深井次郎プロフィール

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PROFILE 

深井 次郎 (ふかい じろう)

文筆家 / エッセイスト/ 株式会社オーディナリー代表 / 自由大学学長

1979年生。大卒後、上場企業の子会社立ち上げを経て独立。

2005年、オレンジ有限会社設立。26歳で生き方エッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)を出版しベストセラーに。ほかに『どんな仕事も楽しくなるすごい法』(三笠書房)など20代で著者4冊を執筆。

2009年、同社を経営譲渡しフリーランスに。新しい時代の社会人学校をつくるべく自由大学 創立に参画。総合ディレクター兼教授として、数々のユニークな講義をつくり1万人の卒業生を抱え、立ち上げから経営を軌道に乗せる。

2011年、法政大学から依頼され特別選抜クラスである「dクラス」を創立。4年間クリエイティブとキャリアデザインについて教鞭をとりながら、文科省、観光庁の新規事業に携わる。

2013年、自身が社長としての2度目の起業となる株式会社オーディナリー設立。つくり伝える人のためのウェブマガジン「ORDINARY」創刊。教授をつとめる出版講義「自分の本をつくる方法」では、500名の書き手を生み出し、すでに30名を超えるユニークな新人著者を輩出、全国の書店に平積みされている。

現在、作家 / 編集長 / 教師 / 学校経営者 の4つの顔を持ち、マイペースでごきげんに活動している。

WEB:  ordinary.co.jp  
Twitter: @fukaijiro  
Facebook:  jiro.fukai.5

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連載中 

・『自由へのシナリオ』 人生の仕組みを楽しく解き明かし、読むと元気になる生き方エッセイです。好きを仕事にしたい、独立、パラレルキャリアなど、自分らしく働きたい読者向け。

 ・『深井次郎の考え』 隔週配信のメールマガジンにて、 編集後記を書き下ろしています。 


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著書 

・『ハッピーリセット』(大和書房)
  11刷り4万部。TSUTAYAチェーン全国年間ベストセラーランキング エッセイ部門4位
・『どんな仕事も楽しくなる!すごい法』(三笠書房)2万部完売
・『自信サプリ』(廣済堂出版)  
・『だからあなたが選ばれる!』(大和書房)

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メディア実績

日経新聞、朝日新聞、anan、ダヴィンチ、日経WOMAN、MONKEY、Tarzan、メトロミニッツ、R25 ……他多数


講演実績

森ビル株式会社、株式会社ぐるなび、観光庁、USTREAM社、株式会社大塚商会、青山学院大学、明治大学、国際基督教大学、法政大学、武蔵大学、世田谷ものづくり学校(IID)……他多数
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講演テーマ
1. 好きを仕事にして生きるには
どのように自分の「好き」を見いだすのか。その「好き」という才能をどう社会のために活かし役立てるのか。レールのない道をクリエイティブに歩んでいくために、なにが必要なのか。会社員、無職期間、フリーランス、起業と4種類の働き方を自ら経験し、ようやくわかったこと。

2. 自分の本をつくる方法
自分の本を考えることは、自分が何者かを考えるということ。スーツを着ていた普通のサラリーマン深井が23歳のある日「そうだ本を書きたい」とひらめき、その2年後に出版。本屋のベストセラーランキングの棚に並んだ。自分にしか書けない本、読者が元気になる本をどうつくるか。自らの出版経験はもちろん、受講メンバー13名の新人著者を輩出してきて、ようやくわかったこと。 ーーー

動画

六本木ヒルズが月1回開催する朝のトークライブ「Hills Breakfast」の様子。森ビル株式会社様にお声をかけていただきお話しました。(2014.7.31)

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連絡先

メディア出演、講演、書籍出版、その他お仕事のご相談はこちらより、お気軽にお尋ねください 。弊社のマネジメント担当からお返事いたします。

講演料は、1本10万円から30万円を目安に、ご予算や趣旨に合わせてお受けしています。社会的意義の高いイベントには、ボランティアでも喜んでご協力させていただいています。

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目指すもの 
「人は誰しも何かの天才であり、表現者である」が信念。「好きを活かして自分らしく生きる表現者があふれる社会」を目指し、メディアと学校をつくっています。この3つの表現手段で活動。

