過酷な外側の世界があるおかげで、内側での団結力が強まるのもあったように思う。自然に誰かを頼ったり、お互いに助け合ったりを、みんながみんな当たり前のようにやっていた。夜中に稀に見る大雨で街中が停電したときも、部屋の外に集まり小さなロウソクの火を囲んで
連載「旅って面白いの?」とは 【隔週水曜更新】
世界一周中の小林圭子さんの旅を通じて生き方を考える、現在進行形の体験エッセイ。大企業「楽天」を辞め、憧れの世界一周に飛び出した。しかし、待っていたのは「あれ? 意外に楽しくない…」期待はずれな現実。アラサー新米バックパッカーの2年間ひとり世界一周。がんばれ、小林けいちゃん! はたして彼女は世界の人々との出会いを通して、旅や人生の楽しみ方に気づいていくことができるのか。
第42話 『全員悪人』の街に潜むむき出しの欲望と支え合い精神 <インド>
TEXT & PHOTO 小林圭子
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「インド=危険」なイメージ
全く興味もなかったはずなのに…
怖いもの見たさでレッツゴー
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「お願いやから、インドだけは行かんといてほしいわぁ。わざわざそんな危ないところ行かんくてもええやん。な、お母さんの言うこと聞いて、やめときって」
電話口の向こうから今にも泣き出しそうな声で、必死にこちらを説得しようと試みる母。旅に出てそろそろ1年近くが経ち、私のハチャメチャ珍道中にもすっかり慣れているハズの母にそこまで言われてしまうと、さすがに私の中にも迷いが生まれてくる。
そもそも母に言われるまでもなく、インドと聞いて思い浮かぶのは良くないイメージばかり。「ガンジス川には死体が流れている」とか、「旅行会社でツアーを組まされ数万円騙し取られる」とか、「屋台のカレーにアタって嘔吐と下痢でのたうち回る」とか…。それ以上に怖いのは、身分制度や女性軽視が今なお色濃く残っていることもあり、都市部や観光地での女性への暴行事件が後を絶たないこと。こうなってくると、女ひとり旅の身としてはただただ不安しかない。
実は、旅のルートを決める計画段階では、インドに行くつもりなんて全く無かった。それほど興味も無ければ、リスクを取って行くほどの魅力も感じない。修行みたいなツライ旅もまっぴらご免。だいたいネタになるような武勇伝なんて求めてないし。
にもかかわらず、途中からどう気が触れてしまったのか、「せっかくだし、やっぱりインド行っとくか…」と思うようになり(何が「せっかく」なんだか…笑)、世界を見てまわるのなら「インドこそ避けては通れない」という変な意地のような、プライドのようなものが湧いてきたのだ。そこには、「見たことのない世界をちょっとだけ覗いてみたい」という怖いもの見たさも相当にあったに違いない。心配する母には申し訳ないという気持ちも若干残りつつ、やはりここは自分の好奇心に素直に従うことにした。
とは言いながら、悪名高きデリーという街にビビリまくっていた私は、念には念をと、間違いなくこの旅一番、最大限の注意を払って来るべき敵に備えた。
安全はお金で買おう!
万全を期して、いざ出陣!
