何百と次々に打ち上げられるコムローイをただひたすら眺めていた。ふと自分がそこにいられることが、なんだかものすごいことのような気がして、急に不思議な気持ちでいっぱいになった。「このメンバーで来られて良かった」心の底から感謝の気持ちがわき上がった。
連載「旅って面白いの?」とは 【毎週水曜更新】 世界一周中の小林圭子さんの旅を通じて生き方を考える、現在進行形の体験エッセイ。大企業「楽天」を辞め、憧れの世界一周に飛び出した。しかし、待っていたのは「あれ? 意外に楽しくない…」期待はずれな現実。アラサー新米バックパッカーの2年間ひとり世界一周。がんばれ、小林けいちゃん! はたして彼女は世界の人々との出会いを通して、旅や人生の楽しみ方に気づいていくことができるのか。 |
第29話 人種や言葉を超えてひとつになれた夜 – 感謝の気持ちから全ては始まる- 〈タイ〉
TEXT & PHOTO 小林圭子
タイのロイクラトンってどんなお祭り?
私も熱気球を飛ばしてみたい!
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世界にはいろんなお祭りがある。有名なものだと、ドイツのオクトーバーフェストやスペインのトマティーナ、インドのホーリー、ブラジルのリオのカーニバルなど。どれも規模が大きくユニークで、中には日本人の感覚からしてみれば、少しクレイジーに感じてしまうようなものも。また、スペインの牛追い祭りのように、非常に危険で、毎年負傷者を出すようなものもあるけれど、「人生で一度は経験してみたい!」と、世界中のお祭りを渡り歩きながら旅をしている人だっているほど。そして、これらのお祭りと並んで人気が高いのが、タイのロイクラトン。今回、私がチェンマイを訪れるきっかけとなったのも、このお祭りだった。
さて、「ロイクラトンって? 」という人もいるかと思うので(実は私もお祭りの2、3ヶ月前まで知らなかった…笑)、どういうお祭りか簡単に説明すると、毎年陰暦12月の満月の夜にタイ全土で開催され、農作物の収穫や川の恵み、そしてブッダに感謝し、また、自らの穢れをそそぐためにロウソクや線香、お花などで美しく飾られたたくさんの「クラトン(灯籠)」を川に流す、というもの。チェンマイでは特に『イーペン祭』とも呼ばれていて、「コムローイ」という熱気球を一斉に空に飛ばす。その様子はうっとりしてしまうほど幻想的で、映画『塔の上のラプンツェル』のモデルになったとも言われている。
そして、さらにこのお祭り、地元タイ人のために実施されるものと、観光客向けに実施されるものに日程が分かれていて、前者は参加費無料なのに対し、後者は参加料が100ドルくらいかかる。この費用のことだけ考えてももちろんのこと、地元向けの方がタイの人たちと一緒に楽しめそうだし、より深くその国の文化や宗教を体感できそうなので、地元向けの方に参加したい!と思っていたんだけど、なんと開催日程が直前にならないとわからない、という旅人泣かせなところがあり…。事前情報を得られなかった私は、しかたなく観光客向けのお祭りに参加することに。と言いつつ、実はオープンにされている観光客向けの方についてもイマイチわかっておらず、会う人に
「ロイクラトンに行くんだー」と言うと、だいたい決まって、
「チケット持ってるの? 」
と聞き返されることが多く、そのたびに「チケットがいるのか…。どこで買えば良いんだろう…? 」なんて思っていたほど。だけど、それでもいつもの楽観的な性格が働いて、「ま、チケットは直前で適当に買えばいっか」くらいに考えていた(苦笑)。
マッサージスクールの仲間たちと
みんなでワイワイ参戦だ!
