【第119話】お金があっても働きたい? / 深井次郎エッセイ

だれもが年をとるからね

蓄積が大きな意味を持ってくる

長老たちがイキイキすれば
若者たちも年をとるのが
楽しみになる 

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身近にイキイキしている長老がいるとうれしい。年をとるのが楽しみになります。ぼくはできる限り生涯現役で働きたい。親戚のおじさんは70歳を超えていますが働いていて、ぼくにはそれがずいぶんと励みになっています。ピアスをして、モールトンの自転車に乗って、若者たちとワイワイやっているお洒落なおじさんです。彼は都内のホテルのフロントに立ち、クレーム対応のスペシャリストとして活躍しています(業務中はピアスは外すみたい)。

お金のためだったら働く必要はないのです。世田谷区でマンション経営をしてて、家賃収入で十分暮らせるからです。でも、マンションの掃除だけじゃ、物足りないのですね。もっと社会の役に立ちたい。ということで、ホテルのフロントなんだそうです。若造がヘコヘコ頭を下げるよりも、70歳でちょっとコワモテで威厳がある正装した紳士に丁寧に謝罪されたら、怒りもおさまりますね。揉めたら出て行く。そして丸くおさめて、ついでに洒落た文化的な話でもして、お客さんを笑顔にして帰ってくる。守護神としての長老、ゴールキーパーような役割ができるのは、70歳ならではです。ケンカの仲裁にかり出されてしまうのは、ぼくもよくあるので、その部分はおじさんに似てるかも。

定年を迎えると、ほとんどの人は働かなくなります。でも、そういう長老の出番は実はいくつもあります。「シルバー人材」とひとくくりにしてしまうのは、雑すぎます。経験や能力を無視して、駐輪場の管理人や警備員にあてがってしまうのは、すごくもったいない。たとえば、起業をする若者たちのチームにひとり長老がいると深みが出ます。ただのノリだけの会社じゃないなと対外的に見えます。対内的にも、長老は礼儀や信用、仁義を通すことなど、若者に教えることができます。最新技術には若者のほうが詳しいですが、働くことの根幹は時代が変わっても変わりません。ぼくは長老になっても、短パンはいて自転車のって若者とワイワイやってたいな。ピアスは痛そうだから、しなくていいけど。

文筆家としても長老の出番はあります。「生きるとは」「人生とは」「人間とは」こんな大きなテーマを語る時に、年齢と経験が深みとなります。書きはじめた頃、20代前半の若造だったぼくは、説得力を出すために、いろいろ工夫せざるをえませんでした。長老こそ、哲学的テーマを書く時にはアドバンテージになると思います。同じことを言っても、若造とは重さがちがいます。

 

(約1005字)

Photo: Alexander Boden


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。