氷が溶けるまで【第4話】手を伸ばすと深みにはまる、素顔のベトナム料理 武谷朋子

ベトナム在住トラベラー武谷朋子の氷が溶けるまで

ベトナムで暮らす前のわたしといえば、「ベトナム料理ならやっぱりフォーと生春巻きだよね! 」なんて言ってるような知識しか持ちあわせていなかった。初心者丸出しなんだけど、これが正直な話。ベトナム料理のほんとのところは、全然知らないものばかり。

連載「が溶けるまで」とは  【3週間に1話 更新】
ヨーロッパひとり旅と写真を専門とし、働きながら「自分にしかできない一点物の旅」を10年以上続けてきた武谷朋子さんが、突然夫の転勤によりベトナムはホーチミンに移住することに。(本当はヨーロッパが好きなのだけど…. )知り合いもいない、そして、もともとそんなに興味が持てなかった国で始まった、すべてが新しい暮らし。彼女は導かれたその状況をどのように「楽しみ」に変え、はじめての街の魅力を発見していくのか。まだ知られていない本当のベトナムとは。ガイドブックには載らない、暮らしてみてわかった小さな魅力の種を綴ります。

 

第4話  手を伸ばすと深みにはまる、素顔のベトナム料理  

TEXT & PHOTO 武谷朋子

 

知っていると思っていたことが、実際行ってみると全然違ったということがある。

ホーチミンで暮らし始めてから衝撃を受けたことのひとつがベトナム料理だった。わたしがこれまで知っていたベトナム料理って一体何だったんだろうか… と思えるほどに想像を超える深くて広い世界だった。「めくるめくベトナム料理の世界」、そんな言葉がまさにぴったりで、いまだに全貌が見えずにいる。おそるべしベトナム料理。

 

タピオカからできたバインカンという麺が入ったカニ入りの汁麺。この麺はすごくモチモチしてます

タピオカからできたバインカンという麺が入ったカニ入りの汁麺。この麺はすごくモチモチしてます

 

ベトナム料理という言葉からイメージすることと、本当のところ

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ベトナムで暮らす前のわたしといえば、「ベトナム料理ならやっぱりフォーと生春巻きだよね! 」なんて言ってるような知識しか持ちあわせていなかった。初心者丸出しなんだけど、これが正直な話。

ごくたまにベトナム料理を食べることはあっても、オーダーするのはやっぱりフォーと生春巻きが ”外せないものでありメイン” であって、それ以外のものは今でもほとんど思い出せないくらい、なぜだか印象が薄かった。

ガイドブックには料理のページだけでも巻頭にたっぷり載っていて、「ベトナム料理もいろいろあるのか! 」とこの時初めて知ったのだった。でも、伝統料理と普段食べられている料理が違うなんてことは、海外の旅をしていると実はよくあったりする。これまでの旅の経験から、ベトナムにもそんなことを思っていた。いろいろ載ってはいるんだけどね。

ベトナム料理の種類がたくさんあるのは分かったけれど、わたしの目に映る「ベトナム料理のメインといえば」の知識は、現地でもそんなに大差ないんだろうな、と思っていた。「やっぱり食事はフォーが中心です。」とホーチミンでも当然言われるのかと思いきや、返ってきた答えは全然違ったのだった。

 

 

キーワードは「多様性」。食べ尽くせないほどの深みにはまっていく

 

いざホーチミンに行ってみると、ガイドブックに書かれていたものは決して「普段は食べられていない」「食べられているところが限られている」料理ではなく、ほとんどが「みんなが普段食べているもの」ばかりだった。

フォーはもちろんのこと、麺料理だって麺の種類自体がまずたくさんある。フォー・ブン・フーティウ・バインカン・ミー・ミエン・ミークアン… などなど。種類が多い上に日本ではお目にかかれなかったものだってある。この麺を使った料理になるとさらにバリエーションが増える。麺だけじゃなくて、お米に合わせる料理だってそれ以上にたくさんあった。「フォーが主食に違いない」という盛大なる思い込みをしていたことに、この時ようやく気づいた。

フォーと同じ米麺のフーティウ。フォーより若干細麺でコシも少しだけあります。ホーチミンではよく見かける麺

フォーと同じ米麺のフーティウ。フォーより若干細麺でコシも少しだけあります。ホーチミンではよく見かける麺

 

国土が南北に長いベトナムは日本と同じように地域によって独自の料理というのものがあり、同じように見える料理も味付や盛り付け方も違う。そもそもの料理の種類もたくさんあれば、地域によって料理のバリエーションも異なる。全土の料理を食べ尽くそうなんて、そもそも無理だということに早い段階で気づいたのだった。

ベトナム料理への勝手な思い込みをしていたせいで、ホーチミンに来てから目の当たりにする新しい料理に出会う度に驚きを隠せなかった。麺もお米もパンもよく食べられているし、海に面している部分も多いベトナムは、当然ながら魚介類もとれるし、もちろん肉類だってよく食べられている。そして、どんな料理にだってたっぷりの野菜(香草)がついていることが多い。実に、料理のバランスがよいのだ。