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まずはホテル。いつもはバックパッカー用の安いゲストハウスに泊まるところを、しっかりしていて信用できそうな、ホテル検索サイトでも評価の高い、ちゃんとしたホテルを1泊目の宿泊先として選んだ。そのホテル1泊分の値段が、ゲストハウス5日分に相当したけれど、ここはお金の問題ではない。たいしてお金に余裕があるわけでもないけれど、「私は安全をお金で買うタイプだな」なんて妙に納得しつつ、右手で予約ボタンをクリックした。
そしてカトマンズからデリーへの飛行機の到着時間が夜の21時頃と遅かったので、そのホテルにメールを送って、空港からの送迎サービスを依頼した。普段だったらそんな無駄なお金は使いたくないけれど、そう、ここはお金の問題ではない。なんてったって、私は安全をお金で買うタイプなのだから…(笑)。
そこまでしても、不安を完全に拭い去ることはできなかった。と言うのも、海外では日本ほどお客様へのサービス精神が高くないことが多いし(「お客様は神様」なんて日本くらいなものだと思う)、しかもここはインド。ちゃんと空港まで迎えに来てくれるのかハッキリ言って全く信用できない。
(大丈夫かな…。ちゃんと来てくれるかな…。もし来てくれなかったら、ひとりで空港から出るのは危険だから、最悪、空港泊しかない… )
と、いよいよ覚悟を決めて臨んだ当日。なんと飛行機の離陸が2時間も遅れてしまい、デリーに到着したのが23時。これではさすがに待っていなかったとしても何の文句も言えない。絶望感と一縷の望みを胸に抱いて、空港の出口から一歩、足を踏み出す。
(うわっ! すっごい人だな… )
夜遅い時間にもかかわらず、柵の向こう側は出迎えの人でごった返している。「デリーの空港はヤバイ」と聞いていたけれど、想像をはるかに超えていた。いざその光景を前にしてみると、息をするのも忘れるほどに、金縛りにあったかのようにしばらく動けずにいた。しかも目の前180度にいる子どもから大人まで全員が全員、こちらをジロジロと好奇の目で見ている。おそらくそこにいた外国人は私ひとりだけだったのだろう。その絡み付くような視線を受けて、さすがに一瞬たじろいでしまった。
(こ、怖い… )
そんなとき、『KEIKO KOBAYASHI』と段ボールに書かれた文字を発見!
(いた! 待っててくれたんだ! 良かったぁ… )
早くその場から立ち去りたいという気持ちが先行し、急ぎ足でドライバーと思われるその男性のところに寄って行った。
「小林です。遅くなってすみません」
「全然大丈夫だよ。来なかったらどうしようかと思ったけれど、ちゃんと来てくれたからね。さぁ、ホテルに向かおう」
さてと、これでまずは第一段階クリア。ここからさらに数々の試練が待っているとは露知らず、ホテルに着いた私はホッとした気持ちで眠りについた。

カオスな街中。何台ものリキシャと道行く人々でごった返す道路は、横断するのも至難のわざ
高級ホテルからバックパッカー宿へ
ここからがいよいよインド本番です
翌朝、ホテルをチェックアウトした後、ひとまずバックパッカー宿や安宿が集まっている『パハールガンジ』と呼ばれるメインバザールまで歩いて移動することにした。さすがにお高めホテルに連泊できるほど金銭的に余裕はないので、2泊目からはそのエリアにある日本人宿に予約を取っていた。
土地勘は全くなかったけれど、地図で調べてみると、どうやら泊まっていたホテルから歩いて20分くらいの距離のようだ。重い荷物を背負って歩くにはちょっとしんどいけれど、まだ何もわからない状態でオートリキシャと値段交渉するよりは自分で歩いて行った方がマシだと判断した。
生活臭漂う狭い路地を「ソーリーソーリー」と言いながらそそくさと通り抜けたかと思えば、歩道も無く車とバイクだけが無秩序に走っている荒れ果てた砂利道を、砂煙にまみれながら足早に進んでいく。
(あれ…? 誰も話しかけてこないな… 案外大丈夫なのか…? )
昨夜はインド人というものにあんなにビビっていたけれど、朝になってから外に出てみると思っていたほどでもない。時折、リキシャのおじさんがこちらの様子を伺いながらヤル気なさそうに声をかけてくる以外は、特に近付いてくる人もいなかった。それどころか、方向音痴な私はあっちへ行きこっちへ行き、道に迷いながら歩いていたので、むしろこちらからそのあたりにいる人を手当たり次第につかまえて、積極的に道を教えてもらった。
そうしてようやく、20分の道のりを小一時間かかって目的の宿にたどり着いた。メイン通りには面しておらず、狭い小径を少し入っていったところに入り口のあるその宿は、いかにも場所がわかりづらく、高い建物のわりには日当りが悪そうな印象を受けた。
宿の扉を恐る恐る開けてみると、一番はじめに目に飛び込んできたのは、全力でソファに寝っ転がって、8インチほどの小さなブラウン管を見ながら鼻歌を歌っているインド人のおじさん。
(……。すごいところに来てしまった… かもしれない… )
ここにたどり着くまでに歩いてきたパハールガンジのカオスな世界にも全く遜色ない宿の内側。一瞬にしてその雰囲気に飲まれてしまった。だけどここまで来て引き返すわけにはいかない。そもそも他の宿がここよりマシだという保証も無い。意を決して受付に座っていた日本人スタッフに話しかける。
「あのー、すみません、予約している小林です」
その声を聞いて、ハッとしたようにこちらに顏を向けたスタッフ2名が、私を見た瞬間、ギョッとしたのがわかった。それもそのはず。暑さをしのぐため首から頭にはストールを、太陽の光がまぶしかったので目には丸レンズのサングラスを、そして臭いと砂埃を避けるため口元にはマスクをつけており、どこからどう見ても変質者にしか見えなかった。なるほど、どうりで道中、インド人に話しかけられなかったわけだ(笑)。
インドでいきなり断髪式!?
