【第097話】芸術品の管理人として生きる

「ほほう、大切に管理されてますな」

「ほほう、大切に管理されてますな」

自分自身を
宝物として扱うか
雑巾として扱うか

 

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さっき電車の中で、いじめらしき現場に遭遇しました。中学3年生くらいかな、男子4人組がいて、1人を「お前はブサイクだから」とバカにしているのです。いじめられてる子も、「そうだよ、俺はブサイクだし」と自虐的に笑顔を取り繕ってはいますが、辛そうな感じが伝わってきました。見れば、ほかの3人も、お世辞にもカッコいいとは言えない見た目。きみたち、その顔で言うか、と。大して変わらないのに、どうしてこの子だけ言われてしまうのか。同族嫌悪なんでしょうね。自分の見た目が受け入れられないからこそ、同じ欠点を持つ人を嫌ってしまう。

「ぞんざいな扱いを受けてまで、いっしょにいることないのに」そんなケースは、大人の世界にもあります。勤続年数の長いおじさん社員が、20代の社員にさえアゴで使われるような扱いを受けている会社があります。「ここだけの話、彼はリストラ要員なんです」と会社の偉い人は説明していましたが、吐き気がするほど気持ち悪い世界でした。腹が立って、陰でおじさん社員に「こんな扱いを受けてまで、ここにいる必要がありますか」と聞きました。すると、「私は何も能力がないので、この会社に置いてもらってるだけでありがたいのです。捨てられたら他に行くところはありません」と言うのです。捨てられたら、他に行くところがない。このことが、辛い現在にしがみつかせているようでした。でも、本当は行くところはあるんです。どこかに必要としてくれる場所はある。

自分を自分でどのように扱うか。このことがまわりの人間に与える影響は大きいです。自分を宝物のように丁寧に扱うか、雑巾のように雑に扱うか。自分は雑巾だから、ぞんざいな扱いをされてもしょうがないよねと思っていたら、まわりもその人をぞんざいに扱います。そういう感じでいいのね、と。人間の尊厳を侵されてまで、やる必要のあることなど1つもありません。ぞんざいな扱いは断じて受け入れない。そういうこつ然とした態度が必要です。だって、あなたはあなただけのものではありません。脈々とした先祖のDNAを受け継いできたみんなの合作の芸術品です。あなたはたまたまその芸術品の管理人であるというだけです。今度の展覧会に出すのに、運搬業者にぞんざいな扱いをされて、芸術品が傷ついてしまったら、これは作者(先祖やかみさまや宇宙)は悲しみますね。ちょっとちょっと、うちの作品を雑に扱うのは許しませんよと、管理人はしっかり態度を見せておきたいところです。

こつ然とした態度を見せる。とは言っても、クビを告げられて、不当解雇だと会社を訴える行動とは違います。つらいのはわかるけど、そこで戦って勝ったとしても何があるでしょう。裁判に勝ってその会社に戻れたとして、でも相変わらず「必要ない人」なのです。みんなともギクシャクするし、居場所はありません。「必要とされないなら、さわやかに去る」このほうが、自分のその後の人生は開けていきます。もちろん一時はつらいですが、必要とされる場所で生きていくほうが能力を発揮できます。人間には心があるのに、モノみたいな扱いをされて、だまってしがみつくことだけはしたくありません。大切な自分がこわれてしまいます。戦う必要はなく、ただすっと離れていけばいいのです。

自分を大切な宝物のように扱う。こういう話をすると、そういう自己愛の強い人がモンスタークレーマーになるのではないですかと質問を受けます。でも、「俺を誰だと思ってるんだ! VIP待遇しなさい」と叫ぶモンスタークレーマーとは違います。だれにも押しつけないし、だれとも戦わない。ただ、嫌なものからは、すっと離れるだけです。こちらから攻撃することはしない。守る専門の自衛隊みたいなものでしょうか。4月、新しい環境が始まる人も多いと思いますが、どうか自分を大切にしてください。自分を大切にする人のまわりには、似たような人が集まります。自分を大切にする人は、相手のことも大切に尊重しますので、そこはあなたにとって居心地の良い場所になっていくはずです。

(約1637字)

Photo: Alfonso

 


深井次郎

深井次郎

ORDINARY 発行人 / エッセイスト 1979年生。3年間の会社員生活を経て2005年独立。「自由の探求」がテーマのエッセイ本『ハッピーリセット』(大和書房)など著作は4冊、累計10万部。2009年自由大学創立に教授、ディレクターとして参画。法政大学dクラス創立者。文科省、観光庁の新規事業に携わる。2013年ORDINARY(オーディナリー)スタート。講義「自分の本をつくる方法」定期的に開講しています。