「すすぎの水がなかなか透明にならないんだよ… 」とつぶやいておりましたが、時間をかけて埃を落としたからこそ浮かび上がってくる鮮やかな色彩や繊細なステッチは、心をギュッとつかまれる美しさ。市場の片隅で埃にまみれていた布が、本来持っていた輝きを見せてくれる瞬間です。
第5話 暑さに負けず蚊に負けず。探して洗って、よみがえる古布たち 〈 仕入れ旅篇 〉
基本は声出し! 暑さに負けず古布探し
「さあ、もう少しがんばるか!」
「よっしゃ!」
体育会系の部活のような気合いを入れたヨメと店主。舞台は今年3月に買付けに出かけた、タイの古都チェンマイです。歩き疲れてむくんだ重い足をひきずり、向かったのはモン族市場の一画にある、少数民族の布や刺繍を取り扱う専門店。日本ではまだ肌寒い3月ですが、ここチェンマイの気温は30℃をゆうに超え、キーンと目に飛び込んでくるパンチの強い陽差しは歩いているだけでも体力をじわりじわりと奪っていきます。
目的の店の目印は、道路に面してうずたかく積まれたカレン族の古い衣装や、細かいろうけつ染めが施されたモン族の藍布。ドアのない倉庫のような店の中には、衣装を作るための手織り布から古い民族衣装をバラバラにしたパーツまで、日本ではなかなかお目にかかれない少数民族の手仕事がぎっしり! なにせドアがないので、店内といってもむっとした熱気は屋外同様。むしろ戸外より空気の流れがなくなるぶん、サウナのような息苦しさです。レジ前にある唯一のクーラーは、淡い花柄のブラウスを着た貫禄のある女性店主がドスンと陣取り冷気を独り占め。最初はぬるい空気をかき回しているだけに思えた扇風機も、黙っていても汗が噴き出すこの中にいては天の助けに思えるほど。
熱気に気力を奪われぬうちに…(特に、道産子のヨメはめっぽう暑さに弱い! )と、店主とヨメはさっと左右に分かれ、それぞれめぼしい棚を一つひとつチェック。いつからここにあるのか分からない、しっとりと埃のベールをかぶった品々のなかから、状態のよい刺繍布や織布を探してゆきます。
「あ、これキレイ! 」
納戸の手前の古ぼけた棚に、状態のよいアカ族の刺繍が無造作に突っ込まれていました。見たところ、古い民族衣装の袖の部分のよう。詳しく見ようと手を伸ばし、棚から引っ張り出そうとしたそのとき…… 古布の動きと一緒にふわ~っと表れたのは5~6匹の蚊。寝起きなのかなんなのか、ゆらりゆらりとこちらに向かって飛んできます。
「うわっ! 布の中に蚊がいる! 」
あわてて店主のほうを見ると時すでに遅し、手足をポリポリかいています。ヨメはいったん店の外に出て、こんなこともあろうかと持参した虫除けスプレーを己に吹きかけ、再突入の準備。わざわざ日本から来たのに、蚊の軍団なんかに負けてはいられません。
買付けは楽しい… ツラい… いや、楽しい!
こんにちは。ノマディックラフト ヨメです。
東南アジアの少数民族の手仕事をご紹介する私たち。当然ですが、定期的に仕入れのために現地に足を運んでいます。とお話しすると
「楽しそうでいいですね!」
「仕事しながら旅行もできていいなあ」
と言っていただくことがよくあります。たしかに現地の広々とした空を見上げ、埃の混じった空気を吸い、スパイスの香りに満ちたゴハンを食べると、カサカサしていた心に一瞬で潤いが満ちるような開放感を味わいます。なのですが! 実際は泥くさい面もつきもの… とのことで、まずは蚊の話から始めさせていただきました(笑)。
第4話でもご紹介したとおり、私たちは生産者からの直接仕入れと現地の市場や専門店での買付け、両方を行っています。生産者から仕入れるときは、何となくどんなものを作っているか分かるし、行けばきっとこんなものがあるだろう、と想像がつきやすいのですが、「行ってみないと分からない」度の高い市場や専門店での買付けは、ホント蚊とか埃とか暑さとかにまみれつつ、泥くさく歩いて探しています。もちろん、あらかじめセレクトした刺繍や織を、観光客向けに美しくディスプレイして売っているクーラーの効いたお店もたくさんあるのですが、そういうところは状態がよい代わりにお値段もそれなり。加えて「これ外国人にウケるでしょう? 」目線でセレクトされているので、なんとなく置いてあるものの傾向が似ているような気も。
一方、少数民族の人たちが自分たちの村で手作りしたものや、古着・古布をそのまま置いているお店もチェンマイにはたくさんあります。現在進行形で作られている刺繍や織布、アンティークの古布や民族衣装、さらには衣装を作るときに使う生地や糸、チロリアンテープやボンボンなどのパーツまで探しがいは満点。汚れていたり、傷んでいたりと状態も玉石混合ですが、そういう店は探せば面白いものが手に入るのが最大の魅力。しかし、あたりまえですが原則すべて一点物。暑さに負けず蚊にも負けず、集中力の低下にも負けずにコツコツ探し回るしかありません。
あくまで市場ですから、キチンと店を構えている店舗だけではありません。ブルーシートで屋根と壁らしき仕切りをつけただけの簡易な店舗がぎっしり並んだ一画もあります。そういう場所では、ビニール紐でぎゅうぎゅうに縛られた刺繍の古布が、無造作に地面に積まれていたりして
「古新聞か! 」
