【第157話】人生の半分は夜である / 深井次郎エッセイ

「今日はよく歩いたよな」

「今日はよく歩いたよな」

夜があるから
未来がやってくる
希望をもてるのです

 

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もし眠らずにずっと起きていられたら、人生を倍、生きられるのに。そう、だれもが妄想したことがあるのではないでしょうか。前に、眠れない病気、不眠症の方と話す機会がありました。「眠らないで済むなんてうらやましいです」ハイテンションの明るい方だったので、つい無邪気に言ってしまって反省したのですが、いやいやこれが実はかなりつらいとのこと。

彼は重度の不眠で、1日24時間、一睡もできないのです。寝床にはつくのですが、朝まで眠れない。そして普通の人なら新しい朝が始まるのですが、彼は始まらない。前の日の続きなのです。前の日というか、今日が中断せずにずっと続いている。意識が中断することがなく、考えごともずっと堂々巡りをしてしまう。朝7時なんだけど、夜7時と変わらない感覚。みんなは朝スッキリしているのに、こちらはまだ続いている。新しい生活が始まらないのです。みんなは前に進んでいるのに、自分だけ取り残されている。未来が自分にだけはやってこない。永遠につづく今日のみで、未来がないのですから、希望など持てなくなるわけです。こんな状態が数ヶ月も続いたら、さすがに死にたくなってきたそうです。

眠るというほとんどの動物がしていることを、自分はしていない。もしかしたら自分は生き物ではないのではないか。それはものすごく不安定な気持ちになる。「自分だけ透明人間になれたら」「自分だけ瞬間移動ができたら」などの妄想も、実際なってみると、かなり情緒不安定になることでしょう。ぼくらも眠らず徹夜をすると、朝からイライラするし変なハイテンションになるものですが、その状態がずっと続くそうです。医者で睡眠薬をもらっても、頭がいたくなってダメ。それで、もうヤケになって、チャンスがあったら死のうかとも思いながら、彼はあてもなく真夜中の道を歩いた。ひたすら、歩き続けた。30キロくらいか、体力の限界まで歩いて朝になり、ふとひと休みしてベンチに座ったら、カクンと一瞬眠れた。そうかと気づいて、彼はそれから体を動かす生活を始めました。デスクワークを辞め、農作業や登山を始めた。体をくたくたに疲れるまで動かすことで、しだいに眠れるようになったのです。

人間は体が疲れないと、しっかり眠れないものです。神経だけ使って、体は動かさない生活を、ほとんどのホワイトカラーたちはしています。神経が高ぶっているから目が冴える。しかも体は疲れていないから、眠れないというわけです。年々、アウトドアで体を動かしたり、ランニングや自転車を始める人が増えているのは、バランスをとろうとしているからでしょう。肉体労働がほとんどだった時代は、ランニングなどわざわざしませんでした。

いま24時間営業のお店が普通にあふれる時代になりました。しかし、ずっと動かし続けたら機械だっておかしくなります。24時間営業の温泉は、いつ掃除するのでしょう。靴も同じものを毎日続けて履くよりも、2足を交互に履いた方が、長持ちするようです。数時間でも休んでリセットするのは、生き物でなくても大事かもしれませんね。人生に夜は必要です。夜があるから、次の日に希望を持つことができる。前に進むことができるのです。

(約1294字)

Photo: Dominik Kapusta


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。