観光客向けのお祭りは11月7日の金曜日だった。私はちょうどその週の月曜日からタイ古式マッサージの学校に通い始めていたので、その週の友人たちとの話題はもっぱらこのロイクラトン。普段、授業が終わってからも居残って練習する人が多かったけれど、この日だけは、朝まわってきたお祭りの参加を確認する回覧板に全員「○(まる)」をつけていた。そしてこの心待ちにしていた(自分にとっての)一大イベントに、みんなでワイワイ参加できるなんて、私はそれを想像しては一日中ワクワクしていた。
ひとり旅をしている旅人という立場からすれば、縁とタイミングによっては誰か一緒に参加できる人が運良く見つかることもあるかもしれないけれど、そうじゃない可能性だっておおいにあるわけで。もしひとりぼっちだとしたら、せっかくのお祭り気分が半減… なんてことにもなりかねない。それを考えるだけで、「私ってばなんてラッキーなの! 」と思えてしまう単純さ(笑)。
さて、会場はメージョー大学という、市街地から車で40分ほどかかるところにあり、この日は午後からかなりの渋滞になることが見込まれていた。私たちの学校は市街地から少し離れているし、授業が終わった後に、この会場まで行くのはちょっと難しい。しかも誰ひとりチケットを持っていない(会場のチケットはやはりだいぶ前に売切れになっているらしく、結局手に入らなかった。旅行会社やツアー会社がまとめて購入していたりするので、個人で手に入れるのはなかなか難しいんじゃないかな… )。だけど、わざわざ会場まで行かなくても、市街の中心地でも灯籠を川に流し、コムローイが打ち上げられる、ということで、私たちは市街地の別会場に向かうことになった。
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こんなときに車酔い…
まさかの途中下車!?
お祭りの前に待っていたツライ時間
夕方6時、授業が終わると、みんな忙しなくソンテウ(乗り合いバス)に乗り込んだ。ソンテウ3台での大移動。10人以上が乗っている車内の空気が、走り始めてすぐにすごい熱気へと変わった。それに加えて、もしかしたら少し緊張もしていたのかもしれない。15分ほどしたところで、私は車に酔って気持ち悪くなってきた。「やばい…どうしよう…」と思いながら、隣りに座っていた、仲良しの琴ちゃんに小さい声で伝えた。
「私、ちょっと酔ってきた…」
すると、琴ちゃんも
「実は私も…」
なんとふたり並んで口数少なく、テンションダダ下がりになって車酔いに耐えていたのだった。
「どうする…?」
「もうちょっと我慢して、『もう無理!』ってなったら降りよう」
ついに車を降りる相談までし始めた。あんなに楽しみにしていたロイクラトン。このためにチェンマイにまでわざわざやってきたというのに。だけど、この状況ではもはやそんなことには頭がまわらず、「早く着けー、早く着けー」とひたすら心の中で呪文のように唱えるだけだった。
そして、前の席に座っていた別の友人がくれたのど飴を舐めながら、そこから15分、ただひたすら耐えしのぶというツライ時間を過ごして、ついに会場に到着。なんとか途中下車だけは免れたのだった。
あれ… ここはホントにチェンマイですか…?
想像以上にカオスな世界に
一気にテンションMAX!
ソンテウを降りると、そこにはさっきまでとは別世界が広がっていた。どこからこんなに人が集まってきたのか、と思うくらいの人、人、人…。さすがに観光客向けだけあって、タイ人だけでなく、中国人や韓国人などの東アジア系、アメリカ人、またヨーロピアンなど、いろんな人種が入り交じって、もはや自分がチェンマイにいるってことを忘れかけてしまうくらい、ある種の異様な光景に、私のテンションは一気に最高潮に達した(さっきまで車に酔ってグロテスクになっていたというのに… 苦笑)。
まずはみんなで記念撮影をし、「早速コムローイを打ち上げよう!」と張り切ってコムローイをいくつか買ったものの、どうやら打ち上げの時間が決まっているらしく、打ち上げが始まるまでにはまだ相当の時間があった。そして、大人数でやってきた私たちは、全員一緒にはさすがに動きにくいこともあり、すぐに何人かのグループに分かれた。
写真を撮ったり、どんな出店があるのかチェックしたりしながら、適当にぶらぶら。かわいらしいお花のクラトンのお店が並ぶ一方で、タイ式串焼き屋さんや、日本人から見れば「なんだこりゃ!?」と思うような材料不明の寿司屋さんなど、食べ物屋さんもたくさん軒を連ねていた。そういえば授業が終わってすぐに出てきたことにはたと気付き、「腹が減っては戦はできぬ! まずは腹ごしらえだー! 」ということで、近くのハンバーガーショップでエナジーチャージ。チェンマイは田舎のわりにはオシャレなカフェやおいしいレストランがたくさんあり、食べるものには困らないところが、この街を好きな理由のひとつ。