ホーチミンの現地に住む人なら当たり前すぎる「いつものごはん」がこんなにも多様だなんて。この多様性がまたわたしの好奇心を掻き立てる。なんとなくイメージしていたベトナム料理がどんどん崩れていく。ベトナム料理のほんとのところは、実はわたしが全然知らないものばかりだった。ゴールが見えない深みにどんどんはまっていく。

 

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一番食べられているのはフォーじゃない? 体験してみて初めて気づくこと 

 

「まずは本場のフォーを! 」と思って確かめに行ったら、何かが違う。フォーといえばてっきり鶏肉が入ったものだと思い込んでいたら、一番上に写真入りでどどーんと載っていたのは「牛肉のフォー」だった。このお店だけだと思ったのだけど、他のお店も同じような感じ。どうやらここホーチミンでは牛肉のフォー(Pho Bo)が主流のようだった。

(フォーといえば鶏のフォーが当たり前、じゃないのか… )

そして気づいてしまった。ベトナムの麺とえいば「フォー」をまず初めにイメージするけれど、そして街を歩いていると、同じ麺でも「ブン(Bun)」という米から作られたまた別の麺の料理を見かけることが圧倒的に多いことを。

「Bun Bo Hue」ブン(ライスヌードル)が入った牛肉入りの麺。スープはピリ辛なので、辛いもの好きな人におすすめ

「Bun Bo Hue」ブン(ライスヌードル)が入った牛肉入りの麺。スープはピリ辛なので、辛いもの好きな人におすすめ

 

(一番食べられているのって、フォーじゃないの… !? )

これはかなり衝撃的だった。わたしが知っていたのはあくまでも「日本に入ってきているベトナム料理」であって、それが本場とは全然違うことに、ホーチミンで初めて気づいた。いや、気づけてよかった。正しい理解をするためには現地で体験するに限る、と身をもって感じた瞬間でもあった。

フォーを頼んだら鶏肉ではなく牛肉のフォーの方が主流だった。そして、そもそもフォーが一番食べられている麺じゃなかった。もうこの2つだけで「わたしの中のベトナム」がガタガタと崩れていく。想像していたベトナムが、本当のベトナムじゃなかったなんて… 。

そして麺類をオーダーする別皿で一緒に出てくる葉っぱの山。

(何だこれは… そしてどう食べたらいいんだろうか… 。)

周りをキョロキョロ見回して食べ方を確認する。

(なるほど、葉をちぎってスープの中に投入するのか… ! )

葉っぱの正体はアジアンバジルやノコギリコリアンダーと言われる香草。麺と一緒に食べると風味がさらに増し、よりさっぱりと食べられる。食べ方含め、日本で食べていたフォーとは明らかに別物だった。

出てきた時点で完成、というような料理ばかりを目の当たりしていたからか、「どうやって食べるんだろう」と迷う楽しみをひさしぶりに感じていた。

前菜といえば、生春巻き! と疑いようのなかった生春巻きだって違った。どちらかというと、ストリートフードであり、スナック感覚で小腹が空いたら食べるような、そんな気軽な食べ物だった。街を歩けば道端で生春巻きの屋台もよく見かけるくらいなので、思っていたより、もっと気軽な食べ物。「生春巻きはスナックである。 」わたしの中で生春巻きの位置づけも変わった。

「わたしの中のベトナム2大料理」として君臨していたフォーと生春巻きが、日本とホーチミンでの位置づけが全然違ったことに衝撃を受けてからというもの、わずかに残っていた思い込みをアタマから一掃した。フラットな気持ちでベトナム料理に飛び込んだ方がおもしろいに違いない。ガイドブックで見たものや、事前の知識を確認しにいくんじゃなくて、街で見かけたおいしそうな食べ物に飛びついてみる。そういう風にして食べ物に向き合った方が絶対に楽しいと思って、今日も街を歩いては、おいしい匂いにさそわれながら街に迷い込んでいく。

ボッチンという名の揚げ餅の卵を乗せたストリートフード。別添えのタレをかけて食べます。安い上に腹持ちがよい一品

ボッチンという名の揚げ餅と玉子をのせたストリートフード。別添えのタレをかけて食べます。安い上に腹持ちがよい一品

 

「ベトナムのおいしい時間」が生活にもたらしてくれたもの

 

多様性のあるベトナム料理。調べれば調べるほど、また新しいお店や料理が見つかる。そして実際に行って味わう。時間が経つにつれてお気に入りのお店も増え、同時に行きたい場所もどんどん増えていった。それは「外に出る楽しみ」をも、もたらしてくれるものだということに後になってから気づいた。

生活環境ががらりと変わった中で、おいしいものを探しに外に出かける楽しみができたのは大きかった。海外で暮らすということに慣れていっても、ふとした瞬間に不安になることがあった。そんな時、おいしいベトナム料理を探しに出かけて行き、味わうことで救われたことが何度もあった。楽しくておいしい時間は、幸せをもたらしてくれる。「おいしい」のパワーは本当にすごい。長年住んだ慣れ親しんだ街では感じることができなかった感覚だった。