とつい笑ってしまうほど。これがまた、そういう「古新聞」の塊の中に見逃せないものがたくさんあるんですよ…… もう嬉しくもあり、大変でもあり。「これ見たいからほどいて」と身振り手振りでお願いすると、たいてい面倒くさいムードを前面に出しながら(このあたりの商売っ気のなさも、けっこう好きです)ほどいて見せてくれます。
中には、今では作り手が少なくなった古い技法の刺繍もあれば、それっぽく仕上げているけれども実は機械刺繍で作られた模倣品があったりといろいろ。日本に持って帰って何に使えるかイメージしながら、値段を聞き、悩み、より分ける作業をしていると、時が経つのはホントあっという間です。店に入るたび、持てる集中力を総動員するので、数店舗見ると店主とヨメはぐったり。チェンマイにはおいしいアイスコーヒーがリーズナブルに飲める場所がたくさんある、それがせめてもの救い。疲れたらカフェインで気合いを入れ、また次の店を見る… の繰り返しです。
以前、アパレルで働いていたとき、英語が話せるという理由からバイヤーのお手伝いとしてミラノ、パリへの買付けに同行させていただいた経験がありました。仕事とはいえ、初めて海外出張できるのがそれはもう嬉しく、深夜に到着したパリのホテルで、同室のバイヤー(仲良しの先輩でした)に
「明日から楽しみですね! 」
とウキウキ声をかけました。そしたら先輩は、窓の外の夜景から目を離すことなく
「ああ、始まっちゃった。日本に帰りたいなあ」
とアンニュイなひと言。 その時の私は「なんで? 」と思いましたが、今なら先輩の気持ちがよく分かります。旅という限られた期間のなかで「いいものが本当に見つかるだろうか?」という先の見えない不安を感じながら、おカネと時間のリスクをかけてあてどもなく目的の品を探すというのは、なかなかの精神的プレッシャー。「楽しい!けどツラい…でも楽しい!」と心はいつもアップダウン。時にはアンニュイな気分にもなるってものです。
持帰ってさらにひと仕事。 お湯に浸けたらあらビックリ!
さて、そうやって探してきた古布や衣装を日本に持帰った後にも、もうひと仕事。路上に置かれていたり、埃をかぶっていたりしたものをそのままお客様には出せないので、自分たちの手でキレイに洗わなければいけません。
少数民族好きの私たちのひいき目かもしれないのですが、もともと美しい刺繍や織布ですから、埃をかぶった状態で見たときも「うわ! 汚い! 」という感じではないんです。むしろ「古さも味だねえ… 」なんて感心するような存在感に思えたり。
しかしひとたび洗剤を溶かしたぬるま湯に浸けると、あらビックリ。汚れが出てくるわ、出てくるわ、出てくるわ……。3月に買い付けた古布すべてを、毎夜毎夜汗だくになりながら、たったひとりで手洗いした勇者である店主曰わく「洗い湯がカフェオレ色に変わった」とのこと。悶えるように
「すすぎの水がなかなか透明にならないんだよ… 」
とつぶやいておりましたが、時間をかけて埃を落としたからこそ浮かび上がってくる鮮やかな色彩や繊細なステッチは、心をギュッとつかまれる美しさ。市場の片隅で埃にまみれていた布が、本来持っていた輝きを見せてくれる瞬間です。
ノマディックラフトの店頭に並んでいる、古布を使った商品の多くは、そうやって持ち帰り、汚れを落とした古布を作り替えたもの。見るたび、まるで一緒に旅してきた仲間のような気持ちになります。布の一枚一枚にある、さまざまな出会いと物語。もしそんな裏話にもご興味を持っていただける方がいらっしゃれば、どうぞお気軽に店主やヨメに「これはどうやって探したのですか? 」とお声がけください。「聞かなきゃよかった! 」と面倒に思われるほど、熱く話してしまうかもしれません!
次回もまた、仕入れにまつわる小話をお伝えしようと思います。どうぞお楽しみに!(了)
ノマディックラフトのイベント出店情報
nomadicraft × ユメギャラリー『アジアの手しごと展』 |
おちあい公園 PEACE FES |
(次回もお楽しみに。隔週土曜更新です)
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連載バックナンバー
第1話 家=店。人が思うよりもずっとちいさな投資でお店をはじめてみた(2015.6.13)
第2話 店から出て人に会う、出会いをつくる。〈イベント出展篇〉(2015.6.26)
第3話 1人2役 × 2。兼業夫婦は不安定? 時間も予定も「自由」のメリット・デメリット(2015.7.11)
第4話 なんで「少数民族の手仕事」? それはやっぱり「好き」だからです(2015.7.25)
オーディナリー編集部がノマディックラフト参加の展示会を観に行った話
【レポート】遠い国の伝統的な手仕事がいっぱい!
【関連サイト】 ノマディックラフト ウェブサイト http://nomadicraft.com/ ノマディックラフト 店主ブログ http://blog.shop.nomadicraft.com/ ノマディックラフト Facebook https://www.facebook.com/nomadicraft 木内アキ(ライターとしての仕事) ウェブサイト http://take-root.jp/ |