いやいや、私、腹ペコですから…
到着した時間がチェックイン時間よりも早かったため、まだ部屋の掃除が終わっておらず、しばらく休憩室のような部屋で待たせてもらうことにした。その間、置いてあったガイドブックなどに目を通し、インド情報を少し頭にインプットする。もともとインドに興味が無かったので、世界遺産の遺跡や寺院などもほとんど知らず、これといった目的も無い。とりあえず勢いで来てみたものの、さてこれからどうしようか。敢えて言えば、「危険な目に遭うことなく、病気にもならず、無事にインドを出ること」、それだけが最大の目的に思えた。
しばらくして部屋の掃除も終わり、スタッフの人が声をかけに来てくれた。荷物を置いて、早速外に出かけてみることに。そう言えば、朝ご飯を食べておらず、おなかがすいていることに気付く。
(近くでどこか良いお店がないか、スタッフの人に聞いてみよう)
そう思い、1階に降りていくと、スタッフの男性4人が何やら円になって盛り上がっている。近付いて話を聞いてみると、どうやら暑さに耐えきれなくなったその中の1人が他のメンバーに髪の毛を切ってもらうことにしたらしい。
「絶対失敗しないでよ」
「大丈夫、大丈夫、任せといて」
「まず髪の毛を縛ってからラインを決めよう」
「よし、断髪式やろうぜ」
なんとも楽しそうなその様子は、完全に男子校のノリだった。そしてちゃちゃっと相談した結果、顎の下まで無造作に伸びた髪を後頭部でひとくくりに縛り、耳から下半分を刈り上げることに決まった。事の顛末を最後まで見届けたくなり、側に立って傍観している私に気付いたスタッフの1人が、
「ケイコさんの髪の毛も同じスタイルにしてみませんか?」
と、突然とんでもない提案をしてきた。
(ま、まずい… 早くこの場から逃げねば… )
髪型自体はファッショナブルでかっこ良さそうに思えたけれど、インドに来て早々、頭を刈っている場合ではない。困って両目をキョロキョロさせると、なんともタイミング良く宿泊客の男性2人が降りてきた。
(よし、これはチャンス!)