「やっぱりロイクラトンすごい人だねー!」
「私たちもホントに来れて良かったねー!」
なんて、みんなで興奮をシェアしながら、笑顔でハンバーガーを口いっぱいに頬張った。
真っ暗な空に無数に輝く光
その景色を眺めながら沸き上がってきたのは
感謝の想いと平和への願い
いよいよコムローイ打ち上げの時間が近づいてきた。私たちは緑の芝生がはえている、ちょっとした広場のようなところに移動し、準備に取りかかった。まわりを見回してみると、小さい子どもと優しそうなお母さんの親子連れや、若い10代のカップル、ノリノリのヨーロピアンのグループなど、何十人もの人たちが、今か今かと打ち上げの号令を待ちわびていた。中には、コムローイに黒のマジックペンで何やら願い事を書いている人なんかもいて、右を向いても左を向いても微笑ましい場面に満ちていた。私たちも一人一人、順番に写真を撮り、目をつぶって願い事を心の中で唱え、号令が鳴ると同時に一斉にコムローイを空高くに向けて打ち上げた。
「行けー!!」
「すごーい!!もうあんなに高くまで上がって行ったー!!」
「一瞬で小っちゃくなったなー!!めっちゃスピード早い!!」
「キレイー!!こんなん今まで見たことないわー!!」
まわりから聞こえる大きな歓声に、自分たちの声が掻き消されてしまうほど。頭上に広がる、まさに『塔の上のラプンツェル』の光景に、誰もが興奮を抑えきれずにいた。そして自分のコムローイが遠く見えなくなってからも、他の何十、何百と次々に打ち上げられるコムローイを、首が痛くなることなんてお構い無しとばかりに、ただただひたすら見上げていた。
真っ暗な空に無数のコムローイがオレンジ色に光り輝く景色は本当に圧巻で、ふと自分がそこにいられることが、なんだかものすごいことのような気がして、急に不思議な気持ちでいっぱいになった。と同時に、「このメンバーで来られて良かった」と心の底から感謝の気持ちがわき上がった。
このロイクラトンの魅力は、単に宗教的・歴史的・文化的なイベントにとどまらず、参加した全員が「今、この瞬間をこの場所で、大切な人たちと一緒に迎えることができて本当に良かった」と温かく幸せな気持ちになれるところ、また、その想いをその場にいる全ての人と共有できるところにあると思う。私自身、はじめは何もわかっておらず、ミーハー心だけでチェンマイに来てみたものの、お祭りが終わりに近づくにつれて、名残惜しく、寂しく、そして心の中にポッと灯がともったような温かい気持ちで満たされていた。
この感動をずっと忘れないようにと、最後に、クラトンのロウソクに火をつけ、静かに目をつぶり、胸の前でゆっくりと手を合わせ、平和への祈りをこめて川に流した。
「またいつか、ここに戻ってこれますように…」の願いと共に…。
(了)
【写真でふりかえる タイ 】
(次回もお楽しみに。毎週水曜更新目標です 旅の状況によりズレることもございます… )
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連載バックナンバー
第1話 世界一周、ふたを開けたらため息ばかり(2014.10.8)
第2話 旅は準備が一番楽しい。出発までの10ヶ月なにをしたか(2014.10.22)
第3話 ダメでもともと、初めての協賛(2014.11.5)
第4話 出発まで5日。ついに協賛決定!(2014.11.19)
第5話 最初の国の選び方。わたしの世界一周はフィリピンから(2014.12.03)
第6話 カスタマイズ自由が魅力のフィリピン留学(2014.12.17)
第7話 出国していきなりの緊急入院で知った、フィリピン人の優しさと健康に旅を続けていくことの難しさ(2014.12.31)
第8話 世界の中心でハマったいきなりの落とし穴 。負のスパイラルに突入だ!【オーストラリア】(2015.1.14)
第9話 いきなり挑むには、その存在はあまりにも大きすぎた! こんなに思い通りに進まないなんて…【オーストラリア】(2015.1.21)
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小林圭子さんが世界一周に出るまでの話
『一身上の都合』 小林圭子さんの場合「次なるステージへ挑戦するため」(2014.5.19)