おいしいとは、決して値段が高いものではない。地元の人に愛されているもの。日常的によく食べられているおいしいもの。毎日のようにそんなアウェーの中に「えい! 」と飛び込んで ”初めて” を見つけようとするけれど、潜れば潜るほどまだ先があった。
「おいしいベトナム」に出会ってからもうすぐ1年になる。飽きるどころか、興味がどんどん膨らんでいる。日々 ”素顔のベトナム料理” に触れようと歩き回っているけれど、まだ大事なところに手が届いていないような気もする。だから、その先に手を伸ばしてみたくなる。

ベトナム料理の多様性に触れれば触れるほどベトナムが好きになり、おいしく味わう時間が増えるほど、もっと知りたくなる。今日もそんな「おいしいベトナム時間」のサイクルに、気持よく巻き込まれていくのだった。(了)

 

 

ベトナムの揚げ春巻き。皮が日本のとは違うんです。パリパリサクサク。ブン(ライスヌードル)と野菜はセットで出てくることが多いです

ベトナムの揚げ春巻き。皮が日本のとは違うんです。パリパリサクサク。ブン(ライスヌードル)と野菜はセットで出てくることが多いです

 

蒸し春巻き。奥に見えるハムも一緒に出てくることが多いです。ヌックマムのタレにつけていただきます

蒸し春巻き。奥に見えるハムも一緒に出てくることが多いです。ヌックマムのタレにつけていただきます

 

ベトナムのたこ焼きとも称されるバインコッ。ヌックマム(魚醤)のタレにつけて野菜と一緒に食べます。ソースをつけて目をつぶって食べたらたこ焼きになるのかな…

ベトナムのたこ焼きとも称されるバインコッ。ヌックマム(魚醤)のタレにつけて野菜と一緒に食べます。ソースをつけて目をつぶって食べたらたこ焼きになるのかな…

 

ベトナム式のつけ麺ブンチャー。細いブン(ライスヌードル)と野菜を、ヌックマム(魚醤)ベースのタレにつけて食べる。グリルされた豚肉との相性抜群。

ベトナム式のつけ麺ブンチャー。細いブン(ライスヌードル)と野菜を、ヌックマム(魚醤)ベースのタレにつけて食べる。グリルされた豚肉との相性抜群。

 

(次回もお楽しみに。3週間後、更新目標です)

武谷朋子さんがキュレーターをつとめる講義 

自由大学「じぶんスタイル世界旅行
– 旅軸のある、ひと味違う世界旅のつくりかた –
詳細は https://freedom-univ.com/lecture/world_travel.html
自分の好きなことややりたいことを軸に、自由に世界を駆け巡る。それが世界を舞台に自分が主役で楽しむ「じぶんスタイルの旅」。ただの観光や放浪の旅ではなく、未来に繋がる自分にしかできない旅のつくりかたを一緒に学んでいきます。

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 連載バックナンバー 

第1話 ベトナムで暮らそうと言われても(2015.9.24)
第2話 ホーチミンのおもしろさは、きっとバイクの後部座席にある(2015.10.14)
第3話 思い込みが溶けていく、ベトナムコーヒーに隠された甘い時間の過ごしかた(2015.11.5)

 武谷朋子さんの旅エッセイもどうぞ 

TOOLS 29 海外へは乗継便で飛ぶ。ファイナルコールまでにもう1カ国味わう方法
TOOLS 31 バルセロナで学んだ充実した “食の時間” のつくり方
TOOLS 34 ドゥブロヴニクで学んだ ”心の振れ幅” をもっと自由にさせる意味
TOOLS 38 パリの美術館で学んだ、捨てる視点の養い方
TOOLS 41 イギリスで小さな手荷物と不安な夜を乗り越える
TOOLS 44 ワンテーマに潜る旅の方法 – 海外建築めぐり篇 –

 


武谷朋子

武谷朋子

(たけたにともこ)自由大学「じぶんスタイル世界旅行」キュレーター/トラベラー。『自分にしかできない旅をする』をキーワードに、大学時代から主にヨーロッパへカメラ片手に旅を続け、これまでにバルト3国からユーラシア大陸最西端まで20ヶ国50都市以上を訪れる。社会人になってからも働きながら年1回のペースで自分らしい一点物の旅を創り、旅を続けている。渡航歴は10年以上。ここ数年は旅の経験を生かして"テーマを持ったひとり旅"のおもしろさを伝える活動を行っている。旅先で見て感じた空気を写真に残すことを続けており、撮った旅の写真は1万枚以上に及ぶ。現在では旅以外に、企業・雑誌広告などでの撮影も行っている。2014年冬より生活拠点をベトナムに移し、旅とはまた違った視点で世界と繋がる日々。活動の詳細は自身のWEBサイト 「TRANSIT LOUNGE」にて