「どこ行くんですか!?」
突然知らない女が話しかけてきたことで2人は多少面食らったのか、
「お昼ごはんに」
と、ひと言。
「私も一緒に行って良いですか!?」
ここで彼らを逃すわけにはいかない。私もおなかがすいているのだ。とは言え、1人でウロウロする勇気はまだないし、このまま宿にいても断髪されるだけだ。
「え… あぁ… どうぞ… 」
その返事から、どうやら歓迎されていないことがわかったけれど、そんなのお構いなし(笑)。これまでにないほどの厚かましさを発揮した私は、のこのこと彼らに便乗することにした。
なんと2人はバイヤーさん
仕事そっちのけでガイドしてくれました… 涙
結果的に言って、彼らについて来たのは大正解だった。人見知りだったのか、警戒されていたのか、単に邪魔だったのか(笑)、はじめは2人とも全然話そうとしてくれなかったけれど、私がいろいろ質問したりするうちに、徐々に口数が増えてきた。
驚いたことに、この2人のもっくんとオサムさんコンビ、とても親しそうだったので、一緒に旅をしているのかと思いきや、それぞれバラバラに仕事でデリーに来ているとのことだった。もっくんは日本で、オサムさんは中国で商売をしていて、日本とインド、中国とインドを行ったり来たりしている中で知り合い、商材は違えどインドに買い付けに来ている者同士、すっかり意気投合したようだ。
毎回、デリーには数週間から数ヶ月滞在し、既存の仕入れ先をまわったり、新規の仕入れ先を開拓したり、めぼしい情報を収集したりと毎日忙しく動き回り、宿にいるときは日本(中国)とメールやSkypeでやり取りをするらしく、普通に朝から夕方まで働く。
それを聞いて、確かに貴重なお昼休みの時間に、右も左もわからない旅人にかまっている暇がないことにも合点がいった。にもかかわらず、実は2人ともものすごく面倒見が良いタチで、なんとも頼りない私に対して仕事そっちのけでいろんなことを教えてくれた。
「宿がよく停電するから、Wi-Fiが必要なときは俺たちはいつもここのカフェに来てるよ」
「あー、なるほど」
「あとチャイが美味しいのはそこ、インド料理に飽きたらあそこのヌードルがオススメ」
「ほー」
と、欲しかったグルメ情報を次々にゲット。とここで、インドルピーをあまり持ってないことを思い出し、
「あ、私、ATMに行きたいんですけど、このへんにありますかね?」
と聞いてみると、
「すぐそこにあるから、お昼食べたら案内してあげるよ。ついでに、近くにあるメトロの駅も教えてあげるよ。ニューデリー駅よりわかりやすいからね」
「あ、じゃあせっかくだし、俺がデリーで一番うまいと思うマンゴージュースの屋台があるから、そこに寄っていこう」
と、何やら、次から次へといろんなものがくっついてきた(笑)。旅先でどういう出会いがあるかは本当に大事で、私ってば相変わらずラッキーだな、としみじみ思えた瞬間だった。
悪徳リキシャに捕まった!
政府の旅行代理店… なんじゃそりゃ!?
早々に良い出会いに恵まれたことで、デリーに対する恐怖が少し和らいだ私は、1人で観光に出かけてみることにした。行き先は「ここがオススメだよ」と教えてもらった『ラールキラー』。赤い城とも呼ばれる立派な城塞。少し距離はあるけれど、地下鉄よりもリキシャの方が行きやすそうだったので、宿を出たところに何台か停まっていたリキシャのドライバーに話しかけ、いざ交渉開始。
「あのー、ラールキラーに行きたいんだけど… 」
「チケット持ってる?」
「何の?」
「リキシャのに決まってるだろ」
(リキシャのチケット…? そんなのあるのかな… )
「持ってないけど。それ必要なの? ここで買える?」
「ここでは買えないから政府の旅行代理店に行かないといけないよ」
(……?? 何だ、そりゃ…?)
