【第118話】自分の居場所をつくるために書く / 深井次郎エッセイ

いってきます

「いってきます。異業種に」

警視庁の白バイ隊員から
離島のカフェオーナーになった
30代女性の話

 

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気分を変えたい時にはサウナにいきます。月イチくらいのペースでしょうか。テレビがないぼくには、サウナの中が唯一テレビに接する貴重な場所です。なので、隅々まで集中してしっかり観て、最近のテレビ番組の動向をチェックするのです。内容自体は10年前から驚くほど進化してないなぁ、とか。ネットとの連動もやってるんだなとか。テレビのチャンネルは自由に変えられないのですが、行くと毎回学びがあります。

前回のサウナでは、日本アカデミー賞の授賞式がやっていました。映画『船を編む』の監督が「松田龍平くんに賞を獲らせたかったのでうれしい」とだけ一言壇上で語ったのです。監督が、こぼれそうな涙をこらえる姿が印象的でした。チームの結束に感動し、心も体も(サウナだけに)熱くなりました。

今日のサウナでは、さんまの「転職DE天職」という番組がやってました。働きかたについてのバラエティー番組を、ゴールデンタイムでやるのですね。それだけ自分の仕事を見つめ直したい人たちが、増えているということでしょうか。いちいち「年収がどれだけ変化したか」という話が出てきたり、少し下品にみえるところもありました。それをおいても、バラエティー番組なのに、「働き方」について考える機会があるのはいいことです。

観てると、森ルイさんが登場してました。すごい偶然。彼女は「ギャップのある転職をした人」として、とりあげられていました。警視庁の白バイ隊員から、離島のカフェオーナーへ。32歳のとき離婚を機に公務員を辞め、東京も離れ、瀬戸内海の大崎上島にひとり移住したのでした。出会いは、自由大学のぼくの講義『自分の本をつくる方法』に参加されたこと。公務員という安定を捨てて、初めての土地でひとり、未経験のお店を立ち上げるというのは、なかなかできることではありません。まったく異業種への冒険でしたが、意外にも白バイの経歴が役に立ったようです。

離島の住民たちは、外から移住してきた人に警戒心を抱くものだと、よく耳にします。移住しても、まわりとなじめなくてまた戻ってきてしまう人も多いです。森ルイさんも、はじめは女性ひとりで「なにか訳あり」なのではないかと警戒されたようです。でもそこは元警視庁ということも大きくて、「ちゃんとした人だろう」と島民からの信用を獲得していったと前に話していました。

人間関係も商売も、はじめるときに一番大切なものは信用です。そこがある程度クリアできたのは大きかったのではないでしょうか。もちろん彼女はただ警視庁の経歴だけで信用を築いただけではありません。島のキーマンが集まる会合にもこまめに顔を出したり、島のエッセイコンテストに応募して、賞をもらったり、積極的に島の中心へなじむ努力をしていたようです。その島エッセイでは自分の転職ストーリーを綴り、自分がなぜこの島に来たのかを伝えしました。そういう自己開示が、島の人たちのこころを開いていったのです。

伝える力は、新しい環境を切り拓くときに必要です。まず感じること、そして話すこと、書くこと。ぼくがこの連載で毎日書いているのも、新しい扉を少しずつ切り開いている意識でいます。自分たちの居場所を自分たちでつくっているのです。


森ルイさんブログ
森ルイさんインタビュー 『コロカル』にて

 

(約1315字)

 

Photo:piotr


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。