1.   書く   エッセイなど
2.  つくる  本、学校、ウェブマガジン、出版社
3.  教える  ワークショップ、講義

 
   

 

沿革  – より詳しいプロフィール – 


生い立ち

•1979年9月9日、一級建築士で大手建設会社中間管理職の父(孝雄)と、オーガニックとDIY好き主婦の母(静子)の次男として、埼玉県幸手市の病院で生まれ、その直後に岩手県盛岡市へ。

「暮しの手帖」愛読者の母が、子供たちを服も手づくり。

「暮しの手帖」愛読者の母は、子供たちの服も手づくり。岩手県の自宅の庭にて。

•次郎という名前は、父親が「俺が忘れないように簡単な名前で」という理由で命名する。(2人兄弟で、太郎と次郎。シンプルすぎる名前)

•サラリーマン転勤族の宿命として、岩手県、福島県、埼玉県内を引っ越しする。

•両親の影響で2歳からスキーを始める。好きな色が白と青なのは、雪と空の色が原風景だから。

•質素倹約ながら、両親の仲が良く、テレビは観ず、絵本があふれる家庭だった。一番好きで号泣した絵本は、「ラチとらいおん」。 

•小学校に入学し、初めて自腹で買った本は鳥山明の画集『The World』(集英社)。

•小3から学校の吹奏楽部に入り、トランペットをはじめる。最高の成績は県大会を1位で通過し、関東大会で2位に。

•図工の授業でつくったペンギンをモチーフにしたアート作品「くちばしは黄色、つばさは緑  -飛べなくても君だ-」が全国の展覧会へ。その後半年間、校長室に展示される。

•小学4年時、生徒会副会長に。すでに緑豊かな田舎の学校にも関わらず、「ぼくが当選したら、学校に緑を増やす」と公約し笑いをとりにいったつもりが、当選してしまう。しかたないので実際に校庭の端に野菜を植え、マヨネーズと味噌をつけて食べる。おおいぬのふぐり、ホトケノザなど、校舎内に自生している300の雑草の絵を描き、勝手に校内に貼り発表する。

•全国作文コンクールで入賞。テーマは「放置自転車」。作家ミヒャエル•エンデに影響を受け、大会で「放置自転車は本当にいけないことなのか。そもそも土地は、地球は、だれのものなのか」と問う演説をする。

•将来の夢は、漫画家。自分の好きな世界を多くの人と共有できるところに惹かれた。

•引っ越しが多かったので、「自分はそのコミュニティーにとってアウトサイダーでマイノリティーだ」という意識が常にあった。

•中学3年時、親友でバスケ部のチームメイトを急性白血病で亡くす。「人生には好きなことをする時間しかない」闘病中に彼が語った言葉を座右の銘とする。

1995年(15歳)

•埼玉県立大宮高等学校入学。バスケ部。文化祭で黒板大のアートを描く。それが受けたのか全校生徒の投票で「ミスター大宮高校」に選出。

•テストの点数で席順が決まるような進学校特有の受験主義が体質に合わず成績はほぼ最下位。暗記型の勉強の才能はないと見切り、受験競争からは降りる。1/3を遅刻し出席日数ギリギリで卒業。

1998年(18歳)

•メディア社会学を学ぶため、1年時から少人数制ゼミのある武蔵大学社会学部へ。

•ゼミの山崎教授に「きみの論文は論文とは言えない。これはエッセイだ。…ただし、面白いよ」と言われ、初めてエッセイという表現方法に出会う。

•父親が勤務する建築業界トップ企業が経営難に。父親が人員整理に遭う。「資格を持っていても、最大手の企業であろうとも人生安定ではないのか」と衝撃をうけ、目が覚める「勉強なんかしてないで、本当の生きる力を、手に職をつけなければ。大学を辞めて働くか」相談した大学の就職課課長に「どうせきみみたいな金髪で生意気な奴はろくな就職はできない」と言われ、若者の行動意欲をそぐ教育現場があることに愕然とする。

•「教師になり教育を変えよう」と教職課程の単位をとる。スーツに身を包み母校に教育実習の受け入れ願いにいくも、対応した在校時代を知る教師に「お前には教育者の適性はない、諦めなさい」と実習生としての受け入れを拒否される。そんな出来事が重なり、自分が本当にやりたいこと、理想のはたらき方を考える。