何を言われているのかわからず、一瞬、頭がテンパる。
「すぐに行けばまだ間に合うから、後ろに乗って」
「いや、ちょっと待って。ラールキラー行くだけだから、チケットとかいらないんだけど。ダメなら他のドライバーに聞くからいいよ」
私がすぐに言うことをきかないからか、焦れたドライバーの声が荒々しくなった。
「旅行代理店まではタダで乗せてあげるから。早く乗って」
タダで乗せてくれるとか、ますます怪しい。
(この人、私を騙そうとしてるんだ… )
「わかった、他のドライバーに聞いてみる」
私が前に停まっていたリキシャに行こうとすると、その悪徳ドライバーが大きな声で、前にいるドライバーに
「なぁ、ここではリキシャのチケットが必要だよな? 旅行代理店に連れていってあげるって言ってるのに、この子、言うこときかないんだよ」
と、叫びながら言った。その声を聞いて、周りにいた他のドライバーたちも続々とこちらに集まってきた。
(おいおい…、なんかおおごとになってきたぞ… )
「そうだよ、ここではチケットが要るんだよ」
「代理店じゃないと買えないよ」
あろうことか、なんと、その場にいた全員が悪徳ドライバーの味方をし始めた。
(この人たち、全員グルなのか… )
ここにいる誰ひとりとして信用できない。そして、何が真実かもわからないし、だんだんこのやり取りにも疲れてきた。それよりも、どうやってこの場を乗り切ったら良いんだろう。もはやラールキラーに行くことよりも、ここから逃げ出すことの方が大事になってきた。イライラが募り始めてきたところに、ポツポツと雨が。
「あ、雨だ。宿に戻ってすぐに傘持ってくるから、ちょっとここで待ってて」
「えっ… 」
「じゃ、また後でねー」
スタスタとその場から立ち去ることに成功。まさに恵みの雨。
(ふぃ~、助かった… )
「ケイコさん、何やってるの?」
ホッとしたところに急に声をかけられ、ビックリして振り返ると、もっくん・オサムさんコンビが登場。
「いや… 今、リキシャに乗ろうとしたら騙されそうになって逃げてきたところ」
「うん、外から戻ってきたらちょうどケイコさんが見えて、何やってるんだろうと思って、途中から一部始終見てたよ(笑)」
(見てたんなら助けてよ… )
「あんなところでリキシャ掴まえようとしちゃダメだよ。絶対ぼったくられるし。そもそもチケットなんか無いし。もっと人通りが少ないところまで行ってから流しのリキシャを掴まえた方が良いよ」
「あ、そうなんだね… 」
「どこ行くの? 心配だから、一緒に行ってあげるよ」
結局、リキシャとのやり取りで自信を失った私は、2人のこの優しい言葉にあまえることにし、3人で観光に出かけた。
(1人だとどこも行けないな… )
いやはや、デリー恐るべし。。

ラールキラー。まさに赤い城。映画に出てきそうな立派な外観に思わず興奮
電車のチケットが欲しいだけなのに…
しつこいストーカーにはもううんざり!
リキシャの一件で気を悪くした私は、早くデリーを離れようと、宿のスタッフに電車のチケットを取ってもらうことに。
「明日のチケット空いてますかね?」
「ちょっと待ってください、調べてみますね」
カタカタとキーボードを叩く音が響く。
「あ、残席1ありますね。早く予約した方が良いですよ」
「じゃあ、今もう取っちゃってください。明日、出ます」
「了解です。ちょっと待ってくださいね」
…と、手続きをしている途中で、パソコンの画面が固まった。
「すみません。。停電したみたいで、Wi-Fiが切れました。。」
「!!?」
「いつ復旧するかわからないので、自分で駅に買いに行った方が早いかもしれないです。復旧を待ってる間にチケットなくなるかもしれないですし… 」
「うぅぅぅ… 」
1人でニューデリー駅に行くのか…。場所もわからないし、ちょっと気が重い。
「歩いて10分くらいなので、すぐわかりますよ。あ、あと駅に着いたらインド人がいろいろ話しかけてくるかもしれないですけど、全部無視してくださいね」
そんな不安を煽るアドバイスと駅までの地図を受け取り、しぶしぶ宿を出た。
そしてテクテクテクテク教えてもらったとおりに、駅を目指して歩いていく。だけど10分経ち、20分経ち、そこにあるはずの駅になかなかたどり着かない…。
(あれ… どこかで道間違えたのかな… )
もらった地図を広げてキョロキョロと辺りを見渡すと、近くにいた気の弱そうな男性が話しかけてきた。
