う。
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<本の紹介>
『千住クレイジーボーイズ』は、かつて一世を風靡したことのある芸人、辰村恵吾(塚本高史さんが演じられています)が、千住のまちの人たちとの関わりの中で成長していく物語。ノベライズ本を書くうちに、恵吾との共通点に気づいた私は、作中に、ものを書く世界でどのように生きていきたいか、という私の想いも重ねて語っていますので、それも含めて、本を楽しんでくれたらうれしいです。
本のご購入方法は、版元であるセンジュ出版のウェブサイトにて。
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<ドラマの紹介>
【放送されました】ドラマ『千住クレイジーボーイズ』8月25日(金)19:30~ NHK総合テレビ ウェブサイトはこちら。 .
(次回もお楽しみに。毎月1回、25日に更新予定です) =ーー
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