•哲学書を中心に約2000冊を乱読、300本の映画を観る。

•100名を超える経営者、クリエイターにインタビューし、自身の生きる方向性を模索。自分の適性に合ったインデペンデントな生き方を実現するアプローチとして、表現者、社会起業家という生き方に興味を持つ。

•家庭教師ビジネスを展開し、起業ごっこをしてみる。

2001年(21歳)

•大学3年の就活時(12月)より、IT系上場企業フォーバル創業者大久保秀夫(当時JASDAQ最年少上場)に師事。(アントレプレナー候補生として応募学生1000人中、3度のプレゼン大会、オーディションを経て合格者3名に選ばれる)私利私欲を超えた経営の在り方、社会変革の哲学と方法論、公人としての責任を学ぶ。

2002年(22歳)

•大卒後、同社に入社。上場企業としては異例の「初任給50万円の新卒社員」として日経新聞など全国紙に記事掲載される。 高い年棒にした社長の意図は「起業家としてお金の使い方を学ぶため。まわりからの嫉妬などのプレッシャーに対処する経験をするため。将来の起業資金を貯めるため」。

•起業の勉強をするため関連子会社の立ち上げに参画。「あるのは電話と自分の名刺だけ」の状態から手探りで法人新規営業を開始

•本社の1500人の先輩社員をおさえ、グループ全体TOP10に入る個人営業成績で表彰される

2003年(23歳)

•会社に属したまま、本名顔出し「深井次郎」で文筆家として活動開始。

•当初2人の友人に送っていただけのメールコラムが週刊メールマガジン化し、クチコミを中心に読者1万5千人の媒体に発展する。

2004年(24歳)

•本社人事部に異動後、新卒採用責任者として毎年の約100名の採用全体を担う。募集から選考、内定出し、内定者フォロー、新入社員研修育成まで手がける。

•会社に籍を置きながらも、メディアで存在を知った大和書房、KKベストセラーズ、DHCなど複数の出版社から出版のオファーがくるようになる。本格的に書籍用に原稿を書き始める。

2005年(25歳)

•宣言通り3年で会社を辞め、独立起業し、自己資金300万円でオレンジ有限会社を設立。取締役社長に。

•「不景気にあえてインデペンデントな働き方を選ぶ若者」として、朝日新聞などから取材を受ける

•「人は好きなことだけで食べていけるのか」自身を実験台にした働き方研究プロジェクトを開始

•法人向けにコミュニケーション支援、コンテンツ、ウェブ制作事業を行う

2006年(26歳)

•生き方エッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)で出版デビュー。忽ち3万部突破。

•「いかに生きるか。自由の探求という人間の根源的なテーマをわかりやすく、肩の力を抜きフラットな目線で語るスタイルが若者の支持を集める」(書店のPOPや掲載雑誌で評される)

•全国TSUTAYAチェーン2006年度、年間ベストセラー第4位(エッセイ部門)に選出

•紀伊国屋書店チェーン「WINTER FAIR 06」今年の本に選出。チェーン全店で平積み多面展開される

•相田みつを美術館(有楽町/国際フォーラム)全フロアを借り切り、出版記念講演会&サイン会開催

•母校武蔵大学から招聘され、学生と教授200名に対し講演『自分の仕事をつくる方法』

•活動拠点を東京・日本橋から茨城県つくばに移転。都心を離れ、WEBを活用した地域活性化事業を推進

2007年(27歳)

•『自信サプリ』(廣済堂出版)で敏腕編集者に見いだされ、エッセイだけでなくイラストも描き始める

•『自信サプリ』オーディオブック出版(廣済堂出版)

•マガジンハウス系、ベネッセ系の雑誌にてコンテンツ監修を開始

•株式会社大塚商会にて新人社員教育を請け負う

2008年(28歳)

•『だからあなたが選ばれる』(大和書房)出版

•『どんな仕事も楽しくなるすごい法』(三笠書房/王様文庫)出版

•仏陀の研究プロジェクトとして30日間の断食実験を決行(その間、体重は65→52kgへ。13kg減。悟りは開けず)

•株式会社ぐるなび様の依頼で若手幹部候補200名に教育研修

2009年(29歳)

•会社の経営権をつくばの地元企業に譲渡し、活動のペースを落とす (無職期間)

•フリーランスに(屋号 JIRO PUBLISHING OFFICE)