「どうしたの?」
「電車のチケットを買いに駅に行きたんだけど」
「駅では電車のチケットは買えないよ。政府の旅行代理店に行かないといけないから、連れていってあげるよ」
「!!?」
(また来た… 政府の旅行代理店… )
どうやらこれはよく使う騙しの手口らしい。だいたいさっき宿の人に駅でのチケットの購入方法を教えてもらったばっかりなのに、買えないなんてあるわけない。
「いや、大丈夫。駅に行くから。ありがとう」
歩き出そうとする私に焦った彼は、近くのリキシャを掴まえて連れてきた。
「ほら、これに乗って。一緒に行ってあげるから」
(気弱そうな顏してるのに、結構強引だな… )
そちらを見向きもせずスタスタ歩く。だけど、困ったことに駅までの道がわからない。同じ道をあっちへ行き、こっちへ行きする間も彼は私の後ろをずーっとついてくる。
(なかなかしつこいな… )
引き離そうと途中でダッシュしても、気がつくと、すぐ後ろにいた。
(いやー、、ストーカーみたい… )
結局、小商店の店員さんやら宅配便のお兄さんやらに道を聞いて、1時間半かけてようやく駅に到着。ここでまた後ろを振り返ると、さっきのストーカー男は背中に哀愁漂わせながら、あっちの方向に立ち去るのが見えた。
(あー、良かった)
チケット売り場は駅の2階、上にあがる階段は駅の左手にあると宿のスタッフに聞いていたので、知ってはいたものの、もし知らなければ駅の中でまた迷いそうになるくらい、駅の構造がわかりにくかった。階段に向かう途中で制服を着た駅員さんのような男に話しかけられる。
「どこに行くの?」
「明日のチケットを買いに」
「チケットはここでは買えないよ。政府の旅行代理店に… 」
(…… はいはい… )
デリーに来て3回目の旅行代理店登場。またまた同じ手口。全く呆れ果ててしまうけれど、彼らはいたってマジメなのだ。マジメにこちらを騙そうとしてくるから、本当にタチが悪い。
(そう言えば、駅で話しかけてくるインド人は無視しろって言われてたんだった)
暑い中、長々と歩き疲れていた私は、その男の言葉を途中で遮り、チケット売り場へと直進した。
外側の世界はまさしく非日常
内側で感じたのは助け合い精神と団結力
デリーという街は外の世界があまりに滅茶苦茶で、普通に旅をするのが本当にハードだと感じた。本気で『インド人全員悪人』だと思ったし(もちろん実際はそんなことないんだろうけれど… )、日々、嫌な想いをしたり、ぼったくられたり、騙されたりの連続で、そういう悪い出来事がギュッと凝縮されている場所と言っても過言ではない(苦笑)。
ある意味、ものすごく刺激的で、平和な日本にいる私たちからしてみれば、最上級の『非日常の中の非日常』を味わえる場所なのかもしれない。旅人の間でも、そういう環境にハマる人はハマるし、嫌な人は二度と行きたくないくらい、評価が真っ二つに分かれる。私の場合は、幸いにも騙される一歩手前で何とか助けてもらったり、逃げ切れたりしたので、多少人間不信になるくらいで(笑)、それほど大きな被害を受けたわけではないけれど、やっぱりデリーにはもう行きたくないな、と思ってしまう。
ただ、その過酷な外側の世界があるおかげで、内側での団結力が強まるというのもあったように思う。自然に誰かを頼ったり、お互いに助け合ったりということをみんながみんな、当たり前のようにやっていた。宿のスタッフの人たちがゲストのために美味しいごはんを作ってくれたり、私が「プリンが食べたい」と言うとその日のデザートにプリンを作ってくれたり、その心遣いのおかげで、私の荒んだ心がどれだけ癒されたか…。
夜中に、稀に見る大雨で街中が停電したときも、誰もが心細さや不安を感じている中、部屋の外に集まり、小さなロウソクの火を囲んでみんなでおしゃべりしたり、大声で笑い合うことで、不安を吹き飛ばせたのもすごくありがたかった。スタッフとかゲストとかそういう関係を超えて、人と人との距離感を縮めることができるのも、もしかしたら『デリーマジック』のおかげ(?)なのかもしれないね。
心理的には上がったり下がったり、まさにジェットコースターみたいな日々だったけれど、そういう貴重な経験ができたのは、旅の中で、後にも先にもデリーだけだった。
【写真でふりかえる インド】

