【第144話】並走する隠れたヒーローたち / 深井次郎エッセイ

だれを狙うか迷う

だれを狙うか迷う

的を増やすことで
つぶされにくくしようよ。サッカー選手、マラドーナの伝説があります。

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見る人は見ているものです。カメラには映っていないけど、隠れたヒーローの存在を。カメラには映っていないけど、会場にいた誰もが知っています。

サッカー選手、マラドーナの伝説があります。ひとりで5人抜きをしてゴールを決めたプレーです。メディアでは「ひとりで5人抜き」と騒がれました。「さすがマラドーナ、ミラクルだ」いまでもなお、語り継がれるプレーです。けれど、マラドーナひとりであのプレーができたでしょうか。あのとき、彼はひとりに見えるけど、ひとりじゃありませんでした。フリーで並走している仲間がふたりいたのです、仲間がいたことで、パスの可能性を残すことができた。フェイントをかけることができた。この駆け上がってくれる仲間がいなければ、途中でつぶされてしまったでしょう。ひとつの的を数人かがりでつぶすのは簡単です。

ひとりで伝説はつくれない。このプレーをはじめて観たのはいつか忘れましたが、そう思いました。仕事でも、ひとりでやったと勘違いしてしまうことはあります。ボールには直接タッチしていないけど、並走してくれた上司や仲間がいたことを、つい忘れてしまいます。テレビだけを観てると、チラッとしか映りません。カメラはボールを持ってる選手にズームされるからです。けれど会場で、上から俯瞰して観てる人たちはわかります。ゴールを決めたマラドーナもすごかったけど、あそこで走った選手も隠れたファインプレーだよね。

見る人は見ています。たしかにマラドーナは賞賛に値するけど、彼らがいたからだよね。チームの連携がとれてたよね、と。世の中を変えるようなムーブメントが起きる時に、ひとりで立ち上がっても、つぶされてしまいます。そのときに並走する選手が、次々に現れたら、状況は変わります。注意がそらされます。的を増やすことで、つぶされないものになるのです。あるときは自分がマラドーナになり、あるときは自分がおとりになる。「いつでもパス来い」という顔をして走る。だれか、マラドーナが走り出したら、傍観せずに並走する自分でありたいと思います。マラドーナひとりじゃ、世の中は変えられないよ。

(約870字)

Photo: piotr


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。