黒崎輝男(IDEE創業者、国連大学文化顧問)と意気投合し、新しく彼がファウンダーとなる『自由大学』創立に参画、総合ディレクター兼教授に 。

自由大学とは:「大きく学び、自由に生きる」をテーマに、知的生命力がよみがえるユニークな講義を展開する学びの場。2009年の開校以来、2018年現在までにおよそ200種類のオリジナル講義を企画、のべ10,000人を超える人が講義を受講しています。だれもが先生にも生徒にもなれる仕組みで、「大人の学びの場ムーブメント」の先駆けと呼ばれ、社会人向けの〇〇大学が東京だけでなく全国にたくさん生まれた。これからの生き方や働きかたなどを軸に、時代が求める教授と様々なテーマで講義をつくり、経験から学ぶことを後押ししています。メインキャンパスは表参道「COMMUNE 246」。

•自由大学『自分の本をつくる方法』を開始

•『メトロミニッツ』ベスト10ワークショップに教授を務める『自分の本をつくる方法』が選出

•『PACIFIC PEDAL LIFE DESIGN展』(東京ミッドタウン)にてワークショップをキュレーション

•IID KIDS WORKSHOP にて子ども向け「本をつくろう」シリーズ開始@世田谷ものづくり学校

2011年(31歳)

•法政大学dクラス創立。プロデューサーに就任
 
「dクラス」とは:2011年に法政大学からブランディングの依頼を受けた深井次郎をプロデューサーとして発足。文科省支援のもと、法政大学内に<diversity>をテーマに未来のキャリアデザインを研究する特別選抜クラスとして創立されました。ユニークな活躍をされているクリエイターをゲスト教授として囲み語り合う少人数ワークショップを数々つくり、参加学生は4年間でのべ2千人以上にのぼりました。学生メンバーの中から国内を代表する映像賞の受賞者を輩出するなど、多くの学生のキャリア形成に貢献しました。過去のゲストには、ハービー・山口(写真家)、澤田貴司(株式会社リヴァンプ 代表取締役)、四角大輔(森の生活者、フライフィッシング冒険家)、三島邦弘(ミシマ社代表)、加藤直徳(『TRANSIT』編集長)、飯塚健(映画監督)、石原和幸(世界一の庭師)、小林崇(ツリーハウスビルダー)、片山勇(レザーブランド BACKLASH)、ジャンフランコ・シモーネ(ファッションモデル)各氏など多数のクリエイターにご協力いただきました。<敬称略、肩書きは当時のもの>

•文部科学省「キャリア支援プログラム」を立案実施

•国内最大級の車いすレース大会『日産カップ』企画運営に協力開始

•復興支援HEATQUAKEプロジェクト(仙台市若林区/現、一般社団法人HEATQUAKE)立ち上げに参画。田畑の復興など5年間継続的に支援。

•サントリーTVCM(矢沢永吉/竹内結子)にも発展した「ありがとうプロジェクト」立ち上げに参画

•観光庁「Jpapan. Thank You.アクション」メンバーに招聘され企画立案実施

•USTREAM社主催『未来をつくるクリエイティブ』講師、番組出演

•世界のクリエイター231名による復興支援チャリティー『Art Tails』に賛同、アート作品『足元の光』を提供

2013年(33歳)

•自由大学『自分の本をつくる方法』が20期をむかえる(卒業メンバーは約200名、生まれた新人著者は10名)

•社会に良い影響を与える表現者を増やすべく、新しい出版社プロジェクト『ORDINARY』スタート

•東京広尾に1日限りのフレンチ料理屋さん『Bistro Ordinary』を開店

•インド、バラナシへ20日間の取材旅へ

2014年(34歳)以降のトピックは
当ウェブサイトORDINARYにて




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パーソナルデータ

誕生日 1979.9.9 (早朝6:30ごろ) 
乙女座
身長 170.5cm
体重 78㎏
足のサイズ 26.5cm
血液型 B  

好きなもの

・常温の水
・くだもの全般(特に、桃、イチゴ、ぶどう)
・カニクリームコロッケ
・本(特に、思想、ノンフィクション、エッセイ)
・写真、映像、描くこと、
・温泉、サウナ、バスケ(週1プレイ)、デッドリフト
・身軽な暮らし(服はダンボール1箱分だけ)