デリー空港のトイレ。美男美女がお出迎え。あまりのインパクトの強さに、さすがはインド!笑

可憐な少女。真剣にアクセサリーを選ぶ様子は大人顔負け

夜のデリー。女性はほとんど出歩いておらず、ひとりで歩くには相当勇気が必要

宿のスタッフさんたち。デリーで働くなんて本当にたくましい…。いろいろお世話になりました
(次回もお楽しみに。隔週水曜更新予定です)
=ーー
連載バックナンバー
第1話 世界一周、ふたを開けたらため息ばかり(2014.10.8)
第2話 旅は準備が一番楽しい。出発までの10ヶ月なにをしたか(2014.10.22)
第3話 ダメでもともと、初めての協賛(2014.11.5)
第4話 出発まで5日。ついに協賛決定!(2014.11.19)
第5話 最初の国の選び方。わたしの世界一周はフィリピンから(2014.12.03)
第6話 カスタマイズ自由が魅力のフィリピン留学(2014.12.17)
第7話 出国していきなりの緊急入院で知った、フィリピン人の優しさと健康に旅を続けていくことの難しさ(2014.12.31)
第8話 世界の中心でハマったいきなりの落とし穴 。負のスパイラルに突入だ!【オーストラリア】(2015.1.14)
第9話 いきなり挑むには、その存在はあまりにも大きすぎた! 【オーストラリア】(2015.1.21)
第10話 いざ、バリ島兄貴の家へ!まさか毎晩へこみながら眠ることになるなんて…【インドネシア】(2015.1.28)
第11話 今すぐ先入観や思い込みを捨てよう! 自分で見たものこそが真実になるということ<インドネシア>(2015.2.4)
第12話 心の感度が鈍けりゃ、人を見る目も曇る。長距離バスでの苦い出会い 〈マレーシア〉 (2015.2.11)
第13話 海外に飛び出すジャパニーズの姿から見えてくる未来 〈マレーシア〉(2015.2.18)
第14話 欲しい答えは一冊の本の中にあった!「旅にも年齢がある」という事実 〈マレーシア / タイ〉(2015.2.25)
第15話 ボランティアで試練、身も心もフルパワーで勝負だ! 〈タイ / ワークキャンプ前編〉(2015.3.4)
第16話 果たせなかった役割と超えられなかった壁 〈タイ / ワークキャンプ後編〉(2015.3.11)
第17話 目の前に広がる青空が教えてくれた、全てに終わりはあるということ 〈カンボジア〉(2015.3.18)
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第19話 強く想えば願いは叶う!? 全ての点が繋がれば一本の線になる 〈ベトナム〉(2015.4.2)
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第30話 ミラノ EXPO 2015 レポート – 日本パビリオンに翻弄された2日間 – 〈イタリア〉(2015.8.22)
第31話 次々に降り掛かる災難! 初めて感じた先の見えない恐怖 〈タイ/事件勃発 前編〉(2015.9.17)
第32話 私から自由を奪った足かせと募るジレンマ 〈タイ/事件勃発 中編〉(2015.10.14)
第33話 感覚を研ぎ澄ませ! ハプニングの裏に潜むメッセージ <タイ/事件勃発 後編>(2015.11.4)
第34話 やっと全てがひとつに繋がったよ「さぁ、日本に帰ろう!」 <タイ>(2015.12.09)
第35話 旅人は場所を選ばない − 1年の幕開けは日本の旅から − <日本>(2015.12.30)
第36話 初心にかえった家族旅行 − 親への感謝、弟からの自立 − <日本>(2016.1.27)
第37話 終わりのない旅 – 流れのままに今を生きる – <本帰国の報告>(2016.10.26)
第38話 ものごとを自分基準でジャッジすることの怖さ <台湾>(2016.11.9)
第39話 好きの気持ちを大切にすることが自分の道を見つけるコツ<台湾>(2016.11.23)
第40話 全ては『食』に通ずる <ネパール>(2016.12.7)
第41話 他人を通して見えたのは自分自身の弱さだった<ネパール>(2016.12.21)
—
小林圭子さんが世界一周に出るまでの話
『一身上の都合』 小林圭子さんの場合「次なるステージへ挑戦するため」